円満に婚約解消できていたのに
自分なりに一度「婚約破棄」と「ざまぁ」を書いてみようと思った。
「サウロン・ロベール! 貴様、婚約者としての立場をかさにきてシルビアに狼藉を働いていたそうだな!!」
生徒会室に呼び出された僕は、この学園の生徒会長でもあるラインハルト第一王子に開口一番そう糾弾された。
部屋の中にいるのは僕と王子の他に王子の側近が3人と女生徒が1人。僕以外は全員が生徒会メンバーだ。そして女生徒の名前はシルビア・ラヴァル子爵令嬢。かつて僕の婚約者として将来を誓い合った女性である(過去形)。そんな彼女が王子と親しい関係であることは学園関係者の間では公然の秘密だった。
遅くなったが僕はサウロン・ロベール伯爵令息。どうやら王子に婚約者を寝取られた挙句、冤罪で陥れられようとしているところらしい。
「何か申し開きがあるか?」
「…………」
申し開きも何も全く心当たりがないのだが、まさか王子相手にそれを言う訳にも行かない。僕はできるだけ相手を刺激しないように言った。
「何かの誤解ではないでしょうか? 私はシルビア嬢に狼藉など──」
「素直に罪を認めてください、サウロン様! 素直に謝罪して下されば私は……っ!」
シルビア嬢が僕の言葉を遮り、芝居がかった態度で言った。王子は涙を堪えるような素振りを見せるシルビア嬢の肩を抱き、ニヤリと笑う。周囲に視線を走らせると側近たちが憐れみと侮蔑の目でこちらを見ていた。
ああ、なるほどと僕は得心する。どうやらこれはシルビア嬢個人の企みではなく、彼ら全員による茶番劇らしい。
僕がどうしたものか途方に暮れて頭を掻くと、王子の側近の一人が一歩前に出て言った。
「ロベール伯爵令息。卿はこれまで婚約者としての立場を利用してシルビア嬢に無理やり関係を迫ろうとしただけでなく、拒否した彼女に暴力を振るってきたそうだな? 他にも彼女が他の男に近づくと不機嫌になり、嫌がらせを繰り返してきた」
何だそれは、と僕は呆れた。そういう筋書きなのだろうが、それにしたってもう少し何とかならなかったのか。それではあまりに僕が幼稚すぎる。
確かに客観的に見てシルビア嬢は絶世と頭につけても差し支えない美少女だ。ラインハルト王子が見初めたことからもそのことに疑念の余地はない。狼藉の動機づけとしてそれが一番説明しやすかったというのも分からないではないのだが、幾らなんでもそれはない。
この後の展開は読めていたが、それでも一応否定しておく。
「事実無根です」
「惚けても無駄だ。我々を含め多くの人間が貴様の蛮行を目撃している」
だろうね。先ほど発言したのとはまた別の側近が言った言葉に、僕は内心頷いた。仮にも貴族の子弟を糾弾しようというのだから、偽証者の一人や二人用意していない筈がない。そして物証が無くとも貴族子弟の証言であれば十分な証拠能力が認められる。
僕はできるだけ穏便にこの場を収めようと言葉を選びながら言った。
「……何かの誤解か見間違いではないでしょうか? そもそも私は──」
「これ以上、言い訳をするな、見苦しい!!」
王子は僕の発言を遮って嗤った。
「貴様はシルビアに狼藉を働いた罪で学園を除籍。当然、シルビアとの婚約も破棄される。何、シルビアのことは心配するな。私が責任をもって妻に迎える予定だ。今更貴様が何を言おうと無駄だぞ。このことは父上とラヴァル子爵も承知済みなのだからな」
「────」
国王陛下とラヴァル子爵も承知済み? 流石にその言葉は聞き捨てならなかった。
「殿下。今の言葉は真ですか?」
「当然だ。私が事前の根回しも無くこんなことを進める愚か者に見えるのか? 父上にはシルビアとのことを相談したら好きにしろと許可を頂いた。流石に家格の問題があるから正妃ではなく側妃という形にはなるがな」
僕は続いてシルビア嬢に視線をやる。彼女は王子にしな垂れかかるように身体を寄せて笑った。
「ええ。私のお父さまも名誉なことだと喜んでくださったわ」
国王陛下とラヴァル子爵は二人の婚姻を認めている──二人の言葉のニュアンスに僕はおおよその事情を察した。
まずは彼らの根本的な勘違いを正さねばなるまいが、果たして僕は穏便にこの場を収めることができるだろうか?
「えっとですね──」
──コンコンコン
僕が口を開いたその瞬間、生徒会室のドアをノックする音がした。
「ちっ。こんな時に一体何の用だ……おい」
「はっ!」
僕の断罪に水を差された王子が顔を顰めて側近の一人に顎で指示する。側近は入口へと向かうと、ドアを開けて来客を追い払おうとした。
「すまないが今は大事、な──っ?」
「失礼しますわ」
顔を強張らせた側近の脇をすり抜けて、一人の令嬢が生徒会室の中に入ってきた。
彼女の顔を見て側近やシルビア嬢だけでなく王子までもが驚愕に目を丸くした。
「エレオノーラ!? 何故君がここに……」
彼女の名はエレオノーラ・ブロワ侯爵令嬢。僕らと同様この学園に通う生徒であり、ラインハルト王子の婚約者。卒業後は王子の立太子に併せて正妃として王家に迎えられることが決まっている。
エレオノーラ嬢は王子に嫣然と笑って言った。
「私の大切な友人であるサウロン様が突然貴方に呼び出されたと聞いて、一体何事かと思って確認に参りましたの」
「この男が、君の友人……?」
王子たちから驚きと疑念混じりの視線を向けられる。僕はエレオノーラ嬢に何故来たのかと抗議の視線を向けたが、彼女はそれを無視して王子に訊ねた。
「それで、これは一体どういう状況かしら?」
「……君には関係ない」
王子は突っぱねようとしたがエレオノーラ嬢はそれを許さなかった。
「あらそう? なら私がサウロン様を連れていっても宜しいのね?」
王子はエレオノーラ嬢の言葉に深々と溜め息を吐いた。
「……駄目だ」
「あら、どうしてですの?」
「今は私が、その男が婚約者の立場をかさにきてシルビアに狼藉を働いた罪を追求しているところだ」
王子の言葉にエレオノーラ嬢はワザとらしく目を丸くして言った。
「それは二重の意味で奇妙な話ね。そもそも貴方は彼の罪を裁く立場にあるのかしら?」
「っ!」
王子は一瞬言葉に詰まりながらも反論する。
「私は彼女に助けを求められたのだ! 王族として、この学園の生徒会長として、それに応えているに過ぎない!」
「その説明は些か苦しいのではなくて? まさか貴方、今後も助けを求められれば誰が相手でもそれに応えるとでも仰るつもり?」
エレオノーラ嬢は笑顔だったが、その追求は容赦なかった。王子は観念したように視線を逸らして言った。
「……私は卒業に併せてシルビアと婚約するつもりだ。無論、父上には事前に承諾を取っている。その前に彼女に付く虫を排除しようとしているだけだ」
「虫」
意味深に呟くエレオノーラ嬢に、王子は弁解するように付け加えた。
「勿論、正妃は君だ、エレオノーラ。君をないがしろにするつもりはない。だが君と婚約を結んだ際にも、側妃を迎え入れることは承諾してもらっていただろう?」
「勘違いなさらないで」
王子の弁解にエレオノーラ嬢は失笑を浮かべた。
「私は貴方がラヴァル子爵令嬢を側妃に迎えることを反対しているわけではありません」
「!」
王子の表情が輝く。エレオノーラ嬢はチクリと付け加えた。
「そもそも貴方とラヴァル子爵令嬢との関係など今更でしょう。まさか私がそのことに気づいていないとでも思っていたの?」
「っ!」
押し黙る王子にエレオノーラ嬢は口元を吊り上げて言った。
「私が奇妙だと言ったのは、サウロン様が婚約者としての立場を利用してラヴァル子爵令嬢に狼藉を働いたという点です」
「……君が友人を庇いたい気持ちは分かるが、その件については目撃者がいる。だから──」
「そうではありません」
王子は強引に押し切ろうとしたが、エレオノーラ嬢はゆっくりかぶりを横に振り、僕に視線を向けた。
僕は嘆息し、一歩前に進み出て言った。
「先ほど殿下は私が婚約者としての立場を利用して、と仰いましたが、それはあり得ません」
「言い訳を聞く気はない!」
「何故なら、私とシルビア嬢の婚約は2年前に解消済みなのですから」
『…………は?』
僕の言葉に王子が、シルビア嬢が、側近たちが、呆気にとられて目を丸くする。視界の端でエレオノーラ嬢が笑いを堪えているのが見えた。
「で、デタラメを言うな!!」
「そ、そうよ! 我が家とロベール伯爵家の婚約が簡単に解消できるものではないことぐらい分かっています! それこそ貴方に大きな失点でもない限りは──っ!?」
シルビア嬢は自分の発言が失言だと気づいてハッと口元に手を当てる。
シルビア嬢の実家であるラヴァル子爵家はあまり豊かな領地ではなく、僕の実家であるロベール伯爵家との交易により何とか財政を維持している状態だ。更にラヴァル子爵家はロベール伯爵家から多額の投資も受けている。僕らの婚約はそうした経緯もあって互いが物心つく前に結ばれたもの。ラヴァル子爵家の一方的な都合で解消できるものではないというのはその通り。とは言え、
「いや、流石に王家に輿入れする話が持ち上がったら、ラヴァル子爵もそちらを優先するでしょう。勿論、当家としては王家に横槍を入れられた形になるのであまり面白い話じゃありませんが、そこはエレオノーラ様が婚約解消の違約金やら色々と補填して下さったので円満に話はまとまりましたよ」
『!?』
僕の言葉に王子やシルビア嬢たちの目がエレオノーラ嬢に向く。彼女は口元に扇を当て、意地の悪い笑みを隠しながら言った。
「あれだけ大っぴらに睦み合われては、無視することもできないでしょう? ああ勿論、お二人の婚約の解消は陛下も私の父も承知の上で行われたことです」
ちなみに子爵家の婚約解消の違約金を王家ではなくブロワ侯爵家が補填したのは、将来的にラヴァル子爵家がシルビア嬢を利用して余計な欲を抱かないよう釘を刺すためだ。現在のラヴァル子爵家はブロワ侯爵家の寄子という立場にある。
「父上も知っていた? そんな、私は何も……」
「何で……婚約解消なんて私は聞いてないわ! サウロンも、どうして教えてくれなかったの!?」
王子が呆然と呟き、シルビア嬢は淑女としての振る舞いを忘れて僕に詰め寄る。僕はアッサリと言った。
「そちら都合で進められた婚約解消について、された側の僕が説明するのかい?」
「っ!」
「そもそも君は生徒会というか殿下にべったりで、僕と顔を合わせる機会もなかったじゃないか」
「…………」
シルビアは言葉も無く俯く。僕はそれ以上言う義理もなかったが一応付け加えた。
「ラヴァル子爵が君に婚約解消を伝えなかった理由については知らないけど、想像は付くよ」
「え……?」
「周りが察して動いたとはいえ、正式に王子殿下がお気持ちを表明したわけじゃないからね。君の方から相談してくるのを待ってたんじゃない? まぁ僕との婚約のことは気にしなくていいってニュアンスのことぐらいはそれとなく伝えてたんじゃないかと思うけど」
「あ……」
僕の言葉にシルビア嬢は心当たりがあったのか口元に手を当てている。そして王子も。
今回二人はそれぞれの両親に結婚について打診し、了承を得ていた。国王陛下もラヴァル子爵も2年前から二人の関係については把握していて既に裏で根回しを済ませていたのだ。結婚については二つ返事で了承しただろう。
だが王子もシルビア嬢も僕の扱いをどうするかについては何も確認しなかった。二人の関係の前には些事だと思ったのか、婚約者のいる相手との結婚を認められたのだからその辺りは自由裁量を得たと思ったのかも知れない。国王陛下やラヴァル子爵が説明しなかったのは……
せめて王子たちが正面から僕に婚約解消の申し出をしてくれれば話は簡単だったのだが、彼らは僕に冤罪を擦り付けて陥れるという暴挙に出た。寝取り、寝取られたという風聞を嫌ったのか、あるいはラヴァル子爵家の立場を慮ったのか、その動機は想像することしかできない。だがそれはともかく、
「ラインハルト殿下。私が立場を利用してシルビア嬢に狼藉を働いたというのが誤解であったことは理解いただけたと思います」
「あ、ああ……」
王子が僕の言葉にハッと我に返り咳払いする。
「コホン。どうやらお互い不幸な行き違いがあったようだ、ロベール伯爵令息。今日ここで話したことは聞かなかったことに──」
「そういうわけにはまいりませんわ」
誤魔化そうとした王子の言葉を、満面の笑みを浮かべたエレオノーラ嬢が遮る。
うん。ここにいるのが僕だけなら穏便に無かったことに出来たんだけど、彼女が首を突っ込んできた時点でこの展開は予想できてた。
「将来の国王候補たるお方が、権力を利用し臣下を不当に陥れるなど言語道断。一体誰がそのような王に忠誠を誓いましょう。ましてその理由が気に入った女を奪うためなどと……このことは国王陛下と父に報告させていただきますので覚悟なさいませ」
『!』
王子たちの表情が絶望に染まった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「貴方方の婚約が解消されたことを伏せておくよう陛下とラヴァル子爵にお願いしたのは私です」
10日後、僕は先日の一件の顛末を説明しておきたいとブロワ侯爵家に招かれていた。
陽光と風を計算し完璧な調和が齎された庭園は、流石侯爵家と我が家との格の違いを感じさせた。侯爵家の中庭のテーブルに付き、僕はエレオノーラ嬢と向かい合う。給仕服姿の女性がお茶を淹れてくれた。その所作から一目見て貴族出身であることが見て取れた。
僕は場の雰囲気に圧倒され、紅茶のカップに口をつけながら黙ってエレオノーラ嬢の話を聞いた。
「『ラヴァル子爵令嬢の件について私が先んじて差配したことを知ればラインハルト殿下のプライドが傷つくかもしれない。その件は殿下から相談を受けたタイミングで私から説明する』と言えば、お二方とも道理だと言って納得してくださいました。将来的に後宮を取り仕切るのは私ですからね。ラヴァル子爵令嬢を側妃に迎えるとなれば、まず私に説明に来るのが当然です。その上で私が殿下とラヴァル子爵令嬢の為に動いたということにすれば、序列を明確にし、かつ私がラヴァル子爵令嬢を認めていると彼女の立場を補強する良いアピール材料にもなりますもの」
エレオノーラ嬢は僕とシルビア嬢の婚約解消を王子たちが知らなかった事情をそう説明した。そう聞くと模範的な貴族令嬢の振る舞いにも思えるが、
「……そういうていで罠を仕掛けたんですね」
「まぁ、罠だなんて人聞きの悪い」
僕の言葉を、しかしエレオノーラ嬢は否定しなかった。
あの一件の後、学園卒業と同時に予定されていたラインハルト王子の立太子見送りが発表された。第二王子がまだ幼いため、ラインハルト王子は廃嫡まではされていない。だが併せて発表されたエレオノーラ・ブロワ侯爵令嬢との婚約解消の報を聞けば、彼が次期国王の座から転がり落ちたことは明らかだった。
なお、王子はエレオノーラ嬢に代わってシルビア嬢との婚約が発表されている。表向きシルビア嬢やラヴァル子爵にはお咎めなし。ブロワ侯爵が落ちぶれた王子に寄子の娘を当てがって手切れにした、という形となっていた。
「殿下が上に立つ者として最低限の良識を持ち合わせていれば落ちる筈のなかった穴です」
エレオノーラ嬢はそう言うが、それでも落ちる可能性があると考えて仕掛けたなら同じことだろう。あるいは以前から彼女は王子の危うさを感じ取っていたのかもしれない。だがだとしても彼女の行動には些か腑に落ちない点があった。
「穴に落ちたところを助けてあげれば恩を売って上手く操ることもできたでしょう。王妃となる機会を棒に振る必要はなかったのでは?」
僕の疑問にエレオノーラ嬢は頬に手を当てて困ったような表情を浮かべた。
「最初はそれも考えていたのですけれど……」
「何か問題が?」
「実際、ああもアッサリ穴に落ちるところを見てしまうと、私もフォローする自信が無くなってしまって」
それは確かに。もし結婚した後にライハルト王子が何かやらかせばエレオノーラ嬢も巻き添えを食う可能性がある。王妃になれてもそれでは割に合わないか。
「元々王子との婚約は王家に請われてのもので、当家としてはこれ以上王家と繋がりを濃くしたいとは考えていませんでした。なので父とも相談して、現王家とは距離を置くことにいたしましたの」
ラインハルト王子は勘違いしていたフシがあるが、王家といっても別に王国における絶対権力者という訳ではない。現時点で一番強い権力を持っていることは確かだが、諸侯にとって不利益な振る舞いをすれば反乱を起こされ引きずり降ろされることだって珍しくなかった。
その意味で、エレオノーラ嬢が王子に告げた「言語道断」という言葉は決して大袈裟ではない。
「……納得しました。わざわざこのような場を設けてまで説明いただき、ありがとうございます」
ことの経緯が明らかとなり、これ以上僕が騒動に巻き込まれることはなさそうだと胸を撫で下ろす。しかしエレオノーラ嬢は僕の反応に悪戯っぽく笑って首を傾げた。
「あら。ひょっとしてサウロン様、私がただこんな説明をするためだけにこの場を設けたと思ってらっしゃるの?」
「は?」
意味が分からず間の抜けた声が漏れる。それを見てエレオノーラ嬢はクスクスと笑った。
「私、王子とは婚約解消しましたの」
「それは聞きました」
「新しい婚約者を探さねばなりません」
「それは……そうでしょうね」
「ただそうは言っても、年頃の高位貴族は皆既に婚約者が決まっていて、探すと言っても簡単なことではありません」
「…………」
何とも怪しい話の流れだ。
「けれど私の目の前には同じように婚約を解消されてまだお相手が決まっていない殿方がいらっしゃるわ」
僕は2年前にシルビア嬢との婚約が内々に解消されて以降、まだ次の婚約者が決まっていなかった。どうなっているのか父に聞いたこともあるが、父曰くブロワ侯爵がお詫びに次の縁談を紹介して下さる約束なので暫し待てとだけ伝えられていた。
「……私は保険ですか?」
「理解の早い殿方は好きですよ」
エレオノーラ嬢は僕の確認に艶やかに笑った。
つまり彼女とブロワ侯爵は少なくとも2年前の時点でラインハルト王子を見限る可能性を想定し、王家との縁談が破談になった場合の保険として僕をキープしていたのだろう。何とも用意周到なことだ、と僕は額に手を当て天を仰いだ。
「……怒りましたか?」
そんな僕の態度をどう解釈したのか、エレオノーラ嬢が不安そうな目で僕を見た。
勿論都合よく振り回されて全く不満がないと言えば嘘になる。だが才女として名高いエレオノーラ嬢がお相手と聞いて嬉しくないわけでもない。
この気持ちをどう伝えるべきか僕は暫し途方に暮れ、
「────」
結局何も思い浮かばず、彼女の手を取り承諾の言葉を伝えた。
当初は徹底的にやり込める予定だったけど、仮にも貴族がそんな周りのヘイト買って敵を増やすような真似はしないよな、とこんなオチに。
結論、「ざまぁ」は難しい。




