その婚約破棄、二言はございませんね?
大きなシャンデリアから零れた光が、辺りをキラキラと照らしている。
舞踏会を行っている大広間の隅で、ダニエルはアニスではなくリリアの手を取った。
「私はリリアと結婚したいと思っている。アニスとの婚約は破棄する」とダニエルは言った。
婚約破棄を告げられたアニスは眉一つ動かさず「婚約破棄、二言はございませんね?」とダニエルに問い掛ける。
リリアがダニエルを見上げた。ダニエルの唇がわなわなと震えている。
か細い声が聞こえた。
「……嘘に決まっているだろう?アニスと婚約破棄をするなど、天地がひっくり返ってもあり得ない」
ダニエルはリリアから手を放し、アニスの手を取った。その手は緊張のせいか、冷え切っていた。
「でも、確かに婚約破棄とおっしゃいましたよね?」
アニスは冷たい声で問いかけた。
「……君の気を引きたかっただけだ!」
涙ぐみ、首を横に振るダニエルを冷然と見下すアニス。
「わかりました。婚約は継続したいと」
「もちろんだ。僕を見捨てないでくれ!」
ダニエルは哀願した。
「……今回は見逃して差し上げますわ」
アニスはダニエルの手を自分の手から外し、扇で口元を隠してツカツカと大広間を出て行った。
リリアは顔を赤くして「私のことを可愛らしいっておっしゃっていましたよね!?」とダニエルを見上げたが、ダニエルは涙をぬぐいながら「ああ、だが私は可愛らしい女性より、凛々しい女性が好きなのだ」とダニエルは言った。
「リリア、悪いが君には興味がない」
「……わかりました」
リリアはそれ以上何も言わず、小走りでアニスと同じく大広間を後にする。
リリアが大広間を出て廊下を歩いていると「リリア」と呼ぶ声がした。
リリアが空き部屋を覗くと、そこにはアニスがいた。
アニスは小声で「ごくろうさまでした」と言った。
(涙ぐんで私に縋りつくダニエル様……可愛らしかった)とアニスはうっすらと微笑んでいた。
「リリア、ありがとうございました。これは謝礼です」
リリアは金貨を受け取ると、ドレスの裾をつまみお辞儀をした。ふと、思いついたようにリリアはアニスに尋ねる。
「アニス様、本当に婚約破棄になったらどうされるおつもりだったのですか?」
「ダニエルが私と婚約破棄をする? ありえませんわ」
アニスは笑った。
最近のダニエルは、人前だとまるでアニスから求婚したかのようにふるまっていた。しかし実際は、ダニエルの熱烈なプロポーズにアニスが屈した形で婚約したのだった。
「ダニエル様は、どれだけ私を愛しているか思い知ったことでしょう」
涙ぐんで縋りつくダニエルを思い出し、アニスはうっとりと微笑んだ。
「アニス! どこだ! 君がいない世界なんて耐えられない!」
涙声で叫ぶダニエルの声が近づいてきた。アニスはまんざらでもないため息をついて、廊下に出た。
「……まったく、仕方がない人」
「アニス!」
涙と鼻水で汚れた顔をくしゃくしゃにして、ダニエルはアニスに向かって喜びの笑みを浮かべる。
「とんだ茶番ですわ」
リリアは金貨を握りしめたまま、ドアの影から二人を横目で見て肩をすくめた。




