~後略~(……結論から言おう。俺の平穏な事務屋人生は、どうやら今日で幕を閉じたらしい)
お読みいただきありがとうございます。
これといった情緒もなく、「申請書」と呼ばれるような恋文を書く器用な男、フルール。
そんな彼が、傷ついた令嬢リリアーナに送った「最初の手紙」には何が綴られていたのか。
事務的すぎる男の、たった一つの『誠実』な契約を、最後まで見守っていただければ幸いです。
散々な手紙を書き、俺の心が荒れたということでその日は解散になり、ルーカスとグランに飯に誘われた。
いつもの店より数段グレードが高い店に連れられ個室に案内された。説教かと身構えたが、グランとルーカスの顔を見るとどうも違うらしい。
「フルール。お前の性格上、よく知らない相手にどうこうと書くことはできないのだろう」
グランの言葉にドキリとした。
その通りだ。よく知らない人物に好意も何もない。あるのはただ、騒動で経歴に傷がついたかわいそうな上司の娘である令嬢だ。
「なんでわかったのかという顔だね。四年ともに働いて軽口を言い合ってるんだ、ある程度はわかるよ」
何というか恥ずかしくなってきた。さっきまでの手紙のあれこれが茶番に思えてくるようだ。
「だからハガート部長に相談した。俺とルーカスでな」
「そうか……そこまで。ん?」
今なんて言った。相談したって言ったが。ハガート部長に?
「何してんのお前ら」
なんでそんなことをしたのか問い詰めようとすると、グランが一つの封筒を渡してきた。何も記載されていないが、その中身が何なのかはわかる。
「ハガート部長はこちらを用意した。俺たちは中身を見ていない」
そういうと二人は封筒のみを残して部屋から出て行った。なんともできた友人たちだ。
俺はその封筒の中身の書類を引き出した。
【第3皇子婚約騒動顛末:case被害者 リリアーナ・エトワーブル】
俺は震える手で、紙をめくる。
そこには、公的な記録には決して残らない、情報管理局のトップであるハガート部長自らがまとめた(あるいは部下にまとめさせた)、愛娘の「被害の全容」が記されていた。
事件の概要:第3皇子による一方的な婚約破棄宣言。それに伴う側近たちの連続婚約破棄宣言。
加害者:第3皇子側近 ギール・ドルー侯爵子息
被害者:リリアーナ・エトワーブル伯爵令嬢。
状況:リリアーナ・エトワーブル伯爵令嬢に対しギール・ドルー侯爵子息が公衆の面前での罵倒、および事実無根の罪状の着せ替えを強行。リリアーナ嬢は涙一つ見せず、その場で罪状の「論理的矛盾」と婚約破棄宣言が無効である事実を淡々と指摘。結果、皇子と側近達の逆上を買い、さらに立場を悪化させた……。
「……リリアーナ嬢」
自然と彼女の名前が漏れ出る。
読み進めるうちに、俺の胸に別の痛みが走った。
彼女が「甘い言葉」を嫌う理由。それは単なる好みの問題ではなく、甘い言葉で自分を飾り立て、都合が悪くなればそれを裏切りの刃に変えた男たちへの、正当な防御反応だったのだ。
ハガート部長のあの日の言葉を思い出す。
「嘘をつかず、誠実に『契約』を遂行する男」
なるほど。どうして自分が選ばれたのかはいまだに納得はできないが、理解はできた。
ならば自分は自分らしく。顔合わせがうまくいかなくなるかもしれないが、自分の言葉で書こう。
書類を二度読み返し、友人たちが用意させた鉄製の深めのお盆に入れ火をつける。文書が全て灰になるのを確認し、その灰を空になった封筒に入れカバンに詰める。
部屋を出るとウェイターに別の部屋に通され、そこで二人が酒を飲んで待っていた。そこからは、二人は手紙や書類に関して聞いてくることはなく、いつもの軽口の応酬と、いつもより上等な食事と酒を楽しんだ。
その夜、俺は紙に向かい、一気にペンを走らせた。
推敲はしていない。要約もしていない。ただ、あの「報告書」の行間にあった彼女の孤独と、自分の無骨な誠実さを、そのまま紙に定着させた。
翌日、面白がる同僚たちを払いのけ、ルーカスとグランにのみその手紙を見せる。二人はじっと、たった一枚の手紙を見つめ顔を見合わせた。
「どうだ、また『全面書き直し』か?」
「いいや。友人として合格をあげるよ」
「……いいんじゃないか。ようやくお前の言葉で書いたな」
ようやく合格をもらった手紙を送り、実家にも顔合わせの話が届いたらしく、そこからは忙しかった。
伯爵家令嬢との見合い話に実家は大騒ぎだ。どうやってこんな話が、というのは想像していたが、想像以上に母と乳母が気合の入れようで、わざわざ帝都に使用人たちときてあれやこれやと準備を始めた。俺の貯金もガンガン減った。
爵位の高いご令嬢なのだから、竜の首差し出してでも捕まえなくてはと。息巻く母と乳母はいつまでたっても女の影のない自分を心配していたらしい。
すみません。それに関しては何も言えません。はい、自部の財布ぐらいいくらでも軽くしてください。
約束の日となり、ハガート部長が手配してくれた馬車に乗り込んだ。
自分はその時、特に緊張することはなかった。あの日に覚悟というか心構えはもうできているのかもしれない。
手紙のままの人でいよう。
実家とは比べ物にならないほど豪華な門をくぐり、数倍の広さの庭と屋敷を見ても……。いや、少し緊張してきたな。格が違うということをまざまざと見せつけられる。
屋敷の玄関に着き使用人たちに迎えられるが、中には子爵家出身の人たちもいるわけで、そんな人たちの見定めるような眼は怖かった。
そりゃそうか、あんなことの後釜狙いだものな。しかも男爵家の三男。いくら当主本人が選んだとは言え心中穏やかじゃない人の方が多いよな。
あの日の書類からも察せられたが、リリアーナ嬢は伯爵家やそれに仕える人たちに愛されているな。
案内に従い進むと一つの部屋に通された。
「ハガート様。バロン男爵子息をお連れしました」
「入れ」
通された部屋には――なんか多くないか?
「フルール・バロン到着しました。ハガート・エトワーブル伯爵。そしてリリアーナ・エトワーブル伯爵令嬢。本日はご機会いただき感謝します」
頭を下げながらも、部屋にいた人を確認する。
まずハガート部長。当然だ。その隣のリリアーナ嬢に似た女性がおそらく伯爵婦人。そしてその隣にいた姿絵の女性がリリアーナ嬢。ここまではいい、当然だ。
その後ろに使用人たちが並んでいるのもまあいいが。ハガート部長たちの後ろにいる男性二人と女性三人はなんだ。
顔を上げすぎないように見ると、それぞれハガート部長と奥方の面影を持っている。
確かエトワーブル伯は息子二人と娘四人だったということは……。
え、家族総出?
心中で絶句した。
どういうことだ伯爵の許しで顔を上げるとリリアーナ嬢と目が合う。リリアーナ嬢は、期待と不安が入り混じったような、だがどこか「諦め」を孕んだ瞳でこちらを見つめている。
しかし、その後ろの兄姉たちの視線は、「品定め」というには殺意が混じっているような、「執行官」かと思うような目だ。
「……あー、気にするな。皆、リリアーナのことが心配でな。席を外せと言っても聞かんのだ。不服なら叩き出すが?」
ハガート部長……いや、ハワード伯爵が、いつもの事務的な口調にわずかな「父親の困惑」を混ぜて言った。
「いえ、お気になさらず。皆様にお会いできて光栄です」
俺は努めて冷静に、教本通りの礼を尽くした。刺さる義兄候補たちの「妹を泣かせたら物理的に消す」という殺気混じりの視線も、仕事(特命)だと思えば耐えられる。
「さて、フルールさん。まずは……あのお手紙についてなのですが」
伯爵夫人が、扇を口元に当てながら、俺が送った『最終回答』をテーブルに置いた。あの殺風景極まりない手紙だ。
奥方の声は穏やかだが「たったこれだけの手紙とはどういうことだ」と問い詰める目だ。離れているのに胸ぐらをつかまれているような錯覚を覚える。
「確かにこれから顔合わせする令嬢に対するものではなかったのですが、申し訳ありません。失礼を重ねますが、その手紙についてはまずリリアーナ嬢に釈明させてほしいのです」
はっきり言って怖かった。皆ハガート部長の眼光を受け継いでいるのを理解した。だが引くわけにはいかないのだ。何もない男爵子息なのだから、真面目と誠意は貫かないと面目が立たない。失礼は承知だが、ここはこうすべき場所だ。
しばらく沈黙が続くと、ハガート部長は腰を上げ、奥方と子息令嬢たちも続く。
息を吐き出ししたいのをこらえつつもリリアーナ嬢を見ると、手紙をじっと見つめている。
伯爵達が部屋を出て、自分とリリアーナ嬢と使用人たちが残る。あ、使用人たちは空気と思えと? はは、無茶をおっしゃる。
リリアーナ嬢が、細い指先でその手紙の端をそっと撫でる。
「フルール様。……あなたは、私が『論理』で戦ったことを、愚かだとは思わなかったのですか?」
鈴の鳴るような、だが芯の通った声が部屋に響く。
皇子を論破して事態を悪化させた「可愛げのない女」だと、社交界では嘲笑の対象になっていた彼女の、一番痛いところ。
そこを一番に突くのは、彼女が強い女性であることを再確認するには十分だった。飾った言葉の応酬はいらないというのは、自分にとってもありがたい。
先ほどまでの威圧による肩の力が抜けるのを感じる。
「いいえ。貴殿は、自身という尊厳の『原本』を守るために、正当な防衛を行われた。それを尊敬こそすれ否定することは、検閲官としての私の矜持が許しません」
こちらをじっと見つめるリリアーナ嬢に内心……あ、またやったか。事務的すぎたか、と少し後悔するが、こう返答するしかない。
真面目だけが取り柄で、人の恋文を見て心を少し乱し、いざ自分が書くとなれば取り乱してろくなものも書けない。だが周囲の人には恵まれ、その周囲がそんな俺を「らしい」と認めてくれる。
そんな自分を偽る気はさらさらない。
「……原本、ですか。ふふ、貴方は本当にお仕事がお好きなのですね」
リリアーナ嬢が、小さく、しかし心からのものであろう笑みを漏らした。その笑みは、姿絵で見たどの表情よりも鮮やかで、殺意に当てられていた俺の毒素が抜けていくような、不思議な清涼感があった。
「あ、いや。……不適切な表現でしたら訂正します」
「いいえ、訂正は不要です。検閲官殿。……貴方のその手紙、正直に申し上げれば、最初は『挑戦状』かと思いましたわ」
彼女はテーブルの上の手紙を指先で弾いた。
「愛だの恋だのという、賞味期限の短い装飾を一切排除し、ただ『契約の履行』と『平穏の保証』だけを書き連ねる。……そんな無機質な言葉を私に投げたのは、貴方が初めてです」
「……申し訳ありません。同僚たちからも『申請書だ』と散々言われまして」
「いいえ。それでいいのです。私は、もう『嘘』はいらない。耳障りの良い言葉を並べ、裏で舌を出すような男たちには、もう飽き飽きしていたのです。ですから……」
彼女は椅子から立ち上がり、俺の目の前まで歩み寄った。意外にも、彼女の瞳には強い意志の光が宿っている。
「フルール・バロン様。貴方の提示した『契約』、私が受理してもよろしいかしら?」
「…………」
あまりにも事務的な「プロポーズの受諾」に、俺は一瞬、彼女が執務室で予算承認印を押しているような錯覚に陥った。
だが、彼女の頬がわずかに赤らんでいるのを見て、これは「業務」ではなく「人生」の話なのだと再認識する。
「……光栄です。貴殿のこれからの人生に、一切の『虚偽』を許さないことを誓いましょう」
俺がそう答えた瞬間――。
パタン、という音がして、背後の扉がわずかに開いた。
「よし、よく言った!」
「リリアーナが笑ったぞ!」
「おい、押すな兄上!」
……やはり、盗み聞きしていたか。ハガート部長の家族たちが、雪崩を打って部屋に飛び込んできた。
俺の平穏な「契約履行」の日々は、どうやら想像以上に騒がしいものになりそうだ。
――――――――――
拝啓
新緑の候、リリアーナ・エトワーブル嬢におかれましても、ますますご清祥のこととお慶び申し上げます。
私は、貴殿が公衆の面前で「論理」という盾を手に、孤軍奮闘されたその強さに、深い敬意を表します。
あいにく、私は美しい言葉を飾る術を知りません。
しかし、検閲官として、貴殿のこれからの人生に「虚偽」や「改竄」が入り込むことを、私は全力で阻止いたします。
私が提供できるものは、愛という名の不確かな幻ではなく、貴殿を守り抜くという、揺るぎない「契約の履行」です。貴殿のこれからの生活における平穏を、私の全権限をもって保証いたします。
当日、お会いできるのを楽しみにしております。
敬具
五月二十三日
フルール・バロン
リリアーナ・エトワーブル嬢へ
「検閲官は3度悶え死ぬ」、これにて完結です。
情緒が欠落していたフルールですが、最終的にはリリアーナ嬢に「受理」されることができました。
二人の未来は、きっと穏やかなものになることでしょう。
もし「二人のその後がもっと見たい!」「同僚たちの後日談も気になる」と思っていただけましたら、ぜひ**【ブックマーク】や、下の【☆☆☆☆☆】の評価**で応援をお願いいたします!
感想などもいただけると、作者がフルールのように悶え喜びます。
また別の物語でお会いしましょう!




