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~中略~(「君の瞳に乾杯」……? 酒を目に入れた失明するぞと初見思った俺はつまらない男だと思う)

お読みいただきありがとうございます。


前回、上司から「娘の婚約者になれ」という、公務員人生最大のムチャ振りをされたフルール。

今回は、そんな彼が「令嬢への手紙」という、未知の強敵に挑みます。


情緒を検閲所に置いてきた男の、必死でズレたな執筆活動をお楽しみください。

目の前には上質な紙がその品質を誇示するように白く、使い慣れたはずの万年筆が他人のものであるかのように頼りないものに思え、昨日まで笑いあっていた友人や同僚たちが冷たい目で俺を見下ろす。


(どうしてこんなことに……)


嗅ぎ慣れたインクの香りと、嗅ぎ慣れない香水の香りが、今から行おうとする行為が不慣れなものであることを嫌というほど認識させる。

 万年筆を掴み、白紙に書き始める。


『リリアーナ・エトワーブル嬢へ』


そこで何人かが反応を示したが、様子見のためか声は上がらない。書き出しが重要ということはわかっている。とはいえ自分だって貴族子息。定型文はいくつか知っているし、それを時節に合わせればいいだけだ。


『新緑の候、』


先ほどよりも反応した人数が増えるが、まだ大丈夫だ。


『新緑の候、貴殿はますますご清祥のこととお慶び申し上げます。平素は格別のご高配を賜り、厚く御礼申し上げます。』


「「「仕事の手紙か」」」


ルーカスに奪われ、「論外」と書かれたゴミ箱に捨てられる。すでに多くの残骸が埋まっており、「保留」と「合格」の空の箱の無力さを強調していた。

 どうしてこんな手紙の審査会が行われているのか。現実から逃避するため、俺は少し前のことを思い返した。



「婚約者……ですか」

 あまりの衝撃に数秒固まってしまっていたが、そんな俺をハガート部長はじっと見ていた。品定めされていることはわかったが、事態に理解と体が追いつかない。

 なぜだ。そうだ、なぜ自分なのだ。


「なぜ……男爵家三男の自分なのでしょうか」

 独身男性で、伯爵家の格に見合う男性は他にもいるはずだ。貴族的なメリットがないに等しい自分である理由はなんだ。

 ハガート部長は少し笑い、こちらを射抜くような目で見つめる。


「なぜ自分ではなく、なぜ男爵家三男という価値が低いものに娘を充てるのかが気になるのか。相変わらずのバカ真面目だな」


褒め言葉なのか判断に迷う言葉だ。笑うのが正解かよくわからないので、質問を進める。


「先の騒動の被害者であるという彼女の心中、恋人のいなかった自分には図りかねますが、それでも自分が適任ではないと思います」


被害者であっても、履歴に傷がついたとしても、部長の娘なら男爵家の次期当主とでも見合うはずだ。情報局重鎮の娘は、決して軽くはない。

 どういう考えなのかを聞きたいと言外に求めると、部長は姿絵をこちらへ押し出した。


「うむ。貴殿が理解しやすいよう、貴族としての視点と、家族としての視点とで分けて話すか」


部長は淡々と、しかし重みのある口調で続けた。


「まずは貴族としての視点、いわば『損得勘定』だ。先の騒動で、高位貴族の婚約市場は荒れ果てている。下手に家格の近い相手を選べば、弱みにつけ込まれるか、あるいは過剰な政治的貸し借りが発生する。……その点、貴殿はいい。中立派男爵家の三男、後ろ盾もなく、派閥の波風も少なく、野心も薄い。それでいて身元は潔白で、私が記憶に残すほどの局の精鋭だ。いわば『変動リスクのない優良資産』といったところか」


「……資産、ですか」

 俺を人間ではなく、書類上の数値として扱っているような言い草だが、不思議と不快ではなかった。むしろ、その方が今の俺には理解しやすい。


「次に家族として……父親としての視点だ。リリアーナは、あの騒動で『男の甘い言葉』に心底嫌気がさしている。愛だのなんだのとお題目を並べ立て、裏では保身と浮気に走る男にな。今、私が父親として求めているのは、嘘をつかず、誠実に『契約』を遂行する男だ。本人は私の決定に従うと言っているが、一度その決定でミスをしたのは私だからな」


「…………」

 褒められている気が全くしない。だが、部長の言いたいことは痛いほどわかった。今のリリアーナ嬢にとって、俺は「害のない、事務的な隣人」として最適だと言いたいのだ。


「これは命令ではない。……と言いたいところだが、これは『特命』だ。貴殿の今後の査定、およびバロン男爵家への便宜も考慮に入れよう。リリアーナと会い、彼女の『納得』を勝ち取ってこい。顔合わせは後日、バロン男爵家へ手紙を送る。話は以上だ」



席に戻ったあと、昼休みにルーカスと他数人の同僚たちに詰められ、婚約の話のみを打ち明けた。全員、何かに察しがついたのか、羨ましがったり応援したりとそれぞれの反応を見せた。

 顔合わせの日付はまだわからないが、顔合わせ前の手紙は送ったほうがいいだろう。そう考えたとき、重大な問題に突き当たった。


そう、今まで一度も、私的にそういった手紙を出したことがないのである。

 甘い言葉を並べた手紙など蕁麻疹が出るが、それでも好意的ではある内容にしなくてはいけない。ひとまず一通書き上げ、ルーカスに見てもらうことにした。


――――――――――


拝啓


風薫る五月を迎え、私におきましては心身ともに良好な状態を維持しております。リリアーナ・エトワーブル嬢におかれましても、御身健やかにお過ごしのこととお慶び申し上げます。


本状は、この度新たに発生いたしました「婚約」という事象に関し、当方の初期方針を述めるものです。


貴殿が現在置かれている環境の変化を鑑み、今後は当方の資源を最大限投入することで、貴殿の生活におけるあらゆる利便性の向上と、安定した基盤の構築に邁進する所存です。具体的な相乗効果および資産の統合案、ならびに今後の共同生活における最適化計画については、初対面の折に説明させていただきます。


なお、当日の面会時間は概ね二時間を予定しておりますが、貴殿の心身の状況を最優先とし、柔軟に調整可能です。


末筆ながら、貴家の益々のご発展を祈念いたします。


敬具


五月吉日

フルール・バロン


リリアーナ・エトワーブル嬢へ


――――――――――


「……なにこれ」

「ひどいな」

「一回医者に診てもらうか」

「手遅れでは?」


ルーカスとなぜか居合わせたグラン、そして同僚たちに回し読みされた感想である。


「……フルール、お前。これはリリアーナ嬢への手紙であって、軍の上層部への議会申請書じゃないんだぞ」

 ルーカスが、こめかみを押さえながら絞り出すように言った。


「何が不満だ。時候の挨拶も入れたし、相手の健康も気遣っている。何より、俺が彼女の生活を全力でバックアップするという『誠意』を、これ以上ないほど論理的に説明したはずだ」


目を逸らしながら、この手紙の説明をする。わかっている。この手紙が到底女性に贈るものではないことはわかっているのだが、これしか書き上げられなかったのだ。


「論理が過ぎるんだよ! こっち見ろよ」

 グランが呆れたように手紙を振り回す。

「いいか、フルール。貴族の婚約っていうのは、もっとこう……形だけでも『あなたの瞳に乾杯』的な、ふわっとした情緒が必要なんだ」


「情緒……? 意味のない比喩は情報の伝達を阻害すると、いつも言っているのはお前たちだろう。あんな『愛の薔薇』だのと書いても、要約すれば『暇だから遊ぼう』と言っているだけだ。俺はもっと、実利を伴う誠実さを示したいんだ」


「極端なんだよお前は! 振り切るな!」

 ルーカスが机に突っ伏す。

「いいか、リリアーナ嬢は『甘い言葉に疲れた』と言ったんだろう? でも、この手紙を受け取ったら彼女は別の意味で気疲れするぞ。これは恋文じゃない、文書だ」


「…………」

 俺は言われていることは理解したし、彼らの意見には同意する。だが、それでもああいう文を書きたくない自分がいるので、精一杯の抵抗をする。


「……修正、必要か?」

「「「全面書き直しだ!!」」」


 怒号のような三部合唱が、昼休みの執務室に響き渡った。

 それから現在に至るのだが。何通書いてもダメ出しを食らい、保留の一通も書けないでいた。業務終了後もこうして付き合ってくれるいい奴らなのだが、はじめは俺の手紙を笑うためにいた連中も、こんな手紙を受け取らなくてはいけない令嬢に同情しているようだった。

 ひどいのは認めるしかないので、同僚たちの罵声を素直に受け入れる。


 一人が本を持ってき、「ほめられたことじゃないがこれのどれかを軸に作れ。」と渡された。それは詩集というかポエム集だった。どれか一つのオマージュ。いや敬意がないからパクれということだろう。その日は俺に宿題が出され、解散となった。


――――――――――


拝啓


風薫る五月、木々の緑が目にまぶしく、私の心もまた、春の嵐に舞い踊る花びらのように落ち着かぬ日々を過ごしております。リリアーナ・エトワーブル嬢におかれましても、麗しき春の陽気に包まれ、夢見るような時をお過ごしのことと、天の星に祈っております。


本状は、この度私たちが結ばれることとなった運命の交差点について、溢れ出す思いを綴るものです。


貴殿という名の美しい花が、今どのような風に吹かれているのか。私はその全てを包み込む大地の如き存在でありたい。私という未熟な器に、貴殿という清らかな雫が満たされることで、きっと輝かしい未来という名の地図が描かれることでしょう。


愛、それは深き海の如く。

誠実、それは高き山の如く。


具体的な今後の運用スケジュールや、両家の資産運用における最適化スキームにつきましては、初対面の折に……


末筆ながら、貴殿の歩む道に、常に黄金の光が降り注ぐことを。


敬具


小満の候

フルール・バロン


リリアーナ・エトワーブル嬢へ


――――――――――


「急に薄っぺらくなったぞ」「感情を殺せとまでは言ってないんだが」「途中から元に戻って筆折ってるし」「才能あるなしはあってもさすがに」


再度散々な言われようであるが、本当に何も言い返せない。


「最初は前略にしよう。本文と締めを書いたら、そこに俺があったものを書くから。全部自分で書くのがベストだが、この際一通書くことを目標にしよう」


見かねたルーカスは本文の要点を並べてくれた。

「本文は今回の婚約のことをどう思っているか、リリアーナ嬢のことに関して、顔合わせに何を話したいか。締めは当日楽しみにしていると。長く書く必要はない、誠意を込めた文章を書け。」


なるほど。それならば俺でも書けそうだと万年筆を走らせる。


拝啓

(前略)


よし、ここから誠意を込めた言葉を書けばいいのか。一気に心が軽くなった気がする。

 まずは今回の婚約の件だ。部長からいただいた姿絵を見つめ考える。


考える。


考え……


る。


(中略)

(後略)


敬具


五月吉日

フルール・バロン


リリアーナ・エトワーブル嬢へ


「リリアーナ・エトワーブル嬢へ、じゃないよ」「逃げるな卑怯者」「中身がないってこういうことじゃないだろ」

第2章をお読みいただき、ありがとうございました!


「予算申請書」から「中身スカスカのポエム」まで。

フルールの不器用さが爆発してしまいましたが、同僚たちのダメ出しもまた、彼への友情(?)の裏返し……かもしれません。


次章。果たして、事務屋フルールの言葉は、傷ついたリリアーナ嬢に届くのか。


続きが気になった方は、ぜひ**【ブックマーク】や、下の【☆☆☆☆☆】をポチッと評価**していただけると、フルールの語彙力が1上がります!


よろしくお願いいたします。

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