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~前略~(甘ったるい手紙をなぜ独身の俺が検閲しなくてはいけないのか、特にポエム全開の手紙って受けとる側は内容を理解しているんだろうか)

はじめまして。数ある作品の中から本作を見つけていただき、ありがとうございます。


本作は、情緒よりも効率、愛の言葉よりも公文書を愛する「真面目すぎる検閲官」が主人公のお話です。

ファンタジーな世界観ではありますが、中身は意外と「お仕事もの」に近いかもしれません。


「甘い言葉に飽き飽きした令嬢」と「事務的な言葉しか吐けない男」の、少し変わった契約結婚の行方をお楽しみいただければ幸いです。

 アンジェリーへ。


 北方警備の任を受け、北壁城塞に来てから半年にもなる。皇国とのにらみ合いは続き、いつ戦争が始まってもおかしくないほどの緊張が城内を包み込んでいる。徴兵の義務を果たさなくてはいけないとはいえ、あと二年半もこの寒く苦しい空気を吸い、代わり映えのない支給飯を食べることになるとは。

 徴兵前に君が作ってくれたミートパイが恋しいよ。このにらみ合いが君の平和につながると信じて、今日も君がくれたお守りを身に着けて働いている。君の返事を待ってる


――――――――――


「任務地記載×、士気低下をほのめかす記載×、徴兵への不満の記載×。……検閲が入るってわかってんのかねぇ」


判を押す軽い音とともに、手元の紙片に「修正」の赤い文字が刻まれた。

俺は問題箇所に判を次々と押していき、前に置かれた「修正必要」と書かれた赤い書類入れに入れる。


帝国軍情報管理局一般検閲部。

それが俺の働いている部署の名前だ。


仕事の内容は「検閲」である。といっても軍内部の記録や貴族間の契約書類、あるいは民間に流すプロパガンダなどではなく、兵士が親しい者へ送る手紙の検閲だ。


人様のプライベートを覗くような仕事だが、戦争で発展したこの国は他国からの信用が薄く、密偵が多く潜んでいるらしい。末端の俺にはよく知らないが昔、国家機密が他国の手に渡り窮地に立たされたことがあったようで、その出来事から検閲専門の部署である情報管理局が建てられた。


以来、軍や国家が関わる書類は、些細な家族への手紙であっても一度中身を確認することになったのだ。

 とはいえ、国や軍のお偉いさんは圧政を布きたいわけではないらしく、多少の愚痴は見逃されている。そのため大抵の書類は軽い修正で終わるのだが、同僚が見つけた「軍への悪口しかない手紙」は、さすがに黒箱(要調査対象)行きになっていた。


任に就いてから四年にもなると、人様のプライベートを覗く罪悪感はかなり薄れた。

 のだが、兵士が送る手紙の相手というのは肉親だったり、友人だったり……恋人とか、婚約者とか、妻とか……。


真面目だけが取り柄で「年齢=彼女いない歴」の俺には、多少なりとも精神的なダメージを受ける手紙が多い。さっきの手紙もそうだ。女性からの手料理なんて、俺には母からしかないぞ。


個人的なダメージは置いておいて、次の手紙を手に取る。

 さっきの手紙とは違い、上質な紙の封筒に紋章入りの蝋封。貴族か。


この国は平民からも貴族からも徴兵する。免除金などの回避方法はあるものの、コネクション作りなどの理由で長子以外は徴兵に従っている。そうした令息からの手紙も、一部を除きこちらに回ることになっているのだ。


ペーパーナイフを手に取り、手際よく封を開ける。中の手紙を取り出そうとすると、花の香りが広がった。


(香水か。なんで手紙なんかに香水を振りかけるんだ? おしゃれな貴族様のやることはわからんな)


一応俺も男爵家出身だが、三男で家督を継ぐ可能性はほぼない「家系の保険の保険」の存在だ。だから婚約者がいないわけだが。


授業の成績と真面目さだけで情報局(エリート部署)の末端に滑り込めたのは幸運だった。……それにしても、なぜ女性と浮いた話の一つもないんだ? 一応、出世街道のスタートラインには立っているんだがな。

 ……はい、自分から行動しないからですね。はい。


――――――――――


麗しきセシリアへ。

 君と離れてからというものの、私の心には常に冬の嵐のような冷たい風が吹いている。君の微笑みという陽光がなければ、私の胸に咲く愛の薔薇は枯れ果ててしまうだろう。……(中略)……今、私が握る剣は、君という名の女神を守るため。戦場で今も戦えるのは、君への情熱が私の体を巡り希望になっているからだ……。

 もし無事に帰ることが叶ったのなら、あの日の君との約束を果たす。待っていてくれ。

 君の騎士より


――――――――――


「うわぁ……。このタイプね」


俺はペンを回しながら、貴族特有のまどろっこしい修辞(レトリック)を脳内で「要約」していく。

 この仕事の中で苦痛なものの一つだ。なんだってこんな書き方をするんだろうか。


いや、比喩が貴族社会で重要なのはわかっている。末端といえど貴族だから、会話や手紙のマナー、直接的な表現を避け、教養を示す技法としての知識はある。知識としては。


でもこれ、そういうやつじゃないだろう。詩的というか、自分に酔いしれているというか。

 若い貴族の婚約者への手紙には、結構こういうものが多い。全員がこうではないのが精神的な救いだが。


しかもこれ、内容的には全く問題ないのだ。

 ひとつ前の手紙の数倍の分量があるが、要約すれば中身がないから。


【要約】

『君と離れて毎日寂しい。君の笑顔を思い出すと頑張れる。今日も戦場(※戦争は起きていない)で戦えるのは君のおかげだ。徴兵が終わったら結婚しよう。君の婚約者より』


これだけのことだ。戦況に触れているわけでもないし、規制事項に抵触する箇所が一つもない。これを「問題なし」の緑の書類入れに入れるのはすごい抵抗があるが、仕事は仕事だ。


手紙を戻し、封筒と手紙の端に「鳥の目」の判を押す。

 これが検閲済みの証だ。初期は無骨な「検閲済み」という文字だったが、一部から苦情が出たらしく、今の目立たない意匠になった。


ペーパーナイフで中身を確認し、修正や閲覧済の判を押し、必要な時はメモを挟む。未検閲の手紙の山を片付けるまで、このルーチンを繰り返す。問題箇所の修正自体は別部門の仕事なので、俺の仕事はここまでだ。


最後の手紙――これまた内容が薄く、装飾だらけだった――を確認し終え、窓の外を見る。

 春に入り、日の入りが遅くなったオレンジ色の空。そろそろ終業の鐘が鳴りそうだと、隣の同僚の机を見た。そちらも最後の手紙に取り掛かっているところだった。


「そろそろ終わりそうだな」


同僚はちらりとこちらを見ると、修正の判を流れるように押していく。


「まあね。黒箱(要調査対象)はなかったよ」

「こっちもだ。今日は飲みに行くか?」


すると同僚は判をこちらに向け、ニヤリと笑った。


「悪いね。今日はメニーとの約束があるんだ」


メニーとは、この同僚・ルーカスの婚約者だ。彼も男爵家の息子だが、俺との違いは次男であり、しっかり婚約者がいることだ。


「そうかい。それはよかったね、ルーカス殿」


しかも仲も良好なのだから、僻むしかない。


「ふふん。フルールも彼女を作ったらどうだ? 一般検閲部とはいえ、エリート部署の情報局勤めだ。名札を見せびらかせば、すぐ寄ってくるだろうよ」

「そんなに遊び慣れてたら、とっくにできてるよ」


終業の鐘が鳴るまであとわずか。軽口を言い合いながら帰宅の準備を進める。


「今日も平和だな」

「先月、先々月の激務に比べたら大抵の日は平和だよ」

「そうだな。ああいうのはしばらく勘弁したいよ」


ついこの間、とある大事件が起き、そのせいで他の部署に人手を取られ、凄まじい忙しさだった。この部署だけでなく局全体がそうだったのだから、よほどのことかと思えば……あんな事件のせいだったとは。詳細を聞いたときは、疲れが倍になった気がした。


帝国貴族学校での大規模な婚約破棄騒動。第3皇子の若気の至りの後始末だ。これで情報管理局全体が動くということは皇族の暴走だけではないんだろうな。


終業の鐘が鳴り、いそいそと部屋を出る。

 部署を出る際の持ち物検査を受け、「問題なし」の判定で解放される。


ルーカスは別れを告げ、急いで馬車に乗り込んだ。あんなにデレデレな婚約者とのディナーなら、さぞ楽しいのだろう。あいつは自慢するタイプではないから、素直に応援してやろう。


さて、どうしようかと今夜の予定を組み立てていると、背中にどんと衝撃を受けた。


「痛っ」

 振り向くと、熊を思わせる巨漢がニッと笑って見下ろしていた。

「グラン。やめてくれよ、それ」

「俺流の友好的な挨拶だ」


見た目通りの豪快な笑いをする彼に、自分も思わずつられる。


「久しぶりだな。残業なしとは、やっと落ち着いたか」

「ああ、おかげさまでな。厄介なのは残ってるが、言い換えれば残りはその数件だけだ」


グランは同じ情報局でも「紋章閲覧部」に所属している。貴族当主が関わる書類を担当する部署であり、あの騒動で局内最も割を食った部署だ。


同じ三男でもグランは伯爵家。俺やルーカスと同期だが、出世速度に差があるのは察しがつくだろう。だが彼自身が優秀であり、家柄の差を気にしない豪胆な人物であるからこそ、今でも付き合いが続いているのだ。


「ルーカスは?」

「メニー嬢とディナーだって浮かれて行ったよ」


妬ましさを含む俺の言葉に、グランは笑う。


「相変わらずの仲の良さだな。見習ってほしいものだ」

「そっちも彼女とはいいお付き合いをしているんだろ?」


そう言うと、グランは当然とばかりに頷く。


「ここ最近はしっかりと顔合わせできてないからな。落ち着いたら出かけようと手紙で話したよ」


こちらから振った手前申し訳ないが、ため息をつきたくなる。土台が違うとはいえ、同期でこうも差が生まれるとはな。


「さて、職場前で長話はせず、飲みに行くか」


またもや背中を強く叩かれ、少しよろめきながら歩き始める。


「そうだな。明日も頑張るために騒ぐか」


個人的な妬みは横に置いて、酒を楽しむ方向に思考を切り替え、俺たちは繁華街へと向かった。



一夜明け。二日酔いなどというヘマはせずに、いつも通りに出勤する。

 身分証の提示と荷物検査を受けて職場に入り、自分の机に向かうと、一通の書類が置かれていた。


少しどきりとしたが、書面で追及されるような失態を犯した覚えはない。何かの事務報告かと、俺は書面の内容を確認する。


『帝国情報局 一般検閲部 フルール・バロン

 本日始業直後、帝国情報局 一般検閲部長・紋章検閲部長 ハガート・エトワーブルの元へ出頭せよ』


何かやったのか。身に覚えがないが、こういうのはすごく嫌だ。せめて用件を書いてくれと思うが、組織とはこういうものだ。ため息をつきつつ、ただ始業の時を待つしかないのが平職員の悲しいところである。


始業を告げる鐘の音が、今日は処刑台へ向かう合図のように聞こえた。


「……行ってくる」


隣の席で、ニヤニヤとした顔で見送るルーカスに背を向け、俺は部長室の重厚な扉の前に立った。


コンコン、と控えめに叩く。


「一般検閲部、フルール・バロンです。お呼びにより参りました」

「入れ」


短く、重みのある声。ハガート部長。

 伯爵家の当主であり、一般検閲部のほかに紋章検閲部の長も兼任する、この情報局の重鎮だ。


入室すると、部長は山のような書類――昨日グランが言っていた「厄介な数件」だろうか――から顔を上げ、鋭い眼光を俺に向けた。


「フルール・バロン検閲官。先の一時異動ぶりだな。貴殿の真面目で私情を挟まない仕事ぶりには助かっている」

「は、恐縮です」


褒められているようなので、お叱りを受けるわけではないのかと少しホッとする。


「そんな貴殿に、極めて個人的、かつ国家の体裁に関わる『特命』を与えたいのだが」


部長は、一枚の肖像画を机に置いた。そこには、凛とした、静かな瞳をした令嬢の姿があった。


「私の三女だ。先の騒動で、泥を塗られた被害者の一人だ」

「……はあ(それが俺に何の関係が?)」

「貴殿は独り身で、婚約者や恋人はいない。……相違ないかね?」

「……左様でございます。お察しの通り、私には女性との縁はございません」


なぜそんなことを聞かれ、答えているのか。

 話が繋がらない。いや、理屈は合うのだが、俺の頭の中でピースが綺麗にはまらない。


「よろしい。エドワード、貴殿に私の三女、リリアーナの新たな婚約者になってもらう」


「…………は?」

第1章(前略)をお読みいただき、ありがとうございました!


いきなり上司から「娘の婚約者になれ」という、現代ならパワハラ(?)スレスレの特命を下されたフルールですが、彼の受難はここから始まります。


次章は、フルールが同僚たちを巻き込んで「人生で一番無機質な恋文」をひねり出すお話です。


もし「続きが気になる!」「検閲官の仕事が面白そう」と思っていただけましたら、下にある**【☆☆☆☆☆】の評価やブックマーク**で応援いただけると、執筆の大きな励みになります!


よろしくお願いいたします。

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