4 がまんがまん……
◇◇◇
侍従の案内のもと、ピアラの部屋に入ってきたカイは、ソファーから立ち上がって出迎えたピアラの姿にすっと目を細める。
「よく来てくれた。船は揺れなかったか?」
「はい。さすがトルティアの船ですわね。操舵手たちの腕も確かでしたわ」
「そうか……」
無表情のままじっとピアラを見つめるカイ。トルティア王国の正装を身に着けているが、風呂に入ったばかりなのか、わずかに髪が濡れており、綺麗に整えられた髪や身体から、爽やかな香油の香りがした。
(なぜ今風呂に?も、もしかして、今夜早速閨のお誘いがあるとか……いえ、一年間の白い結婚というのは、ルミエル王国側からお伝えしているはず)
表面上にっこりとほほ笑みを浮かべるピアラだったが、内心少なからず焦りを感じていた。
そんな約束はどうでもいいと、無理矢理奪われたら?正直この結婚は、ルミエル側に益のある話であって、トルティア側からすれば旨味のない話だ。
国民相手に、長年争っていた両国が和解したと、パフォーマンスになる程度か。
でなければ、カイ陛下が一刻も早い世継ぎを、と望んでいても不思議ではない。
がっしりとした逞しい腕に、鍛え上げられた厚い胸板。美しさこそ最上の価値と考えるルミエル王国の男性たちとは、まるで違う。その気になれば、ピアラなど一捻りで押さえつけられてしまうだろう。
しかし、ピアラと目が合った瞬間、カイはすっと目を逸らす。
「……疲れただろう。今日はゆっくり休んでくれ」
それだけ言うと、くるりと踵を返して部屋から出ていってしまう。
扉が閉まると、ピアラはふぅっと溜息を吐いた。緊張していたせいか、一気に力が抜けてしまう。
「トルティア国王は、ずいぶんお体が大きいですね。平均的なルミエル王国の男性より、頭一つ分くらい大きいかも?ちょっとびっくりしました。でも男らしい端正な顔立ちをしてらっしゃるし、ワイルドで素敵ですね!姫様とお似合いですわ。姫様は、カイ陛下のことどう思います?」
初めて見るカイの姿に、興奮するソフィア。そう言えば、ソフィアはカイの姿を見たことが無いのだった。とは言え、ピアラだって舞踏会の日にたった一度会っただけなのだが。
「そうね。どっしりと落ち着きがあって、口ばっかり達者なチャラチャラした男性よりもずっといいわ」
美辞麗句を並べ立てて、中身の薄い会話しか出来ない頭の弱い男より、その剛腕で国を栄えさせているカイのほうがよほどいい。
この結婚を受け入れるとき、ピアラは素直にそう思った。それに、初めて会ったのに、なぜか昔から知っているような懐かしい感じがした。それはまるで……
「何となく、亀に似てる気がするし」
ピアラがポツリと呟いた言葉に、ソフィアが思わず吹き出す。
「ぶはっ!ちょ、ちょっと、姫様!いくらなんでも亀は無いでしょう!絶対にカイ陛下の前でそんなこと言っちゃだめてすよ!」
「どうして?」
「どうしてもこうしてもありません!亀に似てるといわれて喜ぶ殿方はいません!」
きっぱりと言い切るソフィア。
「亀、好きなのに。可愛いわよ?ねぇばあや」
「ええ。亀の良さが分からないなんて、ソフィアは見る目がないわね」
「いや、絶対にまともなのは私ですからね?」
ワイワイと盛り上がる三人を、部屋の隅でソフィア付きに選ばれたメイドたちが、笑いを堪えて見つめていた。
◇◇◇
(可愛かったな……ようやく、約束を果たせた)
いつになく嬉しそうな主の姿に、幼い頃から仕えている侍従たちはほっこりしていた。
カイ陛下は、表情筋が固まっているせいで一見無表情に見えるのだが、長年仕えている者たちには、その感情が手に取るように分かるようになった。
「陛下、初恋の君を無事お迎えできて、本当に良かったですね」
「……ああ。成人するまで他の男と婚約してしまうのではと、気が気ではなかった。あとは、彼女がこの国を気に入ってくれるといいんだが」
「一年の期限付きの結婚ですものね。一年間交際期間を設けるとは、よほど大切にされているのでしょう。でも、大丈夫ですよ。美味しいものも沢山準備して、我々一同、しっかりおもてなししますからね。約束の一年後に、やっぱりルミエル王国に帰りたいって言われないように、頑張りましょうね!」
「一年か。長いな……」
「我慢ですよ!欲望に負けて、絶対に手を出さないで下さいね!」
「がまん、がまん……顔を見ただけで抱き締めたくなるんだが」
「我慢です!」
侍従の言葉に、カイは深い溜息をついた。




