2 敵国からの縁談
◇◇◇
姉姫たちは一曲しかピアラが誘われなかったことに、やっぱりね。可愛げがないもの。と馬鹿にしてクスクス笑った。
しかし、当のピアラは首を傾げていた。
隣国の王に会ったことはないはず。けれど、なぜか懐かしい匂いがするのだ。一緒に踊っただけなのに、二人きりで深い海のなかにいるような気分になる。
(変な人……ま、もう会うことはないかしら)
ところが翌朝、トルティア王国からの突然の結婚の申し込みに、ルミエル王国に衝撃が走る。
トルティア国王カイ・トルティアが、長年争っていた境界の海の利権を譲るかわりに、真珠姫との婚姻を打診してきたのだ。
ルミエル国王は、政略結婚として申し分の無い話だが、よりにもよって、その相手が訳ありの真珠姫であることに頭を抱えた。
トルティア国王はピアラの見た目を気に入って婚姻を申し込んだのだろう。けれど、実は見えない所に醜い鱗があると分かれば、怒って差し出した利権を返せと言ってくるかもしれない。美しさに価値を見出す者の中には、ほんの些細な傷でも許せなという美意識を持つ者も多い。
そこで、ルミエル王国側は、1年間の白い結婚を条件にピアラとの婚姻を認めることにした。1年経てば、情が湧くか、忌み嫌うようになるか分かるだろう。
「ピアラ、1年やろう。その間にトルティア国王の心を掴め。さもなくば、お前は役立たずの烙印を押される。離縁されても、おめおめと国に戻れると思うなよ」
ピアラは父王の非情な言葉にくすりと笑う。
「随分欲張りですね。厄介者がいなくなるだけでも、十分なのでは?貰ってくれると言うのですもの。精々頑張りますわ」
国王の執務室を後にしたピアラは、するりと自分の足を撫でる。ドレスの上からもはっきり分かる、硬い鱗の感触。キラキラと真珠のように淡く光る、魚のような鱗だ。なぜこんな物が自分の足に付いているのかは分からない。
幼い頃は、本当に嫌で仕方がなかった。自分で何度も剥がそうとして、そのたびに痛い目に会ってきた。
◇◇◇
「ねえ、ばあや。どうしてピアラの脚には鱗があるの?姉さまたちが、魚みたいって虐めるの」
「まぁ、姫様。また無理矢理剥がそうとしたのですか。痛いでしょう……跡になっているでは無いですか」
「こんな鱗いらない!ピアラは魚なんかじゃないっ!」
泣き出したピアラを、ばあやは優しく慰める。
「姫様の鱗はとても綺麗ですよ。ばあやは姫様の鱗が大好きです。ほら、キラキラ光って、まるで宝石みたいでしょう?」
「ちっとも綺麗じゃない!魚みたいだもん!」
「姫様、姫様はきっと、人魚姫に違いありません」
「……人魚姫?」
「この国は、遠い遠い昔、美しい人魚たちの住む国で、人魚の中でも特に美しい人魚姫は、海の神様に愛されて花嫁になったそうです。人魚姫と海神様は、深い深い海にある、海の宮殿で幸せに暮らしていたって言い伝えがあるんですよ」
それから毎日、ピアラは浜辺を歩くようになった。いつか海神が、自分を見つけてくれるかもしれない。
ピアラは深い深い海にあるという、海の宮殿を見てみたかった。でも、海の神様ってなんだろう?大きな魚?それともイルカ?
そんなある日、ピアラは浜辺に打ち上げられて弱っている大きな海亀を見付けた。初めて見る巨大な亀におっかなびっくり近づくピアラ。
けれども、亀はじっとしたまま、動こうとしなかった。
(このままだと亀さんが死んじゃう……)
その日からピアラは、毎日亀の世話をしに浜辺に通った。甲羅を拭いたり、餌をあげたり。よく分からないながらも、甲斐甲斐しく亀の世話をするピアラ。
亀は優しい大きな目でピアラをじっと見つめながら、大人しくされるがままになっている。
「あなたもしかして、海の神様?だったら私、あなたのお嫁さんになるかも」
「いつか、海の宮殿に連れて行ってね」
亀に向かって可愛らしく微笑むピアラ。亀はピアラにとって、大切な友達になった。
けれども、別れは突然訪れた。
「何よ!この亀は!気持ち悪いわ!あっちへ行きなさい!」
浜辺を散歩していた姉姫たちに見つかって、棒で追い払われる亀。
「やめて!私のお友達なの!酷いことしないで!」
「嫌だ。気持ち悪い子が来たわ」
「亀が友達だなんて、頭も悪いのね」
「馬鹿!姉さまたちなんか大嫌い!あっちに行け!」
大切な友達を守ろうと、泣きながら姉たちに向かっていくピアラ。
その間に、のそのそと海に向かって動き出す亀。
そして、その日以来、亀は姿を消してしまった。




