10 すれ違う二人の距離
◇◇◇
その日からピアラは部屋に閉じこもるようになった。朝の挨拶は気分が悪いからと断り、夕食の誘いにも応じないピアラを見て、ばあやがそっと声をかける。
「姫様らしくありませんわね」
「……分かってるわ。逃げてることぐらい」
「カイ陛下はきっと、姫様の全てを受け入れてくれるはずです」
「……どうしてそんなこと分かるの?」
「愛とはそういうものだからです」
「でも、美しいから愛されたのだとしたら?完璧だと思っていたものが、実はとんでもない欠陥品だと分かったら、同じように大切にすると思う?」
「姫様は、欠陥品なんかじゃありませんよ。そのままで、完璧です」
「そんなの、他の誰も思わないわ……」
ポロポロと涙を流すピアラを、ばあやはそっと抱き締める。
「きっと大丈夫です。カイ陛下を、信じてみませんか?」
◇◇◇
一方執務室では、カイが打ち上げられた魚のように項垂れていた。
「どうしよう……ピアラに嫌われてしまった」
自分なりに精一杯想いを伝えたつもりだった。けれど、もしかしたら気持ち悪かったのだろうか。よく知りもしない男に、昔から知っていたと言われて引かれたのかもしれない。
「……死にたい……」
ピアラがトルティア国に来てからというもの、毎日ウキウキしているカイを微笑ましく見守っていた側近たちは、すっかり落ち込んでしまったカイを見て途方に暮れてしまう。
カイは非常に有能な王であり、カイの手腕によってトルティア王国は大きく発展を遂げている。しかも今回は、花嫁を迎えたことで張り切って事業を拡大した矢先の出来事だ。正直、とっとと解決して仕事に集中して貰わないと、この国が成り立たない。
「陛下。気分転換に海に潜ってみてはいかがですか?いいアイデアが浮かぶかもしれませんよ」
毎日執務室でうだうだしているよりも、体を動かしたほうが気分転換にもなるだろう。
そう考えた侍従は、カイを部屋から追い出した。
「はぁ……海で頭を冷やすか」
カイは大きく溜息を付くと、そのまま海へと向かった。
◇◇◇
一方ピアラは、浜辺でぼんやり海を眺めていた。いつの間にか、この浜辺で過ごす時間が、ピアラにとって一番落ち着く時間になっていた。
(久し振りに来たけど、今日はあの子、来ていないのね)
そのとき、王宮からやって来たカイを見かけて、思わず大きな岩の陰に隠れる。
(う、最近ずっと無視してたから、急に二人っきりで会うのは気まずいわ……)
ピアラが岩陰から見ているとは知らずに、上着を脱ぎ捨てると海に飛び込むカイ。
しばらく泳いだ所で、そのままトプンと海に潜ってしまう。
(今のうちに戻ろうかしら。でも、顔を出したときに、こっそり帰ってる姿を見られたらますます気まずいかも……)
ピアラが王宮に戻るか声を掛けるべきか決めかねてる間も、カイは海に沈んだまま。
(……ずいぶん長い間潜ってらっしゃるけど、水の中って、そんなに潜っていられるものなのかしら)
さらにしばらく経っても、一向に上がってこないカイ。
(絶対におかしいわ!こんなに息が続くはずないもの!もしかして、溺れた?それとも……)
嫌な予感が胸をよぎる。
「陛下!!!」
ピアラは海に向かって叫んだ。
けれども海は静かに凪いだまま。
「陛下!!!返事をして!!!」
しんと静まり返る中、ピアラは意を決して海に向かう。
ドレスをまくり、足元まで水に浸かるピアラ。海の水は思ったよりも冷たく、体温を奪う。
(あまり深くまで行かなければ、大丈夫……)
そのままザブザブと海に入っていく。
「カイ陛下!どこですか!?」
ピアラがどんなに、声を限りに叫んでも、広い海の中には届くはずもなく。
慣れない海の中で、気がつけば太腿近くまで水に浸かり、ドレスが濡れる。一瞬の高波に脚を取られるピアラ。
あっと思った次の瞬間。
ピアラは波に飲まれていた。




