利権の歪み
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ライオンの赤ちゃんの取材を終えて、週刊weekly JAPAN編集部に戻ると、編集長にのデスクに手招きで呼ばれた。
こういうときは、必ず悪い頼まれごとのときだ。
「ちょっと、ちょっと、宮下君」
「なんですか、編集長。わたし、いま取材してきたことを記事にまとめなきゃいけないんですけど」
「まぁ、まぁ、まずは僕の話を聞いてよ」
「なんですか?」
「実は与党の岩佐猛議員から、名指しで君に指名があってね」
「編集長。わかってるとは思いますが、わたしはホステスではありませんよ。そこをお間違えなく」
「そんなのはわかってるよー。これも与党議員と我が、週刊weekly JAPANとの太いパイプ作りだと思ってさー。ねぇ、頼むよ」
編集長のこの弱腰にまた呆れながらも、宮下はその内容を聞いた。
「それで、どんな仕事の内容なんですか?」
「その岩佐議員が地元の港湾工事の視察に行くというんだ。そこを宮下君に取材してほしいと。もちろん、うちの独占取材で」
これが完全に怪しい。
岩佐猛衆議院議員は前政権と、前々政権で二度大臣を務めた与党の有力者だが、その政策や発言から某国からのハニートラップ疑惑がある人だ。
そんな人にご指名を受けるということは……考えたくもない。
「もちろん、ボディーガードとして小林君も同行するわけだし、どうだね、宮下君」
そうは言われても不安がいっぱいだ。正直、小林君が頼りにならないことは目に見えている。
「ひょっとしたら、狙撃の現場に立ち会えるかもよ」
「!? そんな噂があるんですか、編集長!?」
「いや。あり得ない話でもないでしょ。与党とはいえ岩佐議員も、あまり評判のいい国会議員じゃないしね」
この世渡り上手な編集長は、惚けているようで、極たまに鋭いことを言う。だから編集長にまでなれたのだ。
「わかりました、編集長。それでいつですか?」
♢
1週間後。九州地方某県。
南海トラフ巨大地震対策の港湾工事の視察に訪れた岩佐猛国会議員に、宮下結子とカメラマンの小林保は同行していた。
当初は独占取材と聞いていたが、完全な独占取材というわけでもない。地元の新聞2社も取材に訪れている。
これも多分だが、岩佐が地元の有権者へのアピールの為に呼んだのだろう。
この港湾工事担当の県職員と、この工事に関わる各建設会社の担当者以外に、別の建設会社の者が数人いることから、今後の公共事業の仕事をを取るために岩佐議員の太鼓持ちに来ているだと思われる。
これも一つの利権構造というわけだ。
ここで地元新聞社の記者が、ある質問をした。
「岩佐議員、前政権内閣に点数をつけるとしたら何点ですか?」
岩佐はニヤリと笑った。
「点数ですか。わたしたちも道半ばで新政権にはバトンを渡すことになりましたが、それでも精一杯やらせてもらいました。点数をつけるとしたら80点でしょうか」
これを聞いて、宮下は呆れた。岩佐と言えば、前政権時に独断で某国人のビザ内容を緩和して、即座にSNSで猛批判を浴びた閣僚だ。
どの口が、そんな高い点数をつけられると宮下は思った。
それでも周りにいる取り巻きたちは、岩佐の自己採点に感心している。
これが利権の薄い野党議員であれば。こんなに持ち上げられることもないのだろうか、岩佐は前政権で内閣にいた閣僚である。
この利権構造の問題は、度々問題になっていた。
「岩佐議員、もう一つわたしからも質問があるのですが、よろしいでしょうか?」
「どうぞ、宮下君」
「前政権で、あれだけ批判を浴びたあなたが、80点という高い点数をつけられた、その根拠はなんでしょうか?」
岩佐にしろ編集長にしろ、どんな思惑があるのかは知らないが、提灯記事を書くつもりはない。
宮下の歯に衣着せぬ質問に、周りはシーンと静まり返った。
よく見ると、岩佐の左目の下がビクビクと痙攣している。やはり怒ったようだ。
宮下の後ろでは、カメラマンの小林がシャッターを切り続けている。
「それはですねー。新政権に良い橋渡しが出来たのではないかと思っています」
少しだけ間をおいて岩佐が答える。
「それをできるだけ具体的に教えていただけますか?」
そう答えようのない質問を宮下にされて、岩佐の顔は赤くなっていく。もうどこも笑ってはいない。
周りにいた取り巻きたちもすべて理解していて、どのようにフォローを入れればいいのか迷っている。
「まぁ、いいじゃないですか。我々地元民に取っては、80点ですよ岩佐大臣」
そう一人が持ち上げた。
もちろん、岩佐はもう大臣ではないし、現内閣では完全に外されてしまっている存在だ。
それでも岩佐は、そう言われたことがよっぽど嬉しかったのだろう。岩佐の顔に笑顔が戻った。
「そうそう。それでいいじゃないですか」
もう一人も、それに同調した。
「そうですね」
ここで宮下も、これ以上は不毛となるとわかっている追及をやめた。
♢
だが、やはり岩佐は怒っていたようだ。帰りの岩佐の車に同乗させられるのかと思いきや、別々の車に乗ることとなった。
岩佐はレンタカーの黒の高級ミニバンの後部座席に乗り、カモフラージュ用に用意した、同じくレンタカーの白の高級ミニバンには、宮下と小林が乗った。
どちらの運転手も地元の警察官である。セダンの覆面パトカーも2台同行する。
岩佐を乗せた車は、駅近くの広場の交差点で信号待ちの為に停まった。前には覆面パトカーが1台。次に岩佐が乗った車。次に宮下と小林が乗った車。その後ろが覆面パトカーである。
各車両の間隔は、各々7mほど離れている。
宮下は、本当に何かあるかもしれないと、助手席に座っていた。
すると、岩佐が乗った車の右のドアミラーが突然銃弾で撃ち抜かれ、そのまま続けて左のドアミラーが撃ち抜かれて壊された。
後ろの車に乗っていた宮下も、そのドアミラーが破壊される音を聞いた。
岩佐を乗せた警察官はパニックになり、慌ててシフトレバーをリバースに入れて、猛スピードでバックさせる。
岩佐を乗せた車はと宮下を乗せた車は、激しく衝突して動かせなくなった。
警官たち6人は、慌てて車の外に飛び出して拳銃を構えて前方を見渡すが、狙撃してきた犯人の姿らしき影は見えない。
銃声も聞こえなかった。それは、宮下も小林も同じであった。
宮下も少しムチ打ちになった首を押さえながら車を降りる。
辺りを見回すが、ただ野次馬が集まるばかりで、犯人たちの影は見えない。
また長距離から狙撃されたのであろう。ただ一つわかったことといえば、狙撃されたのが左右のドアミラーだということから、岩佐の命を狙ったものではなかったということだ。
これだけはわかった。




