最初の弾丸
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
ある日、東北の県境の山中で鹿狩りをしていた猟友会の4人が、猟銃で撃たれた、すでに随分と前にも腐敗が始まったであろう熊の遺骸を三体見つけた。
ここは一番近い民家まで15㎞以上もある山の中だ。誰がこんな何もしないまま放置したのかはわからない。
本来は、山中で猟銃で仕留められた鹿などの獲物は、その場で止め刺し後に血抜きをして内臓の一部を摘出し、出来るならばそのまま解体して速やかに自宅などに運ばなければない。
現場で摘出した内臓などのも放置せず、その場で穴を掘り埋めて処理するか、回収袋に入れて持ち帰って処理しなければならないのだ。
そのようにきちんと処理をしなければ、見つかればあとで法律で罰せられるのである。
四人は、近くに獲物を運んだソリの痕もないことから、また都会から来た鹿や猪を撃ちたいだけのハンターが、たまたま熊だけを撃ったのだろうと思った。
それにしても、もし都会から来たハンターがよく知りもしないであろう山の中に、帰る時のための目印も付けずに、こんな山の中まで入ってきたものだ。
そして並ぶように生えた木には、熊に向かって猟銃で撃ったときの弾丸の痕が直線状に付いている。
4人はこの現場を見たことで、あとから誤解されて自分たちが罰せられたら困るので、口裏を合わせてなにも見ないことにした。
本当の事件は、ここから約2ヵ月後に起きる。
ある日の湿った曇り空のいまにも雨が降りそうな午後2時過ぎ。
都内を元地方自治体トップの野党第一党の議員、米村修一衆議院議員を乗せた黒塗りの公用車が、交差点の一番前に停車中に何者かに狙撃された。
幸いにも、弾丸は後部座席左にすわっていた米村議員を外れて右後ろのタイヤに当たったが、弾丸が当たる前の瞬間、後方からなにか空気を切り裂くような音がしたかと思うと、右リヤタイヤやのホイールとブレーキディスクを弾丸が破壊し、その強い衝撃とともに車体が左斜め前方に数センチ揺れた。
「ヒッ!?」
運転手は声を上げた!
「な!? なんなのよ!? なんだっていうのよ!?」
六十代手前の米村修一も突然のことに驚いて、オカマのような声を上げる!
次には、それを見た後方車両に乗っていたドライバーたちが飛び出し、それがその更に後ろの車にもドミノ倒しのように連鎖する。
横断歩道を渡っていた人たちも黒塗りの公用車の前で足を止めて車を囲った。
次の瞬間、急に湿っていた空が真っ暗になったかと思うと、突然激しい雨が振り出す。
横断歩道を歩いていた人たちは急いで走り、車を降りていた人たちも慌てて車の中に戻った。
最初のパトカーがその現場に到着したのは、その15分後のことである。
♢
同・狙撃事件当日
男は見晴らしのいいビルの屋上にいた。
ここ数日の間、毎日屋上に上る建物を変えて、高さ約60m~80mの20階建てほどのビルの屋上にいた。
まず上るビルの条件は、外に非常階段があること。その非常階段に防犯カメラが付いていないことの2点だ。この条件の建物は、往々にして古いものが多い。
その階段を、偽装したケースに入れた長さ約1500mm、重さ訳12kgのもの右肩に掛けてを持ち、もう片手には約7kgの工具箱を持って、どこかの作業員のような格好で上がる。
屋上まで上がると、準備を始める。屋上に上がっている時間は、常に1時間~1時間半ほどで長い時間ではない。
ケースからマクミランTAC‐50を取り出し、銃身を支えるバイポッドを開いて置く。そして長さ30cmほどのサプレッサーを手慣れた手つきで取り付ける。
最後に5発箱型弾倉に、.50BMG(12.7×99mm)の弾丸を1発入れてライフルに装填する。
この狙撃銃は、世界中の軍隊でも採用されている信頼の厚い対物狙撃ライフルだ。
最長の狙撃記録は、2017年にカナダ軍の狙撃兵が、3450mの距離からの狙撃を記録している。
狙う標的が何なのかは、もう決まっている。あとは情報通り、その人物を乗せた黒塗りの公用車が来るかどうかだ。
標的までの距離は、約2000m~2200m。ここまで距離があると、着弾地点までの角度も1.7度~2.3度とほぼ水平だ。
その上で更に適切な狙撃姿勢を取るために、構えたときの左肘の下に反発素材の台を置く。
照準器は、NXS 8‐32×56光学照準器を選んだ。
左耳に複数同時通話可能のインカムを付けて、目標が来たという連絡を待つ。
風は比較的に穏やかだが、雨が降る前なので狙い通り湿度が高い。
湿度が高いと、音の速度が速くなり音は伝わりやすくなるが、逆に高音は吸収されてこもった音になる。
この絶好のタイミングを最初から狙っていた。
「ターゲットが来たぞ。運良く先頭だ。前を走っている邪魔な車はいない」
「こちらも歩いている人の数も少なく、横断歩道前の人も少ない」
「こちらも同じような状況だ」
立て続けに3人から連絡が入る。
最初の着弾予定ポイントの信号を越えて、次の十字路の信号で黒塗りの公用車は停まった。
その公用車が信号待ちで、完全停車してから10秒後。
驚くほど軽い引き金を引くと、「プシューン!」というサプレッサーで消音された銃声と共に弾丸は737mmの銃身から発射される。
そこから約7秒後。弾丸は黒塗りの公用車の右リヤタイヤのホイールとブレーキディスクを貫いて破壊した。
「目標命中」
そう連絡がきた。
「了解。撤収を始める」
「了解」
「了解。では、またあとで」
その約20秒後。天気予報通り、雨が降りだす。
撃ったあとの薬莢を回収して、慌てず急いで撤収作業を行い屋上を降りる。
降り出した温かい雨が、男たちの影を覆い隠していた。




