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1・加川悠人の生活①

父さんの畑仕事のせいで、朝5時に起こされる生活――。

小さな島では、何もやることがなく退屈な毎日が続いている。


「ハルトー。もう5時よー」


 部屋の外から、母さんの声が聞こえる。

 知っている。時計の針が5時を回ったところだということは、この目で見て、ちゃんと分かっている。

 しかし、なぜそれが『午前5時』なのだ。意味が分からない。


「お父さん、もう畑に出てるわよ。たまにはアナタも手伝ってみたら?」

 

 断固、拒否する。朝の5時に起きて家庭菜園を手伝う中学二年生がどこにいる。


 ――探せばいるんじゃないか


 昨夜に送られてきた、東京の親友だった有島からのチャットだ。それが共にゲームを戦い抜いた戦友への言葉なのかと、僕は怒りの即レスを返す。


 ――地下60層ダンジョン攻略前だぞ?

 ――明日は土曜だ 朝まで激闘だ!


 しかし、有島の返信は、冷たく厳しい現実を突きつけてくるものだった。


 ――『ああ あれか』 

 ――『運営がもう一週間で終了告知していた』


 東京での土曜日の朝といえば、ひと晩中で攻略したゲームをみんなで祝って寝落ちするのが当然だった。総合ダメージポイントでは、僕も上位に並んだ。その達成感を祝福するための時間――。睡眠――。堕落――。

 なのに、その僕が、どうしてお日様も上がらない朝の5時に起き出さなければならないのだろう。ていうか、食卓にミニトマト多過ぎだろ。とにかく母さんは、あちこちから苗を集めてくる。夏には大きなスイカが成ると、声も高く宣言している。


 結局、起こされたものは仕方ない。庭いじりはイヤだけれど、気晴らしで朝の散歩に出かけてみた。午前7時30分。いつもこの時間に登校すれば遅刻などしないものを。とりあえずテレビで今日の占いを見なければ気がすまない性格のせいだ。てんびん座が1位でも、遅刻は免れられないシステムになっている。


 築三十年のひなびた家から古い石段を下り始めると、いきなり黒猫が二匹、目の前をダッシュしていった。すでに朝から縁起が悪い。

 それから1分、左右に並ぶ塀の上から、何匹もの猫に監視されているのに気づいた。白、黒、ブチ、ミケ、一定間隔で並んでいる。もしかしてネコ型防犯カメラかもしれないと思うほどに並んでいる。ようやく人とすれ違ったかと思えば宅急便だった。クロネコだった。猫だらけか、この島は。


 10分後に到着した港では、全長112メートルの中型フェリーからトラックが何台か降りてくるのを見かけただけで、楽しいものは何もなかった。スーパーも開いてない。そして、漁船の帰りを待っている猫の群れ――。



 家に帰って、100連ガチャでLRランクの最上級アイテムをヤケクソ大放出している終了間際のゲームでもやった方がマシだと、港に背中を向けた時だった。


「アンタやろ。東京から来た坊っちゃんは――」


 さすがに猫じゃなかった。背の低い、かなり歳を取ったお婆さんが僕をジッと見つめていた。ずっと見ていたのだろうか。だったら少し怖い。


「は、はい。加川悠人と言います。津島つじま中学の二年生です」

「ああ、そうね。なら早う卒業して、東京の高校に帰ればヨカ。ここは、なあんもないとやけん。昔は漁師もいっぱい、おった。朝に何隻も船が帰ってくれば、大声でこっちに叫んで。『今日も大漁やった!』って言うてねえ。年寄りもおったし、若いモンもおったし、買い付けの船がくれば、あとは人だらけじゃった」


 雰囲気はまるで、お年寄りが戦争の話をする時みたいだ。僕の気分は、また沈む。それでも、一方的に話を振られるのはつらい。


「息子さんとか――やっぱり漁師の人だったんですか?」

「ウチゃあ息子がおらんかったから。娘3人嫁に出せば、あとは爺さんとふたりだけ。夜中に出かける漁師たちにメシを炊いて、帰って来るアンちゃんたちにご飯を食わせてなあ」


 メシを炊いて――。


「もしかして、料理屋さんだったんですか?」


 港の近くには、木造で古い造りの飲食店を少し見かける。

 けれど、お婆さんはどうでもよさそうに鼻で笑って、


「もう五年も前に閉めた。爺さんは死んだ。私の足も腰も立たん。けど、牧の坂の森下っちゅうたら、年寄りは誰でも知っとる。でも今は、だあれもおらん。漁師もおらん。みーんな、出ていくだけ」


 切なく言い残すと、どこかへ向かってヨボヨボと歩き始めた。


序盤はゆったりと。島の雰囲気でも味わってください。

ヒロインの活躍は、もう少しあとになります。

飽きずに読んでくださったら嬉しいです。

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