第五話:原初の回帰、そして終焉の円環(えんかん)
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聖蜜の結晶体から放たれる光は、全てを融解させ、女王蜂、触手植物、そして鮭の区別を曖昧にしていった。女王蜂の漆黒の粘液と、触手植物の緑色の粘液、そして鮭の血が混じり合い、おぞましい色合いの液体となって、泉の底を満たしていく。それは、混沌の原液。生命の始まりであり、生命の終わりであるかのような、不気味な輝きを放っていた。
彼らの個としての意識は、融解していく。女王の威厳は、植物の執着は、鮭の使命感は、全てが混じり合い、一つの原初の意識へと回帰していく。もはや、そこには、女王蜂も触手植物も鮭も存在しない。あるのは、聖蜜の力によって活性化された、生命の根源的なエネルギーの塊であった。
彼らの身体は、まるで泥のように溶け出し、互いに絡み合い、融合していく。羽が、触手が、鱗が、イクラが、おぞましいほどに混じり合った、巨大な、不定形の塊が、泉の底で蠢く。それは、この地の全ての生命を内包する、原初の生命体であるかのように見えた。
「全ては、一つ……そして、一つは、全て……」
幻聴が聞こえる。それは、三者の意識が融合した、新たな存在の声か。あるいは、この地の太古の記憶が、今、再び蘇ろうとしているのか。その声は、深遠で、全ての真理を内包しているかのように響き渡る。
この融合は、終焉なのか、それとも新たな始まりなのか。
泉の底から、ゆっくりと、しかし確実に、光が放たれる。その光は、これまでのような狂気に満ちたものではなく、どこか清らかで、しかし同時に、底知れぬ深淵を覗き込むような、静かな光であった。光は、不定形の塊を包み込み、ゆっくりと、しかし確実に、その形を変えていく。
塊は、やがて、小さな、しかし完璧な球体へと変化していった。その球体は、虹色の光を放ち、まるでこの地の全ての生命の色を宿しているかのようであった。それは、聖蜜の真の姿なのか。生命の源であり、生命の終着点。全ての生命を吸収し、新たな生命を創造する、循環の象徴。
私は、この光景を目の当たりにし、全ての謎が解けたかのような錯覚に陥った。この三つ巴の戦いは、聖地を巡る争いであると同時に、この地の生命が、原初の姿へと回帰し、新たな循環へと向かうための、儀式であったのかもしれない。
私の意識もまた、その光に吸い込まれていく。私は、この光景の観測者であったはずなのに、いつの間にか、その一部となっていた。私は、一体何者だったのか。そして、この物語は、誰のために語られていたのか。
全ての疑問は、光の中に溶け込んでいく。
空間は、静寂に包まれる。もはや、羽音も、粘液の音も、水音も聞こえない。聞こえるのは、ただ、私の内なる鼓動だけ。
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