第二話:粘液の誘惑と水の記憶
…………ブウウ――――――ンンン――――――ンンンン………………。
粘液の感触が、全身を這い回る。それは、甘美な痺れと、背筋を凍らせるような冷たさの混淆であった。
触手植物。
その無数の触手が、まるで生き物のように蠢き、蜜蜂の巣の壁を這い上がってくる。緑色の粘液は、触れたもの全てを溶解させるかのように、壁を侵蝕していく。
「我らは、大地の子。この地の全ては、我らの糧となるべき定め。」
幻聴か、あるいは、植物たちの根源的な声か。
粘液の中から、囁きが聞こえる。それは、静かで、しかし確固たる意志を秘めた声であった。
彼女たちは、地底深くから聖蜜の源泉へとその根を伸ばし、その存在そのものを支配しようとしているのだ。
触手の先端からは、毒々しいほどに鮮やかな光が放たれ、蜜蜂たちの目を眩ませる。
女王蜂の護衛である兵隊蜂たちは、必死に抵抗する。鋭い針を突き刺し、毒液を吐き出す。しかし、触手植物の生命力は凄まじい。
一本を切り落とせば、すぐに二本、三本と生え出し、兵隊蜂たちを絡め取る。絡め取られた兵隊蜂たちは、まるで生きながらにしてミイラとなるかのように、みるみるうちにその生命力を吸い取られていく。
その一方で、冷たい水の気配が、より一層鮮明になる。蜜蜂の巣の足元を流れる清流が、不穏な波紋を立てている。水面下から、銀色の鱗を持つ魚影が、次々と姿を現す。
イクラ持ち鮭。
彼らの姿は、まるで水中を漂う幻影のようであり、しかしその眼光は、確固たる決意を宿していた。
「我らは、命の運び手。この地に新たな生を吹き込む者。」
今度は、水の底から、深く、響くような声が聞こえる。それは、鮭たちの古からの記憶、生命の連鎖を繋ぐ使命感からくるものであった。
彼らは、聖蜜が満ちる泉を「生命の源」と呼び、そこに辿り着くことこそが、彼らの存在意義であると信じて疑わない。
無数のイクラを抱えた彼らの腹部は、まるで真珠のネックレスのように輝いている。
鮭たちは、力強く尾鰭を打ち、流れに逆らって遡上していく。
その行く手を阻むのは、触手植物が水中にまで伸ばした根であった。根は、まるで巨大な網のように、鮭たちの行く手を阻む。
しかし、鮭たちは諦めない。その強靭な体で、根を突き破り、あるいは、巧みに避けて、上流へと向かっていく。
蜜蜂たちは、空から。
触手植物は、大地から。
そして鮭は、水から。
三者は、それぞれの領域から、聖蜜を目指して進撃する。それは、この地の自然の摂理そのものを具現化したかのような、壮絶な戦いであった。
私の脳裏には、過去の記憶がフラッシュバックする。それは、この地で幾度となく繰り返されてきた、生命と死の円舞曲。
しかし、今回の戦いは、これまでのいずれとも異なる。より根源的で、より狂気に満ちた、終焉の予感すら孕むものであった。
私は、この狂気の舞台の観客なのか、それとも、この舞台を動かす、見えざる手なのか。
水音は激しさを増し、粘液の匂いは、ますます濃厚になる。