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耳納より来たるもの  作者: やしゅまる
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第8話 命を渡す場所

「ふざけんなよ、ユウカ……!」


リョウの怒声が、公民館の会議室に響いた。

息を切らしながら飛び込んできた彼は、ユウカの前に立ちふさがる。


「なんでお前が人柱とか、勝手に決めてんだよ!」


ユウカは黙っていた。だが、その手には一通の古びた封筒が握られていた。

それを見た井上が、はっとする。


「……それは、姉さんの……?」


「うん。お母さんの……手紙。昨日、避難用具の中から偶然出てきた」


ユウカは封を開け、中の手紙を広げる。

紙は黄ばんでいたが、文字ははっきり残っていた。


「ユウカへ。もしこの手紙を読む日が来たら、それは“封印”が壊れた証拠です。

私は臆病だった。ミミノウ様の巫女になるのが怖くて、家を出た。

でも、本当は逃げちゃいけなかった。

ミミノウ様は、昔は水の恵みを与える神様だったの。

だけど、忘れられ、祈られなくなって、怒りに変わった。

あの神を鎮められるのは、“水の巫女”だけ。

それは、私じゃなくて、あなた――ユウカ。

どうか、どうか……」


「私、今まで知らなかった。お母さんがどうして家を出たのか。

 でも、あの夜からずっと、声が聞こえると。

 水の中から、“帰れ”って、誰かが呼びよる……」


リョウは言葉を失っていた。


「だから、これは……私の責任なの

 お母さんの代わりに、私が“水神の場所”へ行く」


「ふざけんな……!」


リョウが怒りで拳を握る。


「そんなの、お前のせいじゃなかろーもん! 町全体の問題やろ!? 何でお前一人で背負うとや!」


「……リョウ。怖いよ。ほんとに、死ぬかもしれん。

 でも、今逃げたら、お母さんと同じになる気がして……」


沈黙が落ちた。


井上が静かに前に出た。


「……ユウカ、俺にも責任がある。

 この地のことを語らず、伝えるべき時に伝えられなかった。

 だが、それでも君を一人で行かせるわけにはいかない。

 “人柱”とは、命を捧げるだけじゃない。“心”を捧げることもできる」


「心を……?」


井上は巻物を広げ、古文をなぞるように読み上げた。


「水神、怒りて姿を成せし時、

清き心を以て、祈りを捧げる者あらば、

神はその魂を受け、再び水底に眠る」


「つまり……“死”ではなく、“覚悟”を見せることが、人柱の本質なんだ。

 神は、人の“想い”に反応する存在でもある」


その言葉に、ユウカの目が開かれる。


「じゃあ……まだ、希望があるん?」


井上はうなずいた。


「ただし、それには儀式の場に赴き、巫女として祈りを捧げる必要がある。

 もし拒まれれば、その時は……命で払うしかない」



夜、ユウカは神社の装束に身を包み、リョウと井上、そして真琴先生とともに封印の井戸へ向かった。


静まり返った耳納の森は、空気すら重く感じられた。


「……やっぱり、怖いね」


「俺が横におる。だから、お前は祈ることだけ考えろ」


リョウの言葉に、ユウカは微笑んだ。


やがて井戸の前へ辿り着いた。

そこには、すでに黒く大きな“手”のような影がのしかかっていた。


「ミミノウ様……お願い。どうか、もう怒らんで」


ユウカは膝をつき、手紙を胸に祈る。

その背をリョウが支えるようにそばに立つ。


その時――井戸から、柔らかな光が立ちのぼった。


《……受け取った。娘よ。逃げず、語り継ぎし者の想いを》


井戸の手が、静かに沈んでいく。


水底に、静けさが戻った。


「……終わった?」


「……ああ、祈りが届いたと」


井上の声が震えていた。


そしてリョウは、そっとユウカの手を握った。


「よう、帰ってきたな。水神の娘」


「……うん。ありがとう、バカリョウ」


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