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耳納より来たるもの  作者: やしゅまる
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第6話 “声”の届く場所


――ごぼ、ごぼ、ごぼ……


地面の下から、水の泡が湧き上がる音がしていた。


「ここだ……ここが、封印の井戸だ……!」


ユウカが苔に覆われた井戸の石組みに手をかけ、静かに呟いた。

山道を登り詰め、旧鏡谷神社の裏手に残る古井戸。それは黒く淀み、冷たい瘴気を吐き出していた。


「おい……見ろ、周り……」


リョウが竹刀の先で指し示した先に、

何体もの“人間の形をしたカッパ”たちが、四つん這いで井戸を囲んでいた。


目は爛々と輝き、口元には泥と血の塊がこびりついている。

だが、どこか――苦しそうにも見えた。


「……あれが、水に“飲まれかけた”元人間?」


ユウカが瓶を取り出す。

井上から渡された「最後の供え水」。その蓋を開けた瞬間――


ピシィッ!


井戸の底から、鋭い叫びのような振動音が走った。


「早く……井戸の“目”に注がなきゃ!」


「俺が行く。あいつらを引きつけてる間に、お前がやれ」


リョウが竹刀を構える。


「まさか……!」


「俺はバカやけん、こういう時しか役に立たん。さっさと決めてこい、ユウカ!」


そう叫ぶと、リョウは井戸の反対側へと飛び出した。


「おい、こらぁ!!人間のにおいが欲しいっちゃろが!? こっち来いやぁ!!」


カッパたちが反応し、一斉にリョウへ向かって蠢き始めた。


ユウカは震える手で、井戸の淵に登る。


「お願い……」


瓶の中の水は、わずか一滴。

だが、それはどこまでも澄んだ光を帯びていた。


「もう一度、この町を――人間に、戻して!」


彼女はそれを、井戸の中心に落とした。


ぽとり。


水面に触れた瞬間、光が爆ぜた。


白い閃光が井戸の奥から立ち上がり、空に向かって解き放たれる。


「う……わあああああっ!!」


カッパたちが苦しむように悲鳴を上げた。

その身体が、まるで泡のように弾けていく。


リョウが目を覆った次の瞬間――すべてが、静まり返った。


「……終わった?」


ユウカが崩れ落ちるように、井戸のそばに座り込む。


リョウは彼女のそばに駆け寄り、肩を貸す。


「よくやったな、会長……」


ユウカは、初めてその場で泣き出した。


――その頃、田主丸中学校。


体育館の隅で、カズキが目を覚ました。


「う、あ……?」


「カズキ!!」


翔太が駆け寄ると、彼はゆっくりと目を開けた。


「……俺、夢見とった。耳納の山で……水に引っ張られよって……

 でも、誰かの声が聞こえたんよ。“帰ってこい”って……」


翔太は泣き笑いで彼を抱きしめる。


「よかった……お前、戻ってきたんやな……!」


真琴先生も涙を堪えながら頷く。


「封印が……戻ったのかもしれない。

 生きて、声をかけてくれたみんなの力や……」


感染していた他の生徒たちも、徐々に落ち着きを取り戻し始めていた。


体育館の外からは、静かな夜風が吹き込んでくる。


その風は――もはや“湿った死の匂い”ではなく、

夏の終わりに似た、懐かしい緑の香りだった。


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