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耳納より来たるもの  作者: やしゅまる
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第2話 籠城

「先生、外……ほんとに誰もいないの?」


3年の生徒会長・井上ユウカが、体育館の非常口をにらみながら尋ねた。

その声は落ち着いていたが、手はずっと震えていた。


「警察も、消防も、町の人たちも……全員、無線が途絶えてる」

理科教師・城戸真琴は、片手に握ったトランシーバーを見下ろして答える。

電波が、完全に途切れていた。まるで何かに“遮られている”かのように。


窓には机やマットが積まれ、即席のバリケードができている。

体育館の中には生徒35人と教職員3人。

食料は給食室から持ち込んだものが少し。水はまだ出るが、いつ止まるかわからない。


「……この中に、“見た”奴はいないのか?」


沈黙の中でぽつりと呟いたのは、2年の不良生徒・柴崎リョウだった。

「カッパ、見たってやつ。直接」


生徒たちは顔を見合わせる。


「わたし、見たかもしれない」

声を上げたのは1年の女子・花村ミクだった。

「昨日の夜、校門の外で……川のほうに、人影がしゃがんでて……でも、お皿みたいなのが、頭に――」


「うそやろ……」誰かがつぶやいた。


そのときだった。


「開けて!誰か!開けてぇぇぇ!」


外から叫び声が響いた。


全員が凍りつく。


「誰かいる!?」真琴が立ち上がる。「懐中電灯!誰か!光を!」


柴崎がライトを持ち、扉の小窓から外を照らす。

そこには――血まみれのジャージ姿の生徒、川辺拓斗がいた。

足を引きずりながら、必死に扉を叩いている。


「開けろ!俺や!拓斗や!お願い、開けて!!」


「本物か?中に入れて大丈夫か!?」


「おい、やめとけって!アレ、罠かもしれん!」


生徒たちがざわつく。


だがそのとき、舞台裏から、泣きながら駆け出す少女がいた。


「お兄ちゃん!!」


拓斗の妹――川辺陽菜だった。避難の混乱で小学生の彼女だけが体育館に紛れ込んでいたのだ。


「やめろ陽菜!開けるな!!」真琴が叫ぶ。


だが陽菜はすでに扉を開けかけていた。


「やめてぇえええええええええええ!!!」


拓斗が絶叫した瞬間、彼の背後に――何かが現れた。


それは人間の形をしていたが、四肢は曲がり、頭の皿から血と水を滴らせていた。

顔は引き裂かれたように笑い、拓斗の肩をがしりと掴んだ。


「ひっ……!」


陽菜が扉を閉めた刹那、拓斗の身体がぐしゃりと押し潰されたように崩れた。


扉の向こうで、何かが喉を鳴らす音がした。


「尻子……玉……クダサイ……」


ドン、ドン、ドン。

ガラスの向こうで、皿を叩く音が続いた。


陽菜はその場に座り込み、震えていた。


「にい……ちゃ……」


静まり返る体育館。

誰も声をかけられなかった。


真琴は、目を閉じたまま、そっとトランシーバーのスイッチを入れる。


……ザー……ザー……。


誰も応答しない。

ただ、耳納山の方角から、微かに――


「……まだ、足りない……」


声が、聞こえた。


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