第1話 灰の少女
朝霧に濡れた畑の土が裸足に冷たく染み込む。
リナは腰をかがめて、ふらつく足を踏ん張りながら、硬くなった使われていない土に鍬をいれていた。
まだ太陽も登らない灰色の空の下。
周囲に人の姿はない。手伝うものも。声をかけるものも。
「……ちゃんとやらなきゃ。また叩かれる。」
かすれた声で自分に言い聞かせる。
細くて色素の薄い金色の髪は汗と泥でべたついていた。
小さな体、やせすぎた腕は村の子供たちの中でもひときわか弱く見えた。
そんな彼女に構うものなどいなかった。
鍬を振るたびに背中に痛みが走る。
昨日、父親に蹴られた所だ。
それでもリナは文句も言わず鍬を振り続ける。
ただ黙々と土を耕す。
誰も見ていないことは知っているが、サボればまた怒鳴られるだけだ。
「おまえは、いてもいなくても同じだ。」
「働かないなら食うな」
「育ててやってるんだから感謝しろ。」
そんな言葉が頭の中をめぐっている。
リナが頭を上げた時、空は少し明るくなっていた。
朝霧のなか遠くの木々に霧がきらめいている。
静かで美しかった。
その一瞬だけ、すべてが遠ざかる気がしていた。
(いつか、こんなところから出て……)
そんなことを思うたび自分が誰かに笑われる気がして、リナは小さく首を振った。
昼頃になると村の広場には、子供から老人まで集まっていた。
古くから続く収穫祭の準備でざわめきと笑い声が響いている。
けれどリナはそこから少し離れたところで立っていた。
「お前も水を運ぶのを手伝え」
村長から厳しい声が聞こえる。
リナは震えながらも命じられた桶を抱え、井戸に向かった。
「あいついつも汚いな」「体調悪いのか?怠けてるだけだろ」
同じ年代の子供たちの視線が痛い。リナはそれでも必死に笑顔を作った。
しかし、その顔はすぐに曇った。
足元がふらつき、桶の水をこぼしてしまったのだ。
「何やってるんだ!バカ!」
隣にいた男が声を荒げた。
リナの心臓は跳ね上がり、足が震えた。
「ご、ごめんなさい。」
そう謝るリナの元へ近づいてくる足音が聞こえる。
顔を上げると父が立っていた。
「お前はホント使えないな!」
何度も蹴り上げられリナは意識を飛ばした。