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アフリカ上陸

 紀元前二〇四年春、執政官の職を解かれたスキピオは、前執政官として指揮権を維持する。シキリア島でのローマ軍の調練の充実度を目の当たりにした元老院の視察団は、もはやアフリカ遠征に表立っては反対をしなかった。依然としてファビウスは持久戦を主張しており、スキピオの考えには反対だったが、アフリカ遠征が成功した場合のことを考えて拳を下したようだ。

 スキピオは二万六千の兵を率いて海を渡った。副将には貫禄さえついてきたラエリウスを配し、ニーケーにはシキリア島に残って補給の任を与えた。スキピオに率いられたローマ艦隊は首都カルタゴから北北西に位置するカルタゴ第二の都市ウティカ近くに上陸する。

 スキピオは早速、同盟国である西ヌミディアのシファチェ王に使いを送ると同時に、各地に斥候を放ち、北アフリカの近況調査を開始した。

 まず、シファチェ王の元に送った使者が帰還し、西ヌミディアがローマを裏切ってカルタゴと同盟を結んだという報せを受けた。これには、スキピオとラエリウスが渋い顔で目を合わす。やはりか、という感想だが、痛手には違いなかった。

 さらに、東ヌミディアの王ガイアが病死すると、その間隙をついたシファチェ王によってヌミディアは統一されたと言う。これにはスキピオも驚かざるを得なかった。情勢は刻々と変化するものだが、ヌミディアに政変が起こるとは、さすがに予想していなかった。

 東ヌミディアを下したシファチェ王が、ローマとの同盟を破棄したのは当然かもしれない。強国とはいえ、ローマは海を挟んだ遠方である。一方のカルタゴは陸続きの隣国である。カルタゴはヒスパニアの植民地を失ったが、イタリアにはハンニバルが健在である。ローマ軍がアフリカ遠征に乗り出してきたが、その兵力はたかが知れている。カルタゴと協力して上陸してきたローマ軍を叩く方が、シファチェ王としては遥かに与しやすいだろう。

 スキピオはヌミディア騎兵をどうしても自軍に引き入れたかったが、それも夢と消えてしまったのである。彼の落胆は相当なものだと言えた。しかし、運命とは常に皮肉なもので、落ち込むスキピオの元に、全く予期せぬ客が訪れたのである。

 スキピオとの面談を申し入れてきたのは、マシニッサだった。二百の部下を引き連れてローマ軍にやってきたマシニッサは、部下と共に下馬して武器をローマ軍に差し出した。これは降伏を意味している。スキピオの元に連れていかれたマシニッサは、

「二年前、あなたは私に騎兵戦力の提供を乞うた。今の私は国を追われ、あなたに提供できるものは連れてきた騎兵二百と私だけだ。虫がいい話なのは重々承知している。それでも、我々を受け入れてくれないだろうか」

 と、膝を折って頭を下げた。ヌミディアを手に入れたシファチェ王にとって、政敵となるマシニッサは決して生かしてはおけない人物である。シファチェ王と同盟したカルタゴからも命を狙われるだろう。つまり、居場所がなくなったマシニッサは、スキピオに見放されれば部下と共に逃避行するしかないのである。スキピオは親しみを込めた声で、

「マシニッサ王子、今日からあなたは同士だ。私に力をお貸しください」

 と、国を失った王子の申し出を受けた。マシニッサは目の前の若者が、噂通りの男であると悟ったに違いない。彼は目元に涙を浮かべ、必ず役になってみせると力強く誓った。

 ローマ軍の中にはヌミディア騎兵に恨みを持っている者が少なからずいたが、マシニッサがスキピオに忠誠を誓ったことと、その兵数が僅かだったことで、表面上は不満がでなかった。マシニッサの部下は全員が一騎当千であったにもかかわらず、横柄な態度をとらなかったことも幸いだった。さらに、マシニッサは求められれば、ローマ兵個人個人に謝罪に回る旨も表明した。そうまでされると、誰も文句が言えなくなった。

 スキピオはヌミディア騎兵を加え、軍を進めた。周辺の村々を掌握し、あっという間にウティカを包囲する。

 他国に侵略された経験の乏しいカルタゴは、ローマ軍の上陸に大いに慌てた。ローマ軍上陸の報せを受けたカルタゴ政府にとっては、ウティカに援軍を送るどころの話ではなく、まずは用兵を雇い入れるところから始めなくてはならなかった。実際、討伐軍の編成に数カ月もかかった。ただ、そうした事情を知らないスキピオは、カルタゴの援軍に背後を突かれることを警戒して、ウティカの包囲を四十日で解き、ウティカの東にある海岸沿いに移動して、そこに強固な陣営を建設させた。

 ウティカ近郊に到着したカルタゴ軍の陣容は、ギスコ率いる三万三千のカルタゴ軍とシファチェ王率いる六万のヌミディア軍と大軍だった。カルタゴとヌミディアの同盟軍はローマ軍から少し離れた位置に陣営を築いた。スキピオの非凡な用兵を知っているギスコは、味方が大軍でも安易に攻撃することはしなかった。ヒスパニアでも三倍の兵力差をひっくり返されている。戦うにしても入念な準備を整えたかった。季節は既に秋である。ギスコは冬営を決め、戦いを翌年に見据えた。

 スキピオの方でも冬営準備に入る。ヌミディア軍という予期せぬ敵の出現に、さすがに正面から会戦を挑む気にはなれなかった。


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