作戦会議②
「諸君の考えはよくわかった。ところで、ここには私の息子とその友人を呼んでいる。私たちにはこの戦争に勝利することは勿論、経験不足な若者らを一人前に育てる義務がある。諸君らが将来の将官を育てなければならないのと同じように、私も将来の指揮官を育てなければいけない。諸君らにとっては有益ではないかもしれないが、私はこの二人の意見を聞こうと思う。そうすることはこの二人には有益だと思うからだ」
と、コルネリウスは硬い表情をやや崩し、二人が発言しやすい空気を作り出した。
「プブリウス、何か意見を述べよ」
と、後ろに控えている息子に目をやった。執政官よりも父としての眼差しのほうが色ごく感じられた。
すぐには言葉が出てこなかった。自分に注がれる視線が心地悪かった。いくら執政官である父が和ませても、戦場を知らない青年にはさすがに荷が重い場所である。新兵に何がわかるというのだ、と皆が不愉快に思っているように感じられた。
いや、それは自分の心がそう思わせているのだ。
この青年に備わっている快活さは、ときとして何事にも臆することのない勇気に変わる。
「若輩者である私に意見する場を与えていただき感謝いたします」
プブリウスはまず年長者への礼を尽くし、
「ヒスパニアに攻め入るのがよいのか、カルタゴ軍を追跡するのがよいのか、今の時点で判断するのは困難だと思います。まずは中央ガリアに偵察隊を派遣して、カルタゴ軍の動向を掴むことが肝心だと思います。ただ、ガリア人の妨害も予想される中央ガリアの奥深くでカルタゴ軍を発見するのには時間がかかります。私の意見は結果的にはマッシリアでの待機となります。消極的だと思いますが、カルタゴの狙いがはっきりしない以上、慎重に行動するのが私にはよいと思えます」
プブリウスは何を言うべきか考えてから話すのではなく、自分の考えていることをそのまま素直に言葉にした。あれこれと考えて話すのは、もう少し歳をとってからでもよいだろうと考えたからだ。若くて経験が浅いのだから、考えが至らないのは当然だ。この場で間違うことは恥ずかしくない。若者は腹を据えていた。
一人の老齢な将官が豪快に笑い、
「これは教えられたな。我々は世界最強のローマ軍団に長く居過ぎたのかもしれん。戦場で勇敢に戦うことと作戦会議で敵を侮ることが混同しておるわい。敵を知らずして勝てるはずもない。しかも、相手のハンニバル将軍は、あの名将ハミルカルの息子。何かの企みがあると疑ってかからねばな」
と、会議室全体に大声を響かせた。彼の名はグナエウス・コルネリウス・スキピオ。コルネリウスの兄であり、プブリウスの伯父である。家柄だけでなく、四年前に執政官を務めた経験からもグナエウスはこの場にいる将官の筆頭といえた。実際に副官でもある。いつも冷静沈着で物静かな弟と比べてこの兄は戦場では先陣を切って突撃するような剛毅な人で、その勇敢な戦いぶりで兵士からの人気も高かった。また、若い頃は血気に逸るところが多かったグナエウスも、年齢を重ねるにつれて知勇兼備の将軍へと成長を遂げ、将官仲間から一目も二目も置かれる存在になった。
「わしよりも弟の方が有能である。いつか弟が執政官に立候補したとき、その時はよろしく頼む」
と、弟の支持を早くから元老院で表明したグナエウスは、スキピオ家の当主の座を弟に譲り、スキピオ家を確固たる一枚岩に築き上げた。そんな伯父を、
「父に勝るとも劣らない人格者だ」
と、プブリウスは心の底から尊敬していた。
「ラエリウス、自分の考えを述べよ」
グナエウスの言でほぼ方向性が決まりつつあったが、コルネリウスはかまわずもう一人の若者に意見を求めた。スキピオの父は将来の救国者候補であり、息子の従僕であり親友でもあるこの青年にも期待をかけている。解放奴隷の倅がこの場にいること自体が何よりの証拠だろう。
「私にはよくわかりませんので、どうかお気遣いなさらないで下さい」
ラエリウスは静かにそう答えた。執政官の息子は特別でも、その家人の息子まで特別にする必要があるのか。ラエリウスの存在はいつでも目の上のたんこぶになりうる。幼少の時からそんな危うい位置に立ち続けてきたラエリウスは、ごく自然に自重する術を身につけてきたと言える。有力貴族の子弟ばかりの中で生活することの多かったラエリウスにとって、まず身につけなければいけないことはわきまえることであった。
コルネリウスはやや間をおいてから頷き、
「皆の者、今から二十年以上前のことだが、よもやお忘れではないだろう。カルタゴのハミルカル将軍が非凡であったことは疑いようがない。その彼の遺児が今度の我々の相手である。恐れる必要はないが、侮らぬよう注意すべきだろう。中央ガリアには三百騎を向かわせてカルタゴ軍の探索を行う。マッシリアに土地案内できる者を要請し、その他必要なら――」
コルネリウスは将官らに次々と指示を出していった。