初めての実戦
執政官である父を守る一団の中で、彼は初めて敵と交戦した。プブリウスが迫る敵に向かって投げた槍は虚しく空を切った。ヌミディア騎兵の投げ槍によって周囲の味方が次々と倒れていく。敵が目前まで迫り、味方と共にプブリウスも腰から剣を抜いて突進する。敵が馬上で放った矢がプブリウスの顔をかすめた。馬上の彼は雄叫びをあげて力一杯に剣を振り下ろす。眼前の敵はプブリウスの渾身の一撃を難なくかわすと、剣を水平に払った。
鈍い金属音が脳裏に突き刺さった。同時に横腹に大きな衝撃を受けてプブリウスは馬から転げ落ちた。戦場で受けた最初の一撃。身に着けていた防具が辛うじて若者の命を救った。訓練では味わうことがなかった想像を絶する一撃を受けても、大地に激しく打ちつけられても、極限状態のプブリウスが痛みを感じることはなかった。無我夢中で立ち上がり、剣を握りなおして中腰で構える。敵と味方が入り交じり、あっという間に乱戦になった。だが、勢いの上でも数の上でもカルタゴ兵の優位は揺るがず、断末魔と共に地面にひれ伏していくのはローマ兵ばかりであった。正々堂々と一対一で戦う訓練とはまるで違う。敵の攻撃がどこからくるのかわからず、何をどうすればよいのかもわからない。動きの止まったプブリウスに新たな敵が迫る。馬上からの強烈な一撃を寸でのところで受け止める。考える余裕もなければ周りに目を向ける時間もない。次々と襲ってくる敵の刃を反射的に受け止め続けた。プブリウスは振り下ろされる斬撃やあらゆる方向から放たれる矢から自分の身を必死に守った。攻撃に転じる暇などとてもできそうにない。絶望的な状況が続いた。
ヌミディア騎兵の強烈な一撃でプブリウスの手から剣がはじかれた。すでに盾も失っている。もう成す術がなかった。自分に向かって剣を振り下ろすヌミディア騎兵と目が合う。敵は目で別れを告げる。これから死んでいく者に対する最後の礼なのだろう。時がゆっくりと流れる。剣の動きが遅くて軌道が読める。が、かわせという命令に対して自分の身体が言うことをきかない。その刹那、プブリウスの脳裏に浮かんだのは、家族や親友ラエリウスの顔でもマッシリアで出会ったニーケーの顔でもなく、中央ガリアで見たガリア人兵士の悲痛な死に顔だった。
死ぬのか。プブリウスは抗いようのない死を覚悟し、目を閉じた。死を受け入れる時間は十分すぎるほどあった。
剣と剣が激しく打ち合う金属音。時の流れが再び戻る。両目をかっと開いたプブリウスが見たものは、自分の鮮血で真黒に染まる敵の剣ではなく、自分を討とうとしたヌミディア騎兵を相手に奮闘している一騎のローマ兵の姿だった。
ラエリウス。縦横無尽に駆け回りながら剣を振るう一騎のヌミディア騎兵に対し、ラエリウスは親友であり主人であるプブリウスを庇いながら奮戦している。ラエリウスは強かった。体躯も剣技も馬術もプブリウスのそれとは比べ物にならなかった。さらに、何より気迫が相手のそれを大きく上回っていた。我に返ったプブリウスは周囲に落ちている石を掴んで、敵に向けて投げた。予期せぬ展開に不利を悟ったのか、プブリウスをあと一歩まで追い詰めたヌミディア騎兵は反転してこの場から去った。