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遭遇

 演説から数日後、コルネリウスは全ての騎兵と少数の軽装歩兵を引き連れてプラケンティアを出発した。目的は、ローマ軍の大規模な行軍でこの一帯のガリア人を牽制し、彼らがカルタゴ側につかないようにするのが一つ、迫りつつあるカルタゴ軍との戦いを前に戦場の地形を調べるのが一つと、あくまでもプラケンティア西方の示威偵察であった。新兵ばかりの軽装歩兵に少しでも経験を積ませようという狙いも恐らく含まれていたのではないか。もう一人の執政官ティベリウス・センプローニウス・ロングス率いる友軍が到着するまでに、できるだけ戦況を有利に進めようというコルネリウスの意図であった。この示威偵察が裏目に出ようなどとは思いもよらなかったに違いない。

 西に進むローマ軍はパドゥス川の主流の一つティキヌス川に橋を架けて渡り、見渡しのよい平坦な地形に入っていった。ほどなく、向かう先のかなたに大量の土煙が昇るのが見えた。前列を行くローマ兵士らは思わず手綱を引き、それが何であるのか目を細めて見入った。最前列を行く執政官の父の傍で、プブリウスも西方に見える土煙が次第に大きく広がるのを見た。

 何だろう。プブリウスがそう思ったとき、誰かが叫んだ。

「カルタゴ軍だ――」

 言葉にならない悲鳴ともとれる叫び声が、あっという間にローマ軍を覆った。最前列で起こった動揺の波は瞬く間に最後尾まで到達した。動揺は騎馬にも伝染し、ローマ軍の隊列が乱れた。

「皆の者、落ち着け、落ち着け」

 コルネリウスがありったけの声でそう叫ぶも、一度落ち着きを失った軍をすぐに立て直すには時間が必要だった。

 はるか前方で上がった土煙の量で、敵が単なる偵察隊ではないのがわかった。はっきりとした数はわからないが、騎兵の集団でその数はローマ軍よりもはるかに多い。と、向かってくる敵兵を前に多くのローマ兵がそう思った。それが戦場の錯覚だと考えるのはコルネリウスをはじめ、経験豊かな将官ぐらいだろう。プブリウスも過大に膨れ上がった敵の幻影に、ただ驚くことしかできなかった。実際、このときのローマ軍の戦力が軽装歩兵を含めて四千だったのに対し、カルタゴ軍は騎兵六千であった。機動力豊かな騎兵同士の遭遇戦の現場で、その数を把握するのは無理というものだが。

 敵はこちらに気づくと、ローマ軍の動揺を尻目に行軍速度を上げて迫ってきた。敵の動きは、もはや突撃と言えるものだ。両軍の距離が見る見るうちに縮まる。

 だが、平坦なこの地で相見えた両軍の距離は、もともとかなり離れていた。コルネリウスの伝令を受けた将官らが次第に兵をまとめていく。ローマ軍の動揺は完全に払しょくされたわけではなかったが、体勢は徐々に立て直され、矢を構えた軽装歩兵が前列に配置されていった。

「父上、ここは一旦退くという選択はないのでしょうか。今ここで一戦する意味があるとは――」

 落ち着きを取り戻しつつある息子の言葉を、コルネリウスは最後まで言わせなかった。

「息子よ、臆するな。ローマ兵として勇気ある行動に従事せよ。執政官が率いる軍が易々と逃げれば、この地に住むガリア人はいったいどう思う。ローマ軍弱腰となれば、多くのガリア人がカルタゴ軍に加勢するかもしれぬ。それに敵をよく見なさい。おそらく敵は騎兵の全兵力。率いるのはハンニバルに違いない。敵も気づいているのだろう。ローマも司令官である執政官が率いていることを。戦うしかないのだ」

「しかし……」

「ここでハンニバルを討つことができれば、この戦いはそれで終わる。そう考えることもできる。もう何も言うな。お前も勇敢なるローマ兵士であろう。戦いはもう始まっているのだ」

 カルタゴ軍はローマ軍に退却の気配がないことを察すると、徐々に移動速度を緩めた。ローマ軍の前方に布陣したカルタゴ軍は両翼に北アフリカから連れてきたヌミディア騎兵、中央にイベリア騎兵とカルタゴ騎兵、それにガリア騎兵の混成軍を配置して横に長い陣形をとった。一方のローマ軍は最前列に軽装歩兵、前衛にガリア騎兵、そしてその後ろに本隊としてローマ騎兵という縦に厚い陣形で迎え撃つ。軽装歩兵の弓矢や投げ槍で敵の突撃を牽制し、ガリア騎兵で敵の勢いを止める。そして機を見てローマ騎兵を投入することで敵を粉砕しようというのだ。戦略としては悪くない。が、それは相手が今までの敵であったならばの話である。

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