もしかして私、恋の魔法にかかっちゃったの?(1/1)
「皆さん、お疲れ様で~す!」
その日の夜。お客さんが皆帰って行った後、メアリアナ城の中央ホールではささやかな宴が開かれていた。
「今日は大盛況でしたねえ」
「お客さんの中には、『友だちにここを紹介します!』って言ってた人もいましたよ」
「これは明日からも忙しくなりそうですね!」
皆互いを労っている。使用人が、「お嬢様にも給仕のお手伝いなんかさせちゃってすみません」と眉を下げた。
「いいの。『人を呼んでメアリアナ城を盛り上げよう!』って言い出したのは私だし。だったら、後ろの方でぼんやりしてるわけにはいかないでしょう?」
「スズランの姉ちゃん、あんたは本当に大した奴だよ」
クインが骨付き肉を頬張りながら感心したように言った。
「あのボロかったメアリアナ城が超満員になるんだもんな。明日はからの活躍も期待してるぜ?」
「うん、頑張るね」
「今度来るのは謙虚な客ばっかりだといいんだけどなあ。バラを根こそぎ持って行かねえような奴らとかさ。なあ、オリー? お前もそう思わねえ?」
クインが近くにいたオリーに声をかける。
「人間たちに群がられて大変じゃなかったか? 休みとか全然なかっただろ?」
「あっ……そっか……。ごめんね、二人とも」
私は申し訳ない気持ちになる。
「給仕は皆で交代してすればいいけど、二人の代わりはいないもんね。何か対策を考えないと……」
「気にしないで。僕は平気だよ。君だってそうだろう、クイン?」
「ま、妖精は案外タフだからな~」
二人とも、何でもなさそうに笑っている。だけど私は、どこかスッキリしない気持ちだった。
何となく浮かない気分で、フラフラとパーティー会場から抜け出す。人気のない廊下を通り、夜の庭園へと足を踏み入れた。
メアリアナ城の庭は照明も最低限しか設置されておらず、この時間帯だとどことなく不気味な印象だ。植物の根元に置いてある花言葉を刻印したプレートの文字も、暗くて何が書いてあるのか分からない。
ここが幽霊城だと信じていた頃の私なら、すぐに回れ右して逃げ出していたような雰囲気だ。もっと外灯、増やすべきかな?
春の庭に置いてある、お気に入りのカモミールのベンチに座る。甘い香りが鼻孔をくすぐった。
ふと、足元に何か落ちているのに気付く。拾ってみると、アスチルベの花だと分かった。昼間、オリーが【花のご加護を】をかけたものかもしれない。お客さんの忘れ物だろう。
アスチルベの茎をクルクルと指先で回しながら、ポツリと呟く。
「私も魔法が使えたらな……」
今回の成功は、オリーとクインの妖精コンビの力あってのことだ。
でも、元婚約者のモーリス殿下を恨んでいるのはあの二人じゃなくて私。彼に見下され続けたり、一方的に婚約を解消されたりした屈辱をどうにか晴らしたいと思っているのは、他でもないこの私なんだ。
だったらやっぱり、この状況はよくない。オリーたちにかかってる負担が大きすぎるもの。
でも、私は特別な力なんてない普通の人間だ。それでも、できることって何かあるのかな?
悩んでいると、声をかけられた。
「パーティーには飽きてしまったのか?」
「……パーシモン?」
幽霊なんだから目では見えないと分かっているのに、つい辺りを見回してしまう。案の定、彼の姿はどこにもなかった。
「今日は随分と来客が多かったな。君の企画が成功したようで何よりだ」
「ありがとう」
パーシモンも喜んでくれているのかな? 私はちょっぴり笑顔になる。
「どうかな? 少しは昔のメアリアナ城に近づいた?」
「昔の?」
「ほら、パーシモン、言ってたでしょう? 『ここは昔、賑やかな場所だった』って。それって、昔のメアリアナ城には遊びに来る人がたくさんいたってことだよね?」
「ああ……なるほど」
パーシモンはどことなく困ったような声を出す。
「君はボクの言葉をそんな風に解釈したのか」
「え? 違うの?」
「当たってるような間違ってるような……という感じだろうか」
パーシモンは含みのある言い方をした。
「かつてこの城は大所帯だった。でも、城主のメアリアナが呼んでいた客は人間ではなく妖精だったんだ」
「妖精がお客さん?」
「ああ。中にはこの城が気に入って、住み着く者もいた。例えばクインとかな。他にも色んな妖精がいたよ。メアリアナは妖精を見つけるのが得意だったんだ。それで、出会った者は片っ端からこの城に招待していた」
「もしかしてパーシモンが言ってた『楽園みたい』って、妖精にとっての楽園ってこと?」
「そうだな。妖精は自然が好きなんだ。だから、緑豊かなこの城は彼らにとって居心地のいい場所だった」
「じゃあ……『この城の在りし日の姿』と今の状態はかけ離れてるの? ど、どうしよう! ごめんね! わざとじゃないの! 呪わないで!」
私はベンチから転げ落ちそうなくらい怯えてしまったけれど、パーシモンは気にするでもなく「別にいい」と返した。
「昔とは違うけれど、幽霊城よりはずっとマシさ。オリーも楽しそうだしな」
「そ、そう……」
よかった、パーシモンが心の広い幽霊で。私のほっとした顔がおかしかったのか、パーシモンはかすかに笑いを含んだ声を出し、「安心してくれ」と言った。
「ボクは君が思ってるよりずっと無力な存在だよ。人に害も福も与えられない。こうして喋るだけが精一杯だ」
「でも、仲間が増えてくれて私は嬉しかったよ。オリーにも、パーシモンの声が聞こえたらよかったのにね」
私はふぅとため息を吐く。自分の抱えている悩みを思い出してしまった。
「パーシモンは自分のこと無力って言ってたけど、私も似たようなものだよ。妖精みたいなすごい力がないんだもの。これは私の復讐なのに、こんなのよくないよね」
「でも、君は幽霊じゃない」
パーシモンが静かに言った。
「君はボクとは違うよ。誰かに触れることも、自分の気持ちを伝えることもできる。好きな時に、好きなだけね。妖精は確かに素晴らしい種族だ。だけど、君だって充分な才能を持っているんだよ」
「才能? 誰かに触ったり、お話ししたりすることが? でも、そんなの普通じゃない?」
「普通じゃないよ。少なくとも、ボクにはできない」
パーシモンが断言する。
「君にだってできることはあるよ。それとも、簡単に諦めてしまうのかい、スズランくん?」
「そんなことは……」
「コンスタンツェ」
呼び声がして、ハッとなる。オリーがこちらにやって来るところだった。
「あれ? 一人? 誰かと話してたみたいだったけど……」
「うん、パーシモン」
またしても、ついつい周囲に目を遣ってしまう。何となく、今ここに彼はいないかなという気がした。突然オリーが来たから、びっくりしてどこかに行っちゃったのかな?
「前に話したことあったよね? このお城に住み着いてる幽霊だよ。……ところでオリー、どうしてこんなところに?」
「それは僕のセリフだよ。いつの間にか会場からコンスタンツェの姿が消えてたから、探しに来たんだ」
「心配してくれたんだね。ごめんね、もう大丈夫だよ」
確かに悩みはあったけど、パーシモンと話したことで少しスッキリしたから。オリーは「そう?」と首を傾げる。
「だったらいいんだけど……。そういえば、何持ってるの?」
オリーが私の手元を指差す。私は「多分、お客さんの忘れ物」と返した。
「アスチルベの花だよ。オリーが魔法をかけた……」
庭園を春の夜風が吹き抜けた。
さわさわと葉の擦れる音がする。どこからかふわりと赤い花びらが飛んで来て、オリーの肩の上にとまった。
私はそれを取ってあげようと、オリーに近づき、手を伸ばす。
「コンスタンツェ」
名前を呼ばれ、視線を上げた。思ったよりもずっと近くにオリーの顔がある。
城から漏れる明かりで、オリーの白い肌が艶やかに光る。優しく柔和な顔立ち。不意に、胸の中にときめきとしか表現しようのない甘い感情が芽吹いてきた。
オリーも瞼を閉じたまま、こちらを見つめる。とくんとくんと、一秒ごとに心臓の鼓動が早くなっていく。
「……もう建物に入ろうか」
「……うん」
オリーの声がいつにも増して柔らかに聞こえるのは、私の勘違いだろうか?
二人で城へ戻る。その道すがら、偶然オリーと私の指が触れ合い、気付いた時には彼と手を繋いでいた。
頬が熱い。アスチルベの花を無意識の内に握りしめる。
アスチルベの花言葉は「恋の訪れ」。
もしかして私、オリーの魔法にかかっちゃったの?