こちら、口コミで評判のメアリアナ城です!(1/1)
「……お客さん、来ないね」
メアリアナ城の庭園が復活してから数日後。ベンチに座って人気のない春の庭を見つめながら、私はすっかり意気消沈していた。
「何で? 色んな花が咲いてるお庭、絶対にすごいのに! とっても綺麗なのに! 一見の価値ありだよ! こんなの、他では見られないもん!」
春の庭だけじゃなくて、夏の庭も秋の庭も冬の庭も、どこにも来客の姿はない。人気のない庭園に色とりどりの花が咲く様子は、まるで忘れられた花園のようだった。
「コンスタンツェ……」
隣に座るオリーが、複雑そうな顔になる。
「ここは幽霊城なんだよ。少なくとも、街の人たちはそう思ってる。だったら、誰も近寄りたがらなくても仕方ないよ」
使用人に交じって街に宣伝活動をしに行った時のことが脳裏に浮かぶ。
そういえば皆、私が「メアリアナ城へぜひ来てください!」って言う度、ぎょっとした顔になってたっけ。私のこと、お城に住む悪霊の回し者か何かだと思ったのかな?
「ごめんね、コンスタンツェ」
オリーが肩を落とす。
「僕が今まで城に来た人たちを驚かしてたから、こんなことになっちゃって……。コンスタンツェはせっかく頑張ってお城を綺麗にしてくれたのに、全部僕が悪いんだよ」
「違うよ、オリーのせいじゃない」
……ダメだ。作戦が上手くいかなかったせいで、私たち二人とも気弱になっちゃってる。私はペンダントの小瓶からスズランの香水を辺りに噴霧した。
大きく息を吸い込んで、その香りをかぐ。
「大丈夫だよ、オリー。絶対に手はあるはず!」
香水にかかった魔法のお陰で元気が出てきた私は、にっこり笑ってみせる。
「この庭園やオリーの力がすごいってことは分かってるんだから。一回来てくれたら、絶対にお城のイメージがガラッと変わるよ!」
私はピョコピョコと体を動かす。その度に、甘酸っぱいカモミールの香りが辺りに広がった。
私が座っているのは植物でできたベンチだったのだ。座り心地はふかふかで柔らか。腰掛けると植え込んである花の香りがふんわりと漂ってくる。この素敵なベンチは、私の大のお気に入りだった。
「お嬢様、そろそろお茶にしませんか~?」
侍女のベラがやって来る。
「今日の分のお菓子、もう食べちゃっていいですよね?」
「そうだね」
ここ数日間、料理人たちは来客用にせっせと大量のお菓子を焼いたり、軽食を作ったりしていた。
けれど肝心のお客さんが来ないから、結局は私たちで食べることになっちゃうんだ。
オリーと一緒に城へ向かう。ベラが「大丈夫ですよ」と私を慰めてくれた。
「何事も初めから上手くはいきませんって! その内お客さんも来てくれますよ!」
「うん、分かってる。実はさっきまで落ち込んでたんだけどね。これのお陰で、元気が出てきたから」
私が香水の瓶を軽く振ると、ベラは「さすがオリーさんですねえ」と目を見張った。オリーは照れたような笑いを浮かべる。
「私もオリーさんの魔法で素敵なダーリンをゲットできましたし、早く皆さんにもこの幸運を味わって欲しいです!」
「本当だね」
頷きつつも、何かが頭の片隅に引っかかる。
「……ねえ、ベラ。ベラは恋人募集中の人たちが行くお食事会に参加してたんだよね」
「昔の話ですけどね~。今はもう必要がないので! ……それがどうかしましたか?」
「他の参加者たちってさ、どんな感じだった? 何が何でも恋人が欲しい! みたいな人ばっかり?」
「そりゃあもちろん」
ベラはケラケラと笑った。
「猛者の集まりですよ。運命の人を見つけるためなら、たとえ火の中水の中です!」
「……じゃあ、幽霊城の中は?」
私の言葉に、ベラもオリーも息を呑むのが分かる。二人の顔にゆっくりと笑いが広がっていった。
「……次にやること、決まったね」
私は勝ち気な笑みを浮かべる。やっぱり、諦めるにはまだまだ早かったようだ。
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「愛しています! どうか俺の気持ちを受け入れてください!」
「あなたみたいな素敵な人、初めてですわ。ねえ、この後、予定は空いていまして?」
「君に会うために僕は生まれてきたんだ!」
あちこちで情熱的な言葉が飛び交う。
昨日とは打って変わって、メアリアナ城の庭園は大賑わいだった。
「お嬢様! 『ごうこん』とやらは大成功ですな!」
忙しそうに給仕を手伝いながら、ばあやが息を弾ませた。
「愛に飢えた若者どもを集めてきて、『絶対に恋人が見つかる食事会』を城で開く! 素晴らしい思い付きです!」
今日のお客さんたちは、皆片手にアスチルベの花を持っていた。もちろん、オリーの【花のご加護を】のかかった花だ。
――メアリアナ城の庭園は、不可能を可能にする場所なのよ! このアスチルベのお陰で、私はダーリンをゲットできたの! 花言葉の『恋の訪れ』が現実になったのよ!
侍女のベラに頼んで、食事会の常連たちに彼女の体験談を語ってもらったのだ。
するとどうだろう。怖いもの知らずの若者たちが、わんさかと城に押し寄せてきたのである。訪問者は皆一目で歴戦の勇士と分かる面構えの者たちばかりで、なるほどこれは幽霊城などものともしないというのも頷ける。
「お茶のお代わり欲しい方~?」
「ケーキ、焼きたてですよ!」
私の作戦が成功したことで、使用人たちもすっかり活気づいていた。一つのカップにストローが二個ついたグラスや、「あーん」しやすい小さめのお菓子をいそいそと配り歩いている。
「メアリアナ城って案外いいところだね」
「結婚式、ここで挙げられないかしら?」
噂に聞いていた幽霊城と全く違う雰囲気に、お客さんたちは驚いているようだった。私に対し、「こんな素敵な催し物を開いてくださって、ありがとうございます!」と律儀にお礼を言いに来る人もいるほどだ。
「すみません! このお菓子、もっとありませんか?」
「はい、ただいま!」
元気のいい声で応じ、トレイを持ってお客さんの元へ向かう。その途中、妖精コンビとすれ違った。
「今からヤドリギに魔法をかけていくからね。皆、一列に並んで」
「はあ!? またバラがなくなったのかよ!? あいつら、むしりすぎだろ!」
オリーとクインは、来客対応にてんてこ舞いしている。ヤドリギとバラは、今日のお客さんたちに大人気の植物だった。
「スズランの姉ちゃ~ん! なんで皆、あんなにバラばっかり持って行くんだよ? 花壇が空っぽになる度に呼び出される俺の身にもなってみろっての!」
クインは濃い青色の髪を掻き上げながら、げんなりした顔になる。ポットの中身が少なくなっていないか確認していた私は、苦笑いするしかない。
「バラが九十九本で『永遠の愛』っていう意味になるからじゃない? バラ園を拡張した方がいいかもね」
「それにヤドリギ! あいつらにそんなのいるか? ヤドリギの花言葉って『キスして』だけどさ。そんなのなくても、ぶちゅぶちゅしてるじゃねえか」
クインの言う通りだ。【花のご加護を】をかけてもらう順番待ちの最中に、皆待ちきれなくなったように『ぶちゅぶちゅ』し始めている。
「まあ、雰囲気も大事ってことじゃない?」
「クインくん!」
「あー。はいはい!」
またもお呼び出しがかかり、クインはすっ飛んでいく。
「お姉さん! オーダーいいですか?」
「今行きます!」
私もクインの後に続き、お客さんの元へと駆け寄っていった。