妖精その2が仲間になりました!(1/1)
それから二週間も経つ頃には、メアリアナ城は見違えるように綺麗になった。もう割れている窓はどこにもないし、雨漏りも全て修理済み。調度品も運び込まれて、問題なく住居としての機能が果たせるようになっている。
「では、お嬢様の前途を祝してかんぱ~い!」
お城の庭園にある噴水広場では、改修工事の完了と遅まきながら私の新居移住を記念して、内輪だけのささやかな宴が開かれていた。
最初、会場は城内のホールだったんだけど、春の陽気に誘われて、いつの間にかガーデンパーティーになっていたのだ。
お庭も片付けたとはいえ、まだ何も植えていなかったから辺りはちょっと殺風景だ。だけど皆そんなことは気にせず、思うままにお料理をつまんだり改装中の苦労話に花を咲かせたりしている。
「私のコンスタンツェがこんなに早く独り立ちするなんてなあ……」
お父様がハンカチを目元に押し当てる。
「何かあったら遠慮せずに帰ってくるんだぞ。お前の部屋はいつでも使える状態にしておくからな」
「大げさだよ、お父様。このお城からお屋敷まで、馬車に乗ればすぐでしょう? それに、一人で住むわけじゃないんだから」
お父様はお屋敷で雇っているベテランの使用人たちに、今度からはこの城に住み込みで働くようにと言いつけていた。見知った顔ばかりの方が、娘も安心すると思ったんだろう。
それに、ここにはオリーもいるんだ。後、姿は見えないけど幽霊のパーシモンも。普通に暮らしていたら仲良くなる機会なんてなさそうな仲間たちが一緒なんだから、中々楽しく過ごせそうじゃない?
「本当に逞しくなって……! お母様も天国で喜んでいるに違いない!」
お父様は私の香水瓶を額に押し当てると、おいおい泣きながらどこかへ行ってしまった。お父様が寂しくないように、これからは月に一回くらい、手紙でも書いてあげようかな?
「お嬢様、新鮮なイチゴが届きましたよ~」
侍女のベラが近づいてきて、赤い果実がたっぷりと載ったカゴを差し出してくる。
「中央商会からの特別サービスですって! 私のダーリン、最高に気が利くと思いません?」
ベラがうっとりと見つめる先には、この間アスチルベの花の導きで出会った青年が立っている。彼もベラに熱のこもった視線を返していた。すごくラブラブね!
「こりゃ、練乳はいらねえな」
からかうような声と共に、カゴに手が伸びる。
視線を遣ると、イチゴをモグモグする子どもがいた。
腰の辺りまで伸びた深い青色の髪の美少女だ。すべすべの肌に、華奢な手足。その可愛らしい容姿は、花にたとえるならニリンソウだろうか。
年は十二歳くらいかな? 七分丈の黒い脚衣をサスペンダーで吊っていて、服の襟元にはリボンを結んでいる。シャツのボタンはカラフルな花の形だ。
……誰だろう、この子。
今日は身内だけのパーティーのはずだから、知らない人がいるはずないんだけど……。この美少女には見覚えはない。誰かの子どもとか?
「姉ちゃん、人の顔をジロジロ見るのは失礼だぜ」
いつの間にかベラはいなくなっている。さっきまで彼女が抱えていたカゴは、今は美少女の腕の中にあった。
彼女は二個目のイチゴをつまみながら、こちらを見上げている。長いまつげ。それに、目がとても綺麗だ。紫がかった赤色の瞳の中で、虹を砕いたような光が煌めいている。
……ううん、待って。この目、どこかで見た覚えがあるかもしれない。どこだったかは思い出せないけど……。
「俺の話、聞こえてる?」
美少女は呆れ顔だ。私ははっとなり、「ごめんね」と謝った。
「あなたがとっても可愛かったから、つい。ええと……ここへは誰かに招待されてきたの?」
「パーティーの招待状は受け取ってねえ。でも、オリーが来いって言うから来てやったんだよ」
「オリーの知り合いだったんだね。ちょっと待っててね……あっ、いたいた! オリー!」
私が手を振ると、オリーが人混みを掻き分けてこちらへやって来た。美少女の姿を認め、「久しぶりだね」と言う。
「僕の招待を受けてくれて嬉しいよ。……紹介するね、コンスタンツェ。彼はクイン。僕と同じで妖精だよ」
「……彼?」
男の子だったの!? 呆然となる私を余所に、オリーと美少女……じゃなくて美少年は楽しそうに話をしている。
「元気そうじゃん、オリー。お前から突然連絡が来た時は驚いたぜ。とっくにくたばったのかと思ってたからよ」
「あいにくとピンピンしてるよ。第一僕の方が若いんだから、君より先に死ぬことはそうそうないと思うけど」
「だな」
クインはおかしそうに笑う。……え、クインの方が年上なの? 妖精って、見た目じゃ年齢が分からないんだ……。
「なんかこの城、面白いことになってんだろ? 当然、俺も混ぜてくれるんだよな?」
「遊びじゃないんだよ。コンスタンツェは真剣だ」
私の名前が出て我に返る。さっきから驚きの連続で、口が開きっぱなしになっていた。
「ええと……メアリアナ城へようこそ、クイン。……もしかして、あなたも私に協力してくれるの?」
「嫌な奴をぶっ飛ばすんだろ? 俺、そういうの大好き」
クインがニカッと笑った。繊細で可愛らしい見た目に反して、豪快な表情をする子だ。
「俺なら直接ぶん殴ってやるところだけど、姉ちゃんはお上品なんだなあ。この城を生まれ変わらせて、悪党に地団駄を踏ませてやろうだなんて。まあ、手の込んだ方法もたまには悪くねえか。……で、俺の力、役立ててくれるんだろう?」
「あなたは何ができるの?」
「例えばこんなことだな。……【繚乱の夢】」
クインの足元から光が広がり、それが庭中に広がっていく。
変化は瞬く間に起こった。花壇から芽吹く花のつぼみ。柔らかな芝生がすくすくと育ち、樹木に実がなり始める。私は「わあ……」と目を瞬かせた。
「素敵な力! クインは植物の生長を促せるんだね!」
花でいっぱいになった庭園を見て、気分が高揚するのを感じた。パーティーの参加者たちも、何もなかった庭が突然緑で溢れかえって驚いている。
「俺の【繚乱の夢】は、過去にその場に生えていた植物をもう一度蘇らせる魔法だ」
クインが噴水の端に腰掛けながら、イチゴの最後の一粒を口に入れる。
「つまり、さっきの魔法でこの庭の昔の様子を再現したってことだな」
「メアリアナ城の昔の様子……? わあ! あれってモクレン!? あの面白い形の植物は……ホオズキだったっけ? 図鑑でしか見たことのない珍しい外国の植物がいっぱい! こんなの、実家のお庭にもなかったよ! それに、今の時期には見かけないようなお花も咲いてるね」
「姉ちゃん、随分色んな花の名前を知ってんだな」
「植物博士だからね」
オリーがおかしそうに言う。……ちょっとはしゃぎすぎたかも。恥ずかしい……。
「得意なことがあんのはいいことだよな」
クインがうんうんと頷く。
「この庭園、水路で四つの区画に分かれてるだろ? 時計回りに春の庭、夏の庭、秋の庭、冬の庭、って呼ばれてるんだよ」
「それで、それぞれの呼び名に対応する時期に見られる植物を植えてあるんだ。季節外の花も、クインの魔法があれば咲かせられるからね」
「妖精って本当に素敵!」
私は感動でぼうっとなっている。
「いつでもお花がいっぱいだなんて最高だね! これなら、町中の人がこのお庭を見に来たがるよ! 早速宣伝しないと! 『素晴らしい憩いの場、メアリアナ城に遊びに来てください!』って!」
「へへへ。どうなるのか楽しみだな」
私とクインは顔を見合わせて、悪だくみをするような表情で笑う。その様子を見ていたオリーも面白そうに微笑んでいた。
お庭を美しく保てるクインと、花言葉を現実のものにするオリー。
こんなに心強い味方がいるんだもの! 私の勝利は確実だ!