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婚約破棄され、廃城へ  作者: 三羽高明
前編 婚約破棄され、廃城へ
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幽霊が仲間になりました!(1/2)

 翌日は、昨日の嵐が嘘のような快晴だった。


「これ運ぶぞ! 誰か手を貸してくれ!」


「ぞうきんがもっといるわ! ホコリっぽいから気を付けてね!」


「城門の修理に呼んだ職人さんたち、後三十分で来るってさ! お茶の用意をしておいてちょうだい!」


 これまで誰も近づかなかったメアリアナ城だが、今日は忙しく立ち働く大勢の人で賑わっている。


 ガラクタを撤去したり、古くなった調度品を新しいものに取り替えたり、床や壁を丹念に磨いたり。


 彼らは私の実家に仕えている使用人だった。お父様が「娘が新しい家で暮らすことになったが、このままでは住めそうもない。だから引っ越しの準備を手伝ってくれ」と呼びかけたのだ。


 その「新しい家」が呪われていると噂のメアリアナ城だったため、最初は誰も来たがらなかったようだが、最終的には皆「お嬢様のためなら」と力を貸してくれた。うちの家にいるのが忠義な使用人ばかりで本当によかった。


「オリーくん、これは捨ててもいいやつ?」

「うん。好きにして」


 使用人に声をかけられ、オリーが頷く。


「それにしてもびっくりよねえ。メアリアナ城に住んでいたのが悪霊じゃなくて、妖精だったなんて!」


「オリーくん、またあれやって!」


「別にいいけど……そんなに面白いの?」


 オリーの背中から羽が広がり、その姿が消える。……少なくとも、皆の目には彼は映っていない。使用人たちは「きゃー! 消えちゃったー!」とはしゃぎ始めた。


 オリーが妖精だということも、最初は皆信じていなかった。確かにピンクの髪だなんてちょっと変わっているけど、それ以外はごく普通の人間に見えるから。


 でも、目の前で姿を消したりまた現われたりといった摩訶不思議な技を披露すると、誰もがすんなりと彼の言い分を聞く気になったらしい。あまりにも自然に受け入れられて、逆にオリーの方が戸惑っているようだった。


「コンスタンツェの周りにいるのは、誰かを疑うことを知らない人たちばかりなんだね」


 羽をしまって姿を現わしたオリーが言った。


「僕が妖精じゃなくて、実はもっと邪悪な生き物だったらどうするつもりなんだろう? それで、大事なお嬢様のことをひどい目に遭わせようとしているとしたら?」


「そんな風に考える人なんて誰もいないよ。だってオリーはいい人だもの。見れば分かるよ」


 私は箒で落ち葉を掃きながらそう返した。


 私とオリーがいるのはメアリアナ城の庭園だ。中央に大きな噴水の建つ広場があり、そこから伸びる水路で四つの区画に仕切られたお庭。遠くには木立のようなものも見える。


 とはいうものの水は涸れてしまっているし、辺りは雑草だらけ。城内に負けず劣らず、この庭園もひどい荒れようだった。


「このお城のお庭、広いんだね。私のお母様も植物が好きだったみたいで、実家にも立派なお庭があるの。お城の片付けが終わったら、お花、たくさん植えようね。実家から種を持ってきてあげる」


「うん、そうだね……」


 オリーは私の箒を見る。まあ、今日も彼の目は閉じられていたから、気配でそうしようとしたのかなって思っただけなんだけど。


「コンスタンツェはお嬢様なんでしょう? お掃除なんか、下働きの人たちに任せておけば?」


「そんなのダメ! だってここは私のお城だよ? だったら私の手で綺麗にしないと! それに、決めたんだから! この手で元婚約者のモーリス殿下をあっと言わせてやるって!」


 私が力強くガッツポーズをすると、オリーが「そうだったね」とクスクス笑った。


「メアリアナ城も昔からこんなに荒れていたわけじゃないからね。前と同じ住みやすい場所になれば、僕も嬉しいよ。……片付け、頑張らないとね」


 オリーも箒でせっせと辺りを綺麗にしていく。私は「オリーはまともだった頃のメアリアナ城を知っているの?」と首を傾げた。


「だってこのお城って、名前の由来になったメアリアナ王女が住んでいた場所だよね? 王女は百年くらい前の人でしょう?」


 私はこのお城にまつわる呪われた伝説を思い出し、鳥肌を立てた。


「王女は変わった人だったんだって。黒魔法の研究所にするために離宮を……つまりこのメアリアナ城を建てたらしいよ。でも、ある日術が暴走して王女は発狂。自分で命を絶ってしまった。だけど王女の狂気はまだ続いていて、魂だけになってもこのお城をさまよい歩き、足を踏み入れた人を魔術の生け贄にしちゃうとか……」


「デタラメばかりだね」


 オリーが鼻白んだ声を出した。私は胸をなで下ろしながら「そうだよね」と返す。


「亡霊はいないんだもん。足音も声もノックも、全部オリーの仕業。だったら、王女の呪いも嘘だよね」


「声?」


「ほら、オリー、言ってたでしょう? 『この城の在りし日の姿をもう一度取り戻してくれるか?』って」


「……何それ」


 オリーが怪訝な顔になる。


「僕、そんなの知らないけど」

「……え?」


 手から箒が滑り落ちる。


「や、やだ! 冗談よしてよ! だってこのお城の怪奇現象は、全部オリーの仕業だったんでしょう? だったらあの声だって……」


「確かに僕は色々やったけど……。君に話しかけたりはしなかったよ」


「そんな……」


 体中から血の気が引くのを感じた。


「つ、つまりあれは本物の亡霊……!? このお城には、やっぱりメアリアナ王女の幽霊がいるの……!?」


「まさか! 僕は一度も会ったことがないよ!」


「じゃあ、王女じゃなくて他の悪霊が住み着いてるんだ!」


 私はパニックを起こしかける。でもオリーは冷静で、「悪霊なんかいないってば」と私をなだめた。


「僕は母さんが生きてた頃からずっとこのお城に住んでいるけど、そんなのは一度も見たことがないよ。きっと空耳だよ」


「でも、でも……!」


「平気だってば。……ほら、落ち着いて。【花のご加護をウィスパリングペタル】」


 オリーが私の胸元で揺れている小瓶の中身を辺りに噴霧する。


 すがすがしいスズランの香りが広がり、少し気分が楽になるのを感じた。


「……うん、そうだよね。きっと気のせいだよ」


 あの時の私は、鏡に写った自分の姿にも怯えるくらい弱り切っていたんだ。だったら、幻の声を聞いてもおかしくはないだろう。


 少し落ち着いてくると、先ほどオリーが言ったことをじっくりと考える余裕が出てきた。


「オリーはこのお城にお母様と住んでいたの? 妖精の一家ってこと?」


「違うよ。父さんの顔は知らないし、母さんは人間だからね。それに、血も繋がっていないんだ。メアリアナ王女が僕の母親だよ」


「えっ、王女が!?」


 私は目を丸くする。


「オリー、一体いくつなの?」

「分からない。そんなの、考えたこともないよ」


 オリーは興味なさそうに首を振る。


「捨てられたのか、仲間とはぐれたのか……。赤ちゃんだった僕は、王宮の中庭で一人きりで泣いていたらしい。そんな僕をメアリアナ王女が見つけて保護してくれたんだ。拾ってくれたのが母さんでよかったよ。母さんには、羽の生えた妖精を見る力があったからね。そうじゃなかったら、突然姿が消えたり現われたりする赤ちゃんなんて、気味悪がられてまた捨てられていたと思う」


 メアリアナ王女にも私と似た能力が備わっていたとは意外だ。


 私のこの力はお父様から受け継いだものだろうけど、血縁関係があるわけでもない人も同じことができるなんて、何だか不思議な縁を感じてしまう。


「メアリアナ王女は優しい人だった。黒魔法とか生け贄とか、全部でっち上げだってはっきり言い切れるよ。僕の母さんだもん。メアリアナ王女のことは、僕が一番よく知ってるよ」


「そうだよね……」


 私はオリーを見つめた。


「どうしてオリーが私を助けてくれようとしたのか、分かった気がするよ。私の力のせいでしょう? お母様のこと、思い出しちゃったんだよね?」


「そうかもね」


 オリーがかすかに笑った。


「ほとんどの噂は嘘だけど、母さんがこの城で死んだのは本当だ。多分僕は、君にはそんな未来を迎えて欲しくないって思ったのかもね。上手く言えないけど……自分の可能性を諦めて欲しくなかったのかも」


「私の可能性?」


「……ごめんね。いきなりこんなこと言って、訳が分からないよね」


 オリーは申し訳なさそうに頬を歪めた。どうやら彼はお母様の死から完全に立ち直っていないらしい。


 オリーの言いたいことはよく分からなかったけど、彼を慰めたくて私は元気な声を出す。


「大丈夫! 私にはこの香水があるもの!」


 小瓶を威勢よく振る。


「希望のスズラン! これがあれば、どんな逆境にも負けないよ!」


 集めた落ち葉をちりとりに入れた。


「さあ、この調子で、庭中を綺麗にしちゃおう! 次は……あの木立!」


 箒を片手に意気揚々と目的地に向かおうとする。


 けれど、オリーは「あそこはダメ!」と私の腕を引っ張った。


「木立には近づかないで!」

「どうして?」


 オリーの顔が蒼白になっているのに気付き、面食らってしまう。


「何か危ないものでもあるの?」


「そうじゃないけど……とにかくダメ。他の人たちにもそう言っておいて。……あっ、それから、円塔の一番上の部屋にもなるべく入らないでね」


 オリーは苦り切った顔だ。これ以上この話題を続けるのも苦痛だったのか、羽を顕現させると、どこかへ飛んでいってしまった。


 私は呆気にとられずにはいられない。


「木立と円塔の最上階の部屋……何があるんだろう?」


 行くなと言われれば足を向けてみたくなるのが人情というものだ。でも、オリーの辛そうな顔が好奇心に待ったをかける。彼にも触れられたくないことくらいあるだろう。だったら、ここはそっとしておいてあげるべきかも……。


「お嬢様、明日にでも屋根の修理に人を呼ぼうと思っているんですが」


 悩んでいると、使用人が声をかけてきた。


「このお城、所々雨漏りしてるみたいですからね。あの円塔の屋上も調べてもらわないと」


「円塔の屋上を? でも、あそこは入っちゃダメだって……」


「ですが、雨漏りを放っておくことはできませんよ! せっかくお城を直すんですから徹底的にやらないと!」


「うーん……」


 使用人の言うことももっともだ。だけど、オリーには注意されてるし……。


 困り果てる私を見て、使用人は不思議そうな顔になる。


「どうしてそんなに悩むんです? あそこが立ち入り禁止だというのなら、理由を教えてください」


「理由……」


 分からない。オリーは何も言っていなかったから。


 色々と考えた末、こう結論付けた。


「私、ちょっと行って見てくるね」


 オリーの話によれば危ない場所でもないらしいし、様子を見てきて、問題がなければ職人さんにも来てもらえばいいんだ。


 本当は入ったらダメな理由をオリーに聞く方がいいのかもしれないけど、あいにくと今彼はどこにいるのか分からない。だったら、こうするのが一番早いだろうと思っての決断だった。


 使用人と別れ、城内に入る。相変わらず忙しく働く皆の横をすり抜け、円塔の一番上まで続く階段を登っていった。


 すっかり息も切れて、足がガクガクし始める頃、ようやく最上階に辿り着く。深呼吸して、入室した。


「……何だ、普通の部屋じゃん」


 何があるのだろうとドキドキしていたから、ちょっと拍子抜けしてしまう。


 長年放置されていたせいでホコリが溜まり、調度品もボロボロになっていたものの、それ以外は何の変哲もない場所だった。あえて変わった点を挙げるとするなら、誰かの居室だったように見えることくらいだろうか。


 ギシギシと鳴る窓を開け、バルコニーに出る。端の方には、屋上に出る階段があった。


 職人さんには、これを使って上へ行ってもらうことになるだろう。……いや、その必要はないかな。この部屋、特に雨漏りしているようには見えないし……。

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