婚約破棄され、廃城へ(3/3)
「コンスタンツェ!」
突然玄関扉が開き、大声が広間にこだまする。三つの人影が床に長く伸びた。
「コンスタンツェ! お父様が来たぞ! もう大丈夫だからな!」
「お嬢様! ばあやですよ! 侍女のベラも一緒です!」
「早くお屋敷へ戻りましょう!」
大声を出しながらホールのあちこちを見回していたのは、よく見知った三人だった。
「コンスタンツェ!」
お父様が階段に腰掛けていた私を真っ先に見つけ、走り寄ってくる。
「無事だったか! 可愛そうに、こんなにびしょ濡れになって! さあ、家に帰ろう。温かい風呂を用意させるからな。お腹は空いてないか? 湯浴みが済んだら食事を……うん? 君は……」
お父様はオリーを見て怪訝な顔になる。ばあやとベラが「旦那様! お嬢様がいらしたのですか!?」と息を弾ませながらこちらへやって来た。
「ご無事でよかったです! こんな場所に一人きりで怖かったでしょう?」
「お嬢様は怖がりですからねえ。でも、もう何も心配いりませんとも。悪霊など、ばあやがやっつけてあげますよ」
お父様と違い、ベラとばあやはオリーの方を見ようともしない。いや、ひょっとしたら、見ようともしないんじゃなくて、見えていないって言った方が正しいのかな?
だって、オリーは妖精だから。誰にでも視認できるわけじゃないのかもしれない。
ただ、お父様にはオリーが見えているらしいけど。呆気にとられた顔で彼のことをジロジロ眺め回しているから。
「三人とも、来てくれてありがとう」
私はお父様たちに微笑みかけた。
「私は平気。オリーがいてくれたから、一人じゃなかったし。後、このお城には悪霊は住んでないんだって」
「オリー? それが君の名前か? 娘を守ってくれたとは……感謝してもしきれないな」
お父様がオリーに向かって深々と頭を下げる。オリーは照れたように「よしてよ」とピンクの髪を掻き上げる。
「……旦那様、一体誰と話しているのですか?」
ばあやとベラが怪訝な顔になる。やっぱり二人にはオリーが見えていないんだ。
「オリー、その羽、しまえるか?」
「分かった」
お父様の言葉に、オリーが頷く。彼の背中の羽がピンと伸び、一瞬にして消失した。それと同時に、まとっていた輝きも消え失せる。
「え、どういうこと!?」
「なんとまあ……!」
ベラとばあやは呆然となっていた。
「この男の子、一体どこから現われたの!?」
「まるで手品ですねえ!」
二人はトリックでも探すようにオリーの体にペタペタと触れる。……え、見えてるの?
「羽をしまった妖精なら、普通の人間でも見えるんだよ」
オリーが説明してくれる。「妖精!」とばあやたちが素っ頓狂な声を上げた。
「生きている内にそんなものにお目にかかれるとは!」
「人生何があるか分かりませんね!」
二人とも顔を見合わせて笑っている。素直な人たちだ。いや、忠誠心が厚いって言った方がいいのかな? 私やお父様が妖精の存在を否定しないから、彼女たちも受け入れようと思ったのかもしれない。
「さあ、早く帰ろう、コンスタンツェ」
お父様が私の肩を抱く。
「こんな廃墟にいつまでも私の娘を置いておけるか。お前だって、こんなところには一秒たりともいたくないだろう?」
「……あのね、お父様。そのことなんだけど……」
私はオリーの方をチラリと見る。彼はにっこりと笑った。その笑顔に勇気をもらった私はペンダントを握りしめながら、「私、ここに住もうと思うの」と言った。
「ここに住む!?」
お父様たちの声が裏返る。
「コンスタンツェ! 何を考えているんだ!」
「あんなバカ王子の言うことなんて、気にしなくてもいいんですよ?」
「お嬢様、お気を確かに!」
「私は正気だよ」
予想以上に取り乱す三人をなだめる。
「今までの私はずっとモーリス殿下にバカにされっぱなし、見くびられっぱなしだった。でもね、もうそんなのは嫌なの。私だってやればできるって思わせたい。悪霊に呪われるどころか、このお城で幸せに暮らしてるところを見せつけて、ぎゃふんと言わせたいの!」
「コンスタンツェ……」
お父様が目を丸くする。そして、私をぎゅっと抱きしめた。
「いつの間にかこんなに逞しくなって……! さすがは私とお母様の子だ!」
「強くなりましたねえ、お嬢様!」
「綺麗な花にはトゲがあると言いますもんね!」
どうやら三人とも、私の意見に賛成らしい。まあ、うちのお屋敷の人は皆私に甘いから、いずれはこうなる気はしていたけれど。
「……というわけでオリー、今日からよろしくね。あなたのお城に、私も一緒に住むよ」
隣の妖精に微笑みかける。それに対し、オリーは「こちらこそ」と嬉しそうに応じてくれたのだった。




