この程度ではめげません!(1/1)
ところが、言った傍から私は体調を崩してしまったのだ。
「コンスタンツェ、大丈夫?」
食堂で昼食をとりながら、気がかりそうにオリーが尋ねてくる。
「た゛い゛し゛ょ゛う゛ふ゛!」
サーモンのオゼイユソースをフォークで突きながら、ニコリと笑ってみせた。
でも、自分でもびっくりするくらいの鼻声だったから、オリーはすぐに私の体の具合が万全ではないと見抜いてしまったようだ。表情が曇る。
「災難だったね、風邪、引いちゃうなんて」
「ひ゛と゛は゛ん゛ね゛れ゛は゛、な゛お゛る゛と゛お゛も゛っ゛た゛ん゛た゛け゛と゛ね゛」
私が雨に打たれたのは昨日のことだ。その日の夜ぐらいから何となく体の調子が悪くなってきて、朝起きたらこうなっていた。ここのところ満足に休めていなかったから、抵抗力が落ちていたのかもしれない。
でも、熱は大してないし、起きていても辛くはなかった。ちょっとした鼻風邪ってところだろう。お医者様もそう言っていたし。
ただ、鼻が詰まっているせいで、料理の味もろくに分からないのは残念だった。そのため、いつもはもう少し味わいながら食べるのに、今日は早々と皿を空にすることになってしまった。
「婚約記念パーティーは明日だけど……欠席した方がいいんじゃない?」
「た゛め゛! て゛る゛!」
私は険しい顔を作った。
「わ゛た゛し゛、サ゛テ゛ィ゛ア゛の゛ゆ゛う゛し゛ん゛た゛い゛ひ゛ょ゛う゛と゛し゛て゛、す゛ひ゛ー゛ち゛を゛す゛る゛の゛! い゛ま゛さ゛ら゛た゛い゛や゛く゛な゛ん゛て゛、た゛の゛め゛な゛い゛よ゛」
私、サディアの友人代表として、スピーチをするの! 今さら代役なんて頼めないよ。
そう言ったつもりだったけど、伝わったかな? オリー、私が急に外国語で話し始めたみたいな顔になってるし……。
「でも、そんな鼻声じゃ、どの道皆の前で話なんかできなくない?」
やっとセリフの解読が終わったオリーがもっともなことを言う。
だけど、私は「た゛い゛し゛ょ゛う゛ふ゛!」と言い張った。
お医者様からお薬を処方してもらったし、今日はパーシモン探しを一時中断して、早く休むつもりだ。これで明日は少しはまともに喋れるようになっているだろう。というか、そうでないと困る。
「……止めても無駄みたいだね。あんまり無理しないでよ?」
私の決心が固いのを知ると、渋々ながらオリーも折れてくれた。彼も料理を食べ終わり、給仕係が空いたお皿を下げて、代わりに食後のお茶を持ってくる。
私の背筋に、言い知れぬ緊張が走った。
「こちら、お嬢様が摘んだドクダミで作ったハーブティーでございます」
給仕係がオリーのカップにお茶を注ぎ入れる。独特の香りがここまで漂って……は来なかった。私の鼻、絶賛故障中だから。
オリーがカップを傾けた。私はタイミングを伺う。まだだ、まだ……。
オリーがハーブティーを一口含んだ。癖のある味にもかかわらず、表情一つ変えない。どうやら、オリーには好き嫌いはないらしい。
オリーの喉が動き、お茶が飲み下される。私はできるだけ自然な口調を心がけながら話題を変えた。
「ね゛え゛、オ゛リ゛ー゛。あ゛な゛た゛か゛め゛を゛、お゛う゛し゛ょ゛に゛あ゛け゛た゛と゛き゛の゛こ゛と゛た゛け゛と゛……」
「またその話? だからそれは……」
オリーは当時のことを思い出しているのか、暗い顔になった。……今だ!
私は弾かれたように声を上げた。
「【 色 に 出でよ 】」
うわ、なんてめちゃくちゃな詠唱……。でも、体から魔力が放出される感覚があったから、不発ってわけじゃなさそうだ。
後は、オリーの記憶に入り込んじゃえばいいだけ……。
……のはずだった。でも、前のように視界が白く染まったりはしない。
その代わり、オリーの体は驚きを示す緑のオーラに包まれていた。
ということは、私の【色に出でよ】はちゃんと効いている。つまり、効果がなかったのは……。
「コンスタンツェ、妖精修業の次は、スリになる訓練かい?」
オリーが珍しく皮肉を言った。
「僕の記憶をかすめ取ろうとするなんてね。でも、面白い作戦といい手際だったと思うよ。スリなんて呼んじゃ失礼かな。怪盗って言った方がいいかも」
「オ゛リ゛ー゛、わ゛た゛し゛か゛な゛に゛を゛し゛よ゛う゛と゛し゛た゛か゛、わ゛か゛る゛の゛?」
「もちろんだよ」
オリーは愉快そうだった。彼のオーラは、喜びの黄色をしている。
「このハーブティーに入ってるドクダミ、この間僕が魔法をかけたものだよね? 君は前と同じことをしようとした。二つの魔法を組み合わせて、母さんの記憶を僕から引き出そうとしたんだ。だから、さっき母さんの話題を出したんでしょう?」
気まずい思いで頷く。上手くいくと思ったのにな……。何で失敗しちゃったんだろう?
その疑問に答えるように、オリーが続けた。
「【花のご加護を】はね、生花にしか効かないんだよ。だから、茶葉になった時点で魔法の効果は失われてしまうんだ」
「そ゛う゛な゛ん゛た゛……」
やっぱり固有魔法って、一筋縄じゃいかないみたいだ。オリーの【花のご加護を】にそんな秘密があるなんて思ってもみなかった。
もうこの奇襲作戦は使えない。だって、これからはオリーももっと用心するだろうし。
こっそりオリーの記憶を覗き見するのは諦めるしかないだろう。そうなってくると、彼の口から直接メアリアナ王女の話を聞くしかなくなるけど……。
「僕が話すことなんて何にもないからね?」
オリーが念押しするように言う。そして、カップに残っていたハーブティーを一気に飲み干し、食堂から出て行った。
「あ゛き゛ら゛め゛な゛い゛か゛ら゛ね゛!」
私はその背に向かって声をかける。
何としてでも、オリーとメアリアナ王女の間にあったことを突きとめてやるんだから!
失敗したことで、かえって決意は固くなった。そして私も、オリーの後を追って食堂から退室したのだった。