僕もコンスタンツェにプロポーズとかした方がいいのかな?(1/1)
「パーシモン~! そろそろ出てきてよ~!」
夏の庭を歩き回りながら、私は空に向かって声を張り上げる。
パーシモンがメアリアナ王女だったと発覚してから五日が経った。その間、私は一度もパーシモンの姿を見かけていなかった。
「パーシモンってば~! あなたが正体を隠してたこと、怒らないから~!」
ツルバキアの花が揺れる花壇の間を探しながら、どこにいるのかも分からない幽霊に必死になって訴えかける。
でも、返事はない。私はため息を吐いて、花壇の傍に座り込んだ。
こんな時、【色に出でよ】が使えればなあ……。彼女がどこにいるかなんて、お見通しなのに。
けれど研究を重ねる内に、【色に出でよ】にもいくつかの制限があることが分かってきたのだ。
例えば、術をかける対象との間に物理的距離がありすぎると、魔法は不発に終わるとか。
あの迷子くんを助けた時みたいに過去を見る場合はその限りじゃないけど、あれと同じことをするには、術をかける対象がいた場所をきちんと把握しておかないといけない。
しかも、そんなに遠い昔は再生できないらしかった。どうやら、最長でも一時間ほど前の過去しか覗き見できないようなのだ。
「コンスタンツェ、ばあやたちが呼んでたよ。明後日の打ち合わせだってさ」
オリーが声をかけてきた。私はスカートについた草いきれを払いながら立ち上がる。
明後日はこのお城で、王太子トリスタン様とサディアの婚約記念パーティーが開かれるのだ。メアリアナ城の城主として、それ何により二人の友人として、この宴は絶対に成功させたかった。
私はオリーと連れだって城へ戻る。オリーが「人間って、不思議なことを考えるよね」と言った。
「婚約なんてしなくても、一緒にいたい相手といればいいのに。わざわざ変な制度を作って自分を縛るなんて、窮屈に感じないのかな?」
オリーは理解不能といった表情だ。
前にクインが言っていたけど、妖精は自由を愛する生き物らしい。そんな彼にしてみれば、今回の婚約記念パーティーなんて、何を祝うためのものなのか全然分からないんだろう。
「誓いを立てておかないと、いざとなったら約束を反故にしちゃう人もいるからじゃない?」
「そんなの、『いざ』とならなくてもする人もいるでしょう?」
オリーは私の元婚約者のことを言っているらしかった。
「僕だったら、結婚も婚約もしなくても、相手が大切な人ならずっと傍にいるよ。人間はそれじゃダメなのかな?」
「ダメ……なのかもね」
「じゃあ、僕もコンスタンツェにプロポーズとかした方がいいのかな?」
「うーん、それは……って、えっ? オ、オリー、今なんて……」
「コンスタンツェにプロポーズする必要があるのかな、って言ったんだよ」
いきなりの展開に、心臓の鼓動が早くなる。
確かに、私は前にお父様に頼んでオリーを新しい婚約者にしてもらおうかなって考えたことがあった。
でも、まさかオリーの方からその手の話題を持ちかけてくるなんて……!
「で、でも、オリー、そういうのは、い、嫌、じゃないの?」
伸ばした前髪を撫でつけながら、しどろもどろな口調で尋ねる。
「妖精っぽくないじゃない。私、オリーが嫌なことはして欲しくないよ」
「嫌じゃないよ。コンスタンツェのためならね」
オリーがふわりと笑った。一つしかない赤紫色の瞳に、温かな光が宿る。
「でも、プロポーズのことはよく分かってないから、変な感じになっちゃったらごめんね」
「い、いいよ、そんなの!」
私は首をぶんぶんと振った。
「っていうより、もうプロポーズしてるみたいなものだと思うよ! だってオリー、大切な人とはずっと一緒にいたいとか言ってたし、私はこんなにドキドキしてるし、嬉しいし……」
「ああいう感じでいいの? こんなにあっさり終わっちゃうなんて、何だか拍子抜けだなあ……」
オリー目をパチクリとさせつつも、私の手を握る。心の内側がどんどんポカポカしてきて、私はすっかり浮かれた気分になってしまった。
ヒマワリ畑に咲く黄金の花が、風に吹かれ元気よく揺れている。まるで私たちを祝福してくれているみたいだ。
表情を緩めていると、オリーがこちらの顔を覗き込んできた。
「元気になったみたいだね。安心したよ」
「えっ?」
「ここのところ、疲れ気味に見えたからさ」
「疲れ気味……確かにそうかも」
最近の私は、暇さえあればパーシモンを探すために、城中を歩き回っていたんだ。夜遅くまでベッドに入らない日も多かったし、どうにも疲労が抜けきっていないというのは事実だった。
「でも、ちょっとくらい無理をしてでもパーシモンを見つけたいの。だってあの人はメアリアナ王女なんだから」
「僕は未だにピンと来ないなあ……」
パーシモンの正体については、すでにオリーにも説明済みだ。彼は難しい顔になる。
「母さんが幽霊になってこの城に住み着いてるなんて。もちろん、コンスタンツェを疑ってるわけじゃないけど……」
「……そうだよね。オリーにとっては受け入れがたい事実かもね」
私は小さく頷いた。
パーシモンは幽霊になった後もずっとオリーを見守っていた。でも、私の魔法でその姿が他人に見えるようになっても、オリーには会おうとしなかった。
今ならその理由が何となく分かる。パーシモンはオリーに罪悪感を抱いているんだろう。彼の目を無理に奪ってしまったから。オリーに合わせる顔がないと思っていたんだ。
「ねえ、オリー。やっぱり記憶を見せてよ。あなたがお母様にフェアリー・アイをあげた時の記憶を」
私は躊躇いがちにお願いした。でも、オリーは苦い顔になる。
「そんなの見る必要はないよ。前にも言ったでしょう?」
この頼みをするのは、今回が初めてじゃなかったのだ。オリーの過去の覗き見が成功したすぐ後にも、私は同じことを依頼していた。
でも、彼は絶対に首を縦に振ろうとはしなかったのである。
「僕のフェアリー・アイは母さんにあげたんだ。それで充分じゃないか」
「そんなことないよ。だって、当の本人のパーシモンが言ってたんだよ? メアリアナ王女はオリーから無理に目を奪った、って……」
何か冷たいものが頭に当たり、顔を上げる。その途端、にわか雨が激しく頬を打った。
「急ごう!」
オリーが私の手を引っ張る。二人して全速力で庭園を駆け抜けた。
でも、建物の中に入る頃には、私もオリーもずぶ濡れになってしまっている。
うう……濡れた服が気持ち悪い……。
「パーティーの打ち合わせはちょっと待ってもらおうか。着替えてきた方がいいよ」
「うん、そうする……」
服を着たままびしょ濡れになった私は、この城に初めて来た日のことを思い出していた。
随分とひどい嵐の晩だった。あれからまだ二ヶ月ちょっとしか経っていないなんて!
もうずっと前のことみたいに感じられるのは、私が当時とは全然違う人になったからだろう。
前はただ、目の前の困難に打ち負かされ、嘆いていることしかできなかった。
でも、今は違う。私は強くなったんだ。元婚約者の不正を暴き、正しい人が未来の王になれるように手を回し、友人の恋を叶えてあげ、まだ片方だけだけど、大好きな人の目を取り戻した。そんなことができるくらい、逞しくなったんだ。
スズランの香水が入った小瓶を握りしめる。
「オリー、この婚約記念パーティー、絶対に素敵なものにしようね」
「え……? うん、そうだね」
オリーは私が唐突にそんなことを言い出したものだから、ちょっと驚いていた。
その反応が何となくおかしくて、少し笑ってしまう。
「じゃあ、着替えてくるね。オリーもその服、どうにかした方がいいよ。私に負けず劣らずずぶ濡れだもの」
濡れた布地は、オリーの線の細い体にまとわりついている。彼はピンクの髪の先から滴を垂らしながら、「そうだね」と言った。
「お互い、風邪引かないようにね」
オリーは半ば冗談のような口調で私を労る。それに対し、私は「平気だよ」と返した。