聖母と悪女と騎士(4/4)
オリーの表情も随分と和らいできたから、早速さっきできなかった質問をすることにした。
「ねえ、あの剣は何だったの?」
「剣って?」
オリーはとぼけた顔をしたけど、私には彼がわざとはぐらかしているのだと分かった。
「木立の中にあった剣だよ! あれってパーシモンのでしょう? どうして彼の剣があんなとろにあるの?」
「パーシモン? 違うよ。あれは母さんの剣だ」
私の言葉が余程意外だったのか、オリーは演技も忘れて素に戻っていた。
一方の私は、怪訝な気持ちになる。
「メアリアナ王女の? そんなわけないでしょう? 私、この目で見たんだよ。パーシモンがあの剣を腰に差してるところ」
「パーシモンって幽霊だよね? 僕は彼のことなんて知らないよ。とにかく、あれは母さんの剣だ」
私たちの会話は平行線を辿る。オリーは当惑顔だったけど、多分私も似たような表情だろう。
「何でメアリアナ王女が剣なんか持ってるの?」
私はオリーの話の矛盾点を突っついた。
「そんなもの王女様に必要ないでしょう? パーシモンは騎士だからいるかもしれないけど」
あれ、パーシモンって騎士だっけ?
自分で言っておいて、首を傾げてしまう。格好からするに多分そうじゃないかと思っただけで、彼からその手の話を聞いたことは一度もなかったかもしれない。
「確かに母さんの身分は王女だ。でも、母さんにはあの剣がいるんだよ」
オリーの話はいまいち要領を得ない。何で離宮で妖精たちとほのぼの暮らしている女性に、剣なんていう物騒なものが必要だったんだろう?
いっそのこと、当時の状況をこの目で見られたらいいのに……。
そう思った途端にハッとなる。あるじゃん! この目で見る方法! 迷子騒ぎのせいですっかり忘れていたけど、私は元々そのためにオリーを探してたんだった!
「ねえ、オリー、これ……」
ポケットに入れておいたドクダミを取り出す。
「これにあなたの固有魔法をかけて欲しいの」
「どうして?」
「だって、ドクダミの花言葉は『白い記憶』でしょう?」
私は自信満々に言った。
「覚えてる? 私の【色に出でよ】で懐旧を現わすオーラは白色だったこと。オリーがこのドクダミに魔法を付与して、花言葉の『白い記憶』を現実のものにするでしょう? そこに私が【色に出でよ】を使う。そうすれば、オリーの過去が覗けると思うの!」
「う、うーん……?」
「ほら、【色に出でよ】のオーラって、術をかけた相手にまとわりつく感じで顕現するでしょう? つまり、魔法を付与した対象が記憶だったら、記憶にオーラが付着する。記憶は見えないけど、オーラなら私にも見える! 要するに、記憶が見えるってことだよ!」
「分かったような、分からないような……。でも、何で僕の過去を見たいの? そんな手間暇かけてまで、何を知ろうっていうんだい?」
「メアリアナ王女のことだよ」
私はかぶりを振った。
「私、色んな人からメアリアナ王女の話を聞いたけど、そのせいで彼女がどういう人なのか余計に分からなくなっちゃったんだ。だから、本当のメアリアナ王女が知りたいの。オリーのフェアリー・アイを探すために。……メアリアナ王女が悪者かどうかは置いておくとして、フェアリー・アイは一度は彼女の手元にあったことは間違いないんでしょう?」
「それはそうだけど……」
「お願い、オリー。私をメアリアナ王女に会わせて」
「……分かったよ」
オリーは困ったような顔になったけど、最終的には了承してくれた。
「でも、そんなに上手くいくかなあ?」
「大丈夫。さっき迷子くんを探した時に分かったんだ。私の魔法は、使い方によっては過去も見れるって。それに加えてオリーの力も借りるんだもの。絶対に成功するよ」
「……そうだね。コンスタンツェの能力はすごいもんね」
オリーは軽く笑った。
「分かった。やってみよう。【花のご加護を】」
オリーがドクダミを手のひらに包み込み、魔法をかける。彼の手から淡い光が漏れた。
「用意はいい? お母様のことを思い出して、オリー。【色に出でよ】」
私は魔法を放つ。途端に視界が白く染まった。その真っ白なオーラは私の頭の中で別人の記憶を……オリーの思い出を再現し始める。
「はっ、せやぁっ!」
「まだまだ!」
威勢のいい声が辺りに響く。
二人の男性が訓練用の木剣を片手に、剣戟を繰り広げているところだった。彼らがいるのはメアリアナ城の庭にある広場だ。
二人の周りには、戦いを見物するギャラリーの姿もある。
「負けるな、メアリアナ!」
「どっちも頑張れ~!」
白熱しつつも殺気立った感じはまるでないので、これは生死を賭けた戦闘ではなく模擬戦のようなものなんだろう。
それにしても、「負けるな、メアリアナ!」ってどういうこと? だって、戦ってるのはどう見ても王女じゃないのに。
一人は背の高い男性だ。派手な格好がアルストロメリアの花のよう。彼の右手の甲には翅脈を思わせる形のアザがついていた。フェアリー・マーク。妖精の証だ。つまり、この男性は妖精なんだろう。
もう一人はすんなりとした体付きの青年だ。もしかしなくても、パーシモンだよね? 何でオリーの記憶の中に彼がいるの? オリーはパーシモンのことなんて知らないって言ってたのに。
私の記憶通りに、パーシモンの腰からは細身の剣がぶら下がっている。ほら、やっぱりこれはパーシモンの剣じゃない!
それにしても、どうしてオリーはこの記憶を選んだんだろう。それとなく観察してみたけど、周りで声援を送っているのも妖精たちのようだったし、どこにも王女様らしき人なんていないのに。
でも、さっきギャラリーがメアリアナ王女の名前を出してたっけ。
「もらった!」
力強い声が響き、派手な男性の木剣が宙を舞う。パーシモンが彼の喉元に剣先を突き付けていた。
ギャラリーから、わっと歓声が上がる。
「いやあ、参った!」
男性は額の汗を拭きながら、爽快な顔で笑う。
「さすがだな、メアリアナ。あんたみたいな強い王女様はそうそういねえよ」
「当然だろう?」
パーシモンは自信たっぷりに笑う。
「ボクをそこいらのか弱いお姫様と一緒にしないでくれ。この剣さえあれば、ボクは神話に出てくる魔物だって倒してみせるよ」
パーシモンは不遜に言い放つ。
「さあ、一休みしたら遠乗りにでも行こう! 今日も、ボクが一番早く馬を走らせてみせるからな!」
パーシモンは私を……というよりオリーの方を見て、「君も来るよな?」と言った。
「この間みたいに、また母さんが後ろに乗せてやろう。いや、飛んでいく方がいいかな? 妖精はいいよな、羽が生えていて。ボクにも翼があれば、もっと自由になれるのに……」
パーシモンの声が遠くなり、私は一瞬にして現実に引き戻された。オリーには術の成功の可否は分からなかったらしく、神妙な表情でこちらを見ている。
「パーシモンだったんだ!」
まだ動揺が収まらない私は、いつもの倍くらい高い声を上げた。
「パーシモンがメアリアナ王女だったんだよ! オリーのお母様はパーシモンだったんだ!」
「コンスタンツェ、何を言ってるの?」
オリーは小首をかしげる。
「記憶はちゃんと見られたの? それから、僕の母さんはメアリアナ王女だよ」
「そうだけどパーシモンでもあるの!」
私はすっかり興奮してしまい、満足な説明もできなかった。
「でも何で? 何でパーシモンは何も言ってくれなかったの? 偽名まで使って正体を隠したりなんかして……」
低い声で呟く私の目に、円塔が飛び込んでくる。
「こうなったら、直接聞いた方が早いよね!」
建物へ向かって猛スピードで駆け出した。後ろでオリーが「どうなってるの!? 事情を教えてよ!」と困惑した声を出していたけれど、それに答える余裕なんて、とてもじゃないけどなかった。
オリーのフェアリー・アイを持って行ったのはメアリアナ王女。そして、メアリアナ王女はパーシモンだった。
だったら彼……彼女なら、フェアリー・アイの行方を知っているに違いない。
そんな確信が、私を突き動かしていたんだ。