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妖精修業、開始します!(2/3)

 円塔の最上階の部屋は、以前来た時と少しだけ変わっていた。


 誰かが掃除したのかホコリが全くなくなっていたのだ。それに、調度類にも修復が施され、一応は使えそうな状態になっていた。


 古いんだから捨てちゃえばいいような気もするけど、オリーがダメって言ったのかな?


 空気を入れ換えようと窓を開けた時も、前と違ってギシギシ鳴ったりしなかった。ここも直してもらったみたい。


 この状態なら、落ち着いて修行ができそうだ。


 さて、瞑想を開始しますか……。


「空の彼方まで飛んでいかなくてよかったな」


 耳元で声がして、私は飛び上がって驚いた。聞き覚えのある声色だ。


「パーシモン! いきなり声かけないでよ! びっくりするじゃん!」

「ボクに足音を立てろと? それは無理な相談だ」


 パーシモンが困ったように言う。彼は幽霊なんだし、その言い分も分かるけど。


「『空の彼方まで……』って、もしかして私の飛行訓練、見てたの?」

「ああ。オリーに抱きしめられて、嬉し泣きしてたな」

「あれは怖くて泣いてたんだよ」


 恥ずかしくなり、ちょっと頬を膨らませる。


「からかいに来たんなら、あっち行ってて。私、今頑張って固有魔法を習得しようとしてるところなんだから」


「別にからかおうっていうんじゃないよ」


 パーシモンは気を悪くしたように言った。


「ボクはただ、君の手伝いができればと思ったんだ」


「お手伝い?」


「ボクはオリーが固有魔法を習得するところも近くで見ていたからね。その経験が何か役立つんじゃないかと思って」


「そっか! パーシモンって、メアリアナ王女がこのお城にいた頃からの古株だもんね!」


 私は声を弾ませる。


「オリーはどんな風に固有魔法の練習をしたの? やっぱり瞑想?」


「ああ。ずっと黙りっぱなしだったからよっぽど集中してるのかなと思ったら、実は寝ていたんだ」


「あははは。私と同じだ」


 居眠りは誰でも通る道なんだと分かり、何となく愉快な気持ちになってくる。それに、ちょっと安心もした。


「よかった。私の固有魔法、本当に【どこでも寝られるグッスリ・スヤスヤ】じゃなくて。それじゃあ、あんまり使い道とかなさそうだもんね」


「【どこでも寝られるグッスリ・スヤスヤ】? 何だ、それは?」


「こっちの話!」


 私は笑いながらかぶりを振った。パーシモンは立ち聞きのプロだ。でも、この城で交わされた全ての会話が彼に筒抜けというわけではないらしい。


 パーシモンはまだ少し不思議そうな顔をしている。


「とにかく、固有魔法の習得方法は人によって向き不向きがあるんだろう。君やオリーには、瞑想は向いていないようだな」


「そうらしいね。じゃあ、他にはどんな訓練をすればいいと思う?」


「そうだな……」


 パーシモンは思案するような声を出した。


「一説によれば、固有魔法は何かのきっかけがないと発現しないそうだ。強く感情を揺さぶられる出来事とか、どうしても叶えたい願いとか。そういうのがあって初めて、自分だけの魔法が使えるようになるらしい」


「じゃあ、オリーもそうだったの?」


「ああ」


 パーシモンは楽しげな口調だ。


「オリーはよく言っていた。『僕の固有魔法は、母さんを喜ばせられるようなのがいいな』と。そして、その通りの術が使えるようになったんだ」


「オリーの固有魔法【花のご加護をウィスパリングペタル】は、花言葉が現実になるんだよね」


「自由に魔法が使えるようになったオリーは、すごくはしゃいでいた。『この力があれば母さんのお願い、何でも叶えてあげられるよ』って。その様子を見ている内に、ボクまで嬉しくなってきたよ」


 パーシモンはどこか懐かしそうな口調になっている。温かな声色だ。それだけ、彼はオリーに好感を持っているんだろう。


「オリーにもパーシモンが見えたらいいのにね」


 私は少し残念に思いながら言った。


「こんなに近くにいるのに今まで存在すら知らなかったなんて、何だか寂しいよ」

「どうだろうな。ボクは所詮しょせん幽霊だ。オリーの前に現われるべきじゃないと思う」

「オリーは種族の違いなんて気にしないらしいよ」


 あれは私に向けた言葉だったけど、パーシモンが相手だってオリーは同じことを言うような気がした。ただし、全く同じ意味合いにはならないだろうけど。二人の間に友情以上の感情が生まれてしまったらすごく困る。


「だったら、幽霊だって受け入れてくれるよ。……それに、私とはお喋りしてるじゃない。だったら、オリーと仲良くしたって変じゃないよ」


「……君は優しいことを言うんだな。もし触れることができるのなら、頭でも撫ででやりたいよ」


「やってみてもいいよ」


 私はちょっと体を傾ける。そして、頭頂部に意識を注いだ。


 そのまま、五秒ほど同じ姿勢で固まっている。その後、「今、撫でてる?」と尋ねた。


「撫でてるよ」

「そっか……」


 やっぱり幽霊に触られても何も感じないんだ。当たり前のことだけれど、何だか胸が痛い。


「パーシモンはさ……。悲しくなかった? 今まで誰にも気付いてもらえないで、ずっと一人で……」


「……平気だよ。幽霊なんて、そんなものだし」


 そう言いつつも、パーシモンの声はあんまり「平気」そうじゃなかった。私は視線を落とす。


「でも、パーシモンだって生まれた時からずっと幽霊だったわけじゃないでしょう? また人間に戻って、普通の生活がしたいって思ったことないの?」


「普通の生活? このボクが?」


 先ほどまでのしんみりした口調から一転し、パーシモンはあざ笑うような声になっている。


「そんなことは全く思わない。むしろ、幽霊になれてよかったさ。これでやっと、解放されたんだから」


「……パーシモン?」


 彼の声は不自然なほど甲高くなっている。その裏側にある肌を刺すような激情に、私は目を見張った。口の中に石でも詰め込まれたように、一瞬呼吸が苦しくなる。


「ボクは人間として生まれるべきじゃなかった。初めから幽霊ならよかったんだ。だってボクはおかしいんだから。皆とは違う。皆みたいにはなれない。それでもボクは、ボクは……」


「パーシモン!」


 彼の声があまりに辛そうで、それ以上は聞いていられなかった。喉の奥にある固まりを吐き出すように、彼の名前を大声で呼ぶ。


 その瞬間、私の内側から何かがほとばしり出た。


 その「何か」は、青いオーラとなって辺りに漂う。それが一カ所に集まり、すんなりとした人型になった。


 小柄ながらもすらりとした体で颯爽と軍服を着こなし、腰には細身の剣を下げている。ブーツに包まれた脚は、地面から少し浮き上がっていた。


 私は呆然となった。目の前にいる人をまじまじと見つめる。


 全く知らない青年だ。でも、私はその正体を直感する。


「パーシモン……だよね?」

「……ボクが見えるのか?」


 パーシモンは目を丸くしながら、自分の体をあちこち眺め回している。


「このオーラ……コンスタンツェがやったのか?」

「分かんないけど……多分、そうだと思う」


 夢でも見ているような心地で、おずおずと頷く。


「体の奥の方からね、何かが溢れ出てくる感覚がしたの。それが私の体の外に出た時にオーラになって、それで、パーシモンの姿が見えるようになったんだ」


「なるほど……」


 パーシモンは幽霊らしい体の重みを感じさせない動きで私の周りを回る。彼の仕草を目で追いながら、私はパーシモンの容姿をじっと観察した。


 雰囲気は、良家出身の新進気鋭の青年将校といったところだろう。こざっぱりとした見た目で、髪は短く刈り込まれている。


 顔立ちは中性的だけど、男前とはちょっと違うかな。そう表現するには、女性的な柔らかさが強すぎる造形だから。彼のハスキーな声によく似合う容貌だ。


「これは君の固有魔法だろうな」


 私がパーシモンを観察している傍ら、彼は起こったことを冷静に分析していた。


「君は人の感情が色彩を伴うオーラになって見える力を身につけたんだ。……【色に出でよパレットオブハート】。それがコンスタンツェの固有魔法の名前だよ」


「何でそんなことまで分かるの?」


「言ったろう? ボクはこの手のことには勘が働くと」


 パーシモンは得意げだった。


「さっきまで全然だったのに……固有魔法って、こんなにいきなり使えるようになるものなんだね」


「『きっかけ』があったんだろう。魔法が顕現する直前、君は何を考えていた?」


「……パーシモンを何とかしてあげたい、ってことかな」


 私は少し目を伏せる。


「だってすごく辛そうだったから。でも、無理をしてそれを隠しているように感じられた。だけど……そんな風に嘘を吐いて欲しくなかったんだ」


「……つまり、君の魔法は嘘を見破る効果もあるということか」


 パーシモンは私から目をそらす。


「どうやら君の前では本当のことしか言えなくなってしまったようだな。……困った子だ、コンスタンツェは」


 パーシモンは苦笑いしながら、私の頭を撫でてくれた。


 やっぱり何も感じない。でも、彼の姿が見えるようになったことで、先ほどのような遣る瀬なさが心に浮かんでくることはなかった。


 それに、パーシモンの声色も和らいでいる。彼の懊悩の原因がどこにあるのかは分からないけど、身を焦がすような激情は過ぎ去り、少し気持ちが落ち着いたらしい。


「オリーたちに固有魔法が使えるようになったこと、報告してこないと」


 パーシモンを見ながら笑顔で言った。この魔法が少しでも彼の役に立てばいいと思う。術を使ってお母様を喜ばせようとしたオリーも、きっとこんな気持ちだったんだろう。


「パーシモンも一緒に来て!」


 意気揚々と部屋を出る。


 円塔の長い階段を弾む足取りで駆け下り、中庭でオリーとクインを発見した。


「二人とも! 私、固有魔法が使えるようになったよ!」


「えっ、もう?」


「随分早かったな。俺たち今、スズランの姉ちゃんのこと話してたんだぜ? 習得するのにどれくらいかかるだろうな、って」


「パーシモンが手伝ってくれたの!」


 私は満面の笑みで後ろを振り返る。けれど、そこには誰もいない。てっきり、青いオーラに包まれた彼の姿があると思ったのに……。


「パーシモンって、このお城に住んでる幽霊のことだっけ」

「うん。さっきまで一緒だったんだけどな……」


 どこ行っちゃったんだろう? せっかくオリーに会うチャンスだったのに……。


 不可解な気持ちになっていたけど、クインが楽しげに「で、どんな魔法なんだよ?」と聞いてきたから、物思いは断ち切られた。


 パーシモンのことは、一旦は置いておくことにしよう。別にオリーに会うのは今じゃなくてもいいし、その内にまた機会も巡ってくるだろう。

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