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本当に私は特別な存在だったようです(1/2)

「じゃあオリー、フェアリー・アイを嵌めてみせて」


 メアリアナ城の庭園。お気に入りのカモミールのベンチに座った私は、隣のオリーをドキドキしながら見守る。


 モーリス殿下とその母親の悪事を暴露したご褒美として私が要求したのはただ一つ。このメアリアナ城の所有権だった。


 ここは元々、モーリス殿下が嫌がらせで私に押しつけた離宮だ。でも、私はこのお城がすっかり気に入ってしまった。だから、これからもここに住めたらいいなって思ったんだ。


「分かった」


 オリーがモーリス殿下の指輪から宝石を外した。


 本当ならこの指輪も国王陛下に返すべきなんだろうけど、陛下はもうこんなものは見たくもないらしく「好きにしてくれ」と言って私にくれたんだ。


 オリーはフェアリー・アイを自分の右目に近づける。すると、宝石が自然に瞼の中に沈み込んでいった。


 オリーはそのまま三秒ほど瞑目めいもくしている。そして、ゆっくりと目を開けた。


「わあ……」


 キラキラと輝く、赤紫の瞳。虹色の煌めきを内包した妖精の目。


 その美しい光の中に私の姿が映っていることに、心が弾むような心地がした。なんて綺麗なんだろう。クインは妖精の目は皆同じだって言ってたけど、私には分かる。オリーの目は他の誰よりも華やかだ。


「すごく素敵だよ、オリー。思わず見とれちゃった。……はい、これ」


 オリーにベルベットでできた黒い眼帯を渡す。


「左目が戻ってくるまでの間はこれを使って。片目をずっと閉じてるの、大変でしょう?」


「ありがとう、コンスタンツェ」


 オリーは素直に受け取って眼帯をつける。ちょっとワイルドな雰囲気になった。こういう彼も悪くないかも。


「目なんてなくても平気だと思ってたけど……。やっぱりこっちの方がしっくり来るね。君の喜ぶ顔も見られたし」


「この調子で、もう一個の目も見つけないとね!」


 私は張り切る。


「どこへ行ったんだろう? オリーは、もうこのお城中探したんだよね? だったら、別の場所にあるのかな?」


「どうだろうね……」


 オリーが難しい顔になった。


「母さんはメアリアナ城が好きだったから、フェアリー・アイをしまうなら多分ここだと思うよ。それに目をあげた時の状況から考えても、余所に持って行ったとは考えにくいし……。もしかしたら、僕じゃ見つけられないような場所にあるのかもね」


「それって隠し部屋とか? それか、秘密の通路なんかがあるってこと?」


 何だか宝探しをしているような気分になってきた。今まで誰も訪れたことのない、知られざる空間。神秘的なメアリアナ城になら、そんなものがあってもおかしくない気がする。


「おーい、スズランの姉ちゃん!」


 元気な声がして、クインが春の庭にやって来る。


「姉ちゃんに会いたいっておやじが来てるぜ!」

「お客さん? 今日は庭園の一般公開はしてない日だけど……」

「でも、会いたいんだってさ」

「分かった。ちょっと行ってくる。……オリー、また後でね」


 オリーに手を振って、客間へ向かう。


 てっきり見知らぬ男性がいるかと思ったのに、ソファーに座っていたのはお父様だった。


 ……まあ、確かに「親父おやじ」ではあるけどね。


「ああ……! 私の可愛いコンスタンツェ!」


 お父様は私の顔を見るなり、熱烈にハグしてきた。


「夜会で起きたこと、聞いたぞ。王子たちの不正を暴いたんだってな。早速お母様のお墓にも報告してきた。とても勇気ある行為だったな。さすがは私とお母様の自慢の娘だ。お父様は本当に本当に……」


 感動で声が出なくなったのか、お父様はそれ以上は何も言わない。ただ私の背中をポンポンと叩いただけだ。抱擁を解いた時、お父様の目には涙が光っていた。いつもながらに大げさなんだから……。


「私を褒めるために、わざわざここまで来たの?」


 やっと落ち着いてきたお父様をソファーに座らせる。お父様は「それもある」と頷いた。


「だが、今日はもっと重要なことを伝えに来た。ずっと言えなかったことを、な。しかし、もう教えても問題ないだろうと判断した。お前は変わりつつあるからな。自信に満ちて、堂々と振る舞えるようになった。あの王子を打ち負かしたのがその証拠だ」


 お父様の口調は真剣そのものだった。私は自然と居住まいを正す。一体何を聞かされるのか、緊張で胃がキュッとしぼんだ気がした。


「実はな……コンスタンツェ。お前には妖精の血が流れているんだ」

「……?」


 お父様の告白はあまりにも突拍子もないものに感じられて、しばらくの間、私はぽかんとしていた。


 妖精の血が流れている? この私に?


「コンスタンツェ、お前のお母様は妖精だったんだ」


 私の反応を探るような表情で、お父様は話を先に進める。


「当然その子どもであるお前も、普通の人間ではない。お前が小さかった頃は、本当に驚きの連続だったな。知っていたか? 妖精の赤子というのは、花の蜜しか飲まないんだ。お腹が空いて泣くお前にハチミツを飲ませてやろうとしたお母様を見た時、私は本当に……」


「あの、お父様」


 思い出話に花を咲かせ始めるお父様の言葉を、私は急いで遮った。


「それって何かの冗談だよね? 私、妖精なんかじゃないよ。羽も生えてないし、魔法も使えないし……」


「それはな、お母様がお前の力の一部を封じたからだ」


 お父様がふう、と息を吐く。


「それがお母様の固有魔法だった。他人の能力を封印できるんだ。例えば、声を封印された者は喋れなくなる。愛情を封印された者は、誰にも好意が持てなくなる。そして……」


「妖精の力を封じられた者は、自分が人間だと思い込むようになる……?」


 続きを引き取る。お父様は「その通りだ」と頷いた。


「だが、お母様の魔法発動には条件があって、封印と同時に、その解除方法も設定しなければならないんだ。お前にかかっていた封印の解除方法は、『自分に妖精の血が混じっていると知ること』だ。つまり、私が真実を話したことによって、お前にかかっていた封印はもう解けたんだ」


「ちょ、ちょっと待って!」


 話が急すぎてついていけずに、私は頭を押さえる。


「じゃあ、今の私は羽を生やせるってこと? それに、魔法も使える? そんなバカな。いくらお父様の言葉でも、そんなの信じられない……」


「コンスタンツェ、お前は特別な子だ。昔からずっとそう言ってきただろう?」


 お父様が諭すような声を出す。


「自分でもそう感じたことはなかったか? 王子の魔法はお前には効果がなかった。その理由を考えたことは? それはお前が半分妖精だからだ。妖精にはフェアリー・アイの力は効かないんだろう?」


「それは……そうだけど……。……あっ、でも……フェアリー・アイ?」


 妖精の至宝の名前を出され、私はおかしなことに気付く。 


「妖精の目は皆同じ色をしているって聞いたことあるよ。だけど、私の目は緑色。じゃあ、やっぱり私は妖精じゃないと思うけど」


「いや、お前は妖精だよ。ただし、半分だけだ。お母様が言うには、半妖精なんだから、純粋な妖精と全てが同じにはならないかもしれないとのことだった。ただ、半妖精というのはあまり数が多くないから、よく分かっていないことも多いそうだ。ちなみに、お母様の目は赤紫色だったよ」


「そういえばそうだったね……」


 実家にはお母様の肖像画もあるから、そのことは私も知っていた。


 でも、絵画じゃあの宝石のように煌めく瞳は再現できなかったんだろう。だから、私はお母様の絵とフェアリー・アイを結びつけて考えたことは一度もなかった。


 お父様にしてもそうだったのかもしれない。まさかモーリス殿下の指輪が亡き妻の瞳と同類だなんて、想像もしていなかったんだろう。だから、妖精と誰より近しい関係だったにもかかわらず、殿下の魔法を見抜けなかったんだ。


「今まで黙っていて悪かった、コンスタンツェ。だが、お前には準備をする時間が必要だと思ったんだ。お前が自分を特別だと受け入れられるようになるまでの時間がな。これは、お母様と話し合って決めたことだ」


 お父様はどこか悲しそうにも見える顔になる。


「お母様がもし健在なら、魔法の使い方だの何だの、妖精の先輩としてコンスタンツェに指導してやることもできただろう。だが、お母様はお前が物心つく前に病にかかり、先が長くない体になってしまったんだ」


 お父様の顔は暗い。お父様はお母様のことが本当に好きだったんだろう。お母様が亡くなってからもう随分経つのに、今でもこんなに辛そうな表情をするんだから。


「このままだと、特異な力を持つ娘を人間社会に一人だけ残してしまうことになる。そんなことになるくらいならその力を封印して、お前が自分の特別な立場を受け入れられるほどに成長するまで、このことは隠し通す方がいいと思ったんだ。妖精が人間に混じって生活をするのは、大変なことだから」


「大変?」


「お母様はいつも言っていたよ。『人間の社会は変な決まりばかりだ』と。そのせいで、私とお母様は何度もお別れを考えたものだ。まあ、実現はしなかったが。離れ離れになるには、愛し合いすぎていたから。そう……突然現われた謎の女性を訝しむ周囲を少々強引にねじ伏せ、彼女との結婚を強行するくらいにはな」


「……やっぱり、まだ信じられないよ」


 お父様から色々と話を聞かされても、どうも実感が持てなかった。


 確かに妖精は私にとって身近な存在だ。でも、それとこれとは別。いきなり自分が妖精だなんて言われても、あっさりとは受け入れられない。


「何もかもが突然すぎるもの。大体、もう妖精の力が戻ったなんて言われても、全然前と違う感じがしないし……」


 私は手を閉じたり開いたりしてみる。だけど、体から力が湧き出てくる! なんてことは全くなかった。


「すぐには理解できない気持ちも分かる。だが、お前が半妖精であることは間違いないんだ。コンスタンツェ、お前のここにはアザがあるだろう」


 お父様が左のまなじりの辺りを指で軽く押さえる。


「実は、あのアザは妖精なら誰にでもついているんだ。フェアリー・マークというらしい」


「えっ、そうなの!?」


 意外なことを聞かされ、私は目を見開いた。


「お母様にも同じアザがあった。といっても、お母様のは足首についていたが。どうやらどこにアザが現われるかは、個人差があるらしい。オリーたちにもあるだろうから、聞いてみるといい」


「う、うん……」


「あのアザは羽をしまっている時だけ体に浮かんでくるんだ。いわば、羽の収納場所みたいなものか。よく見ると、翅脈しみゃくのような形をしているだろう?」


 翅脈。昆虫の羽についてる筋みたいなもののことだ。


「分かっただろう、コンスタンツェ。お前のお母様は妖精。お前には、半分妖精の血が流れているんだ」

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