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スズランの毒をお見せいたしましょう。断罪される覚悟はできましたか、王子様?(1/1)

 私たち一行は馬車に揺られ、王城へと辿り着く。サディアからもらった招待状を受付係に見せると、難なく夜会の会場である大広間への入場が許可された。


 ここはモーリス殿下の誕生日会が開かれていたのと同じところだ。彼にとっては嬉しくない巡り合わせだろう。かつて婚約者に追放を言い渡したのと同じ場所で、今度は自分が破滅を宣告されるのだから。


 私は左右にオリーとトリスタン様を従え、二人にエスコートされながら広間を進む。先導してくれているのは、クインとサディアだ。


 モーリス殿下がどこにいるのかはすぐに分かった。いつもみたいに、会場の中心で威張り散らしたり、お世辞を言われて気をよくしたりしている。


 ただ、どれだけ上機嫌ではあってもその顔色はあまりいいとは言えない。時々、落ち着かない仕草で胸の辺りをさすっている。


 私は仲間たちと共に、臆することなくモーリス殿下に近づいていった。一歩踏み出すごとに興奮が強くなっていく。


 私の存在を認めた周囲の人たちは、驚きを隠そうともしていなかった。お喋りをピタリとやめ、戸惑うような視線を向けてくる。


 モーリス殿下も、皆が急に黙り込んだことに気付いたらしい。怪訝な顔で辺りを見回し、その拍子に私を発見して目を丸くした。


「コンスタンツェ?」


 モーリス殿下は、廊下に落ちているゴミを踏んでしまったような顔になっていた。


「何故ここにいるんだ。お前を呼んだ覚えはないぞ」

「でも、私は正式なお客さんです」


 仲間たちの分も含め、招待状をヒラヒラと振ってみせる。モーリス殿下は信じがたそうな表情になった。そして、私の同行者に目を遣る。


「誰だ、そいつらは」

「私の協力者です。オリー、クイン、サディア、トリスタン様」

「トリスタン!?」


 モーリス殿下は素っ頓狂な声を上げた。トリスタン様がふんと鼻を鳴らす。


「久しぶりだな。まだわたしのことを覚えていたとは意外だ」

「お前、何故ここにいるんだ! 母上が王宮から追い出したはずなのに……」


 モーリス殿下は私に向けたのと同じセリフをトリスタン様に吐いた。元々悪かった顔色が、今では土気色に変わっている。


 どうやらこの人は自らの罪を自覚しているらしい。


 自分の地位は不当に得たものだということも、本来なら王太子の座にはトリスタン様が就いていなければならないということも、皆分かっているのだ。


 でも、モーリス殿下はやっぱり悪人だ。たとえ罪だと理解していても、せっかく手に入れたものは手放したくないと思うほどには強欲なのだから。


「感動の再会を邪魔して申し訳ありませんが、トリスタン様との面会はまた後で。まずは、私からお話があります」


 トリスタン様がサディアと一緒に下がる。後には私とオリー、そしてクインが残った。


「俺はお前たちに話なんかない」


 モーリス殿下はぶっきらぼうに言い捨て、身を守るように指輪を嵌めた手を胸元に宛がった。


「さっさと出て行け!」 


 シャンデリアの明かりで、指輪についた宝石がウインクするように光る。


 この光だ。この光が、皆をおかしくさせてるんだ。


 まあ、私たちにはその魔性の力は通用しないけど。


「残念でした~」


 クインが意地の悪い笑みを浮かべる。


「妖精にはなあ、効かねえんだよ、その宝石……フェアリー・アイの力は!」

「な、何……!?」


 モーリス殿下は指輪のついた手をもう片方の手で握りしめる。


「それに、スズランの姉ちゃんにもな。それはあんたもよーく知ってるだろ?」


「君が持っているフェアリー・アイは、元々は僕のものだ。そろそろ返してもらおうか」


 オリーの言葉に、モーリス殿下はギクリと身を竦ませる。だが、言う通りにする気配はまるでない。浅い呼吸を繰り返しながら、私たちの方を怯えた目で見ている。


「あなたはもう終わりです、モーリス殿下」


 私は静かに言い放った。


「いいえ、『殿下』なんて呼ぶのはおかしいでしょうか。だってあなたは、王子じゃないんですから」


 私の言葉に、静かだった会場中に困惑のざわめきが走る。モーリス殿下は我に返ったようで、「聞くな!」と声を張り上げた。


「やめろ、皆出て行け! この女の言っていることは嘘だ! こいつは嘘吐きの……」


「嘘吐きはあなたの方です!」


 モーリス殿下の魔法で皆が操られない内に、私は彼の言葉を遮った。


「あなたは国王陛下の子どもじゃない! その宝石も人から盗んだものです!」


 私はフェアリー・アイを指差す。


「二十年ほど前、メアリアナ城にある男女がやって来ました。みすぼらしい身なりをしていて、どうやら田舎から出稼ぎに来た農民の夫婦のようでした。でもお金がなく、仕方なしに人の住んでいなさそうな建物に……メアリアナ城にこっそりと泊まることにしたらしいです」


 皆の視線が私に集まってくるのを感じる。大広間中に聞こえるように、大声で続けた。


「その女性は、城を探索中にあるものを見つけました。とっても価値がありそうな紫がかった赤い宝石です。そして間もなく、彼女はそれがただの綺麗な石ではないと気付きました。他人を意のままに操る効果があるのです」


 当然、彼女はその宝石を利用しようとした。


「彼女は夫を捨て、宝石の力で、ある大貴族の養女となりました。その縁を使って王宮に伺候しこう。そのまま国王陛下とお近づきになり、妾となったのです」


「バカな! どこにそんな証拠があるんだ!」


 モーリス殿下がわめく。


「俺の母は貴族の出身だ! それを田舎の農民だの何だのと……! 処刑されたいのか、不敬な輩め!」


「証拠ならありますよ。当時メアリアナ城に泊まった夫婦の会話を聞いていた人がいますから」


 私はオリーにちらりと視線を送る。


「こうしてめでたく陛下の愛人となった彼女は、ある嘘を吐きました。お腹にいた赤ちゃんを、王の子だと偽ったのです。本当の父親は元夫なのに」


 ――あたしたち、いつまでこんな貧乏暮らしを続けなきゃならないのさ! あたしの腹にはあんたの子がいるんだよ! 何とかしな!


 モーリス殿下のお母様がメアリアナ城に泊まった際、そう言うのをオリーが聞いていたのだ。


「その嘘は見破られませんでした。彼女は魔法の宝石を王からもらった指輪にはめ込み、邪魔な先々代の王妃様とその子どもを城から追い出して、我が世の春を謳歌します。まあ、それも亡くなるまでは、ですが。……ここから先は私の推測ですが、彼女は死の直前に殿下に自分の秘密を言い残したんじゃないですか?」


 モーリス殿下の肩がギクリと強ばる。どうやら図星らしい。


「殿下、本当は知っていたんでしょう? お母様が実は泥棒だったこととか、自分は血統を偽っていることとか。でも、これは初耳ですよね? フェアリー・アイを使う度に、使用者の命は削られていくんですよ」


「くだらないことを言うな!」


 大人しくしていたモーリス殿下の我慢も、とうとう限界を迎えたらしい。ギラギラ光る落ちくぼんだ目で私を睨みつける。


「お前は俺を陥れようとしているんだ! 皆、騙されるな! 嘘を吐いているのは俺ではなく、この女の方だ!」


 モーリス殿下がうるさい虫でも追い払うように、指輪を嵌めた手で辺りの空気を払う。フェアリー・アイが妖しい輝きを放っていた。


「悪いのはこいつだ! コンスタンツェだ! 俺じゃない! こいつをつまみ出せ! つまみ出して、処刑してしまえ! 二度と俺にそんな口をきけないように……」


 モーリス殿下が苦しそうに体を二つに折る。心臓の辺りを服の上から押さえつけながら、脚を震わせた。


「……モーリス殿下?」

「や、やめろ……近づくな……」


 歩み寄ろうとする私に対し、モーリス殿下は恐怖に駆られた声を出す。


「やめてくれ……。俺は王子なんだぞ……。おう、じ……」


 モーリス殿下が床に倒れ伏す。私は慌てて駆けよって、彼の手首に指を当てた。そして、小さく首を振る。


「……死んでる」


 もう手遅れだった。彼はフェアリー・アイの力を使いすぎたのだ。


 私はモーリス殿下の手から指輪を抜き取り、オリーとクインの方に戻った。それと入れ違いで、今まで呆然と事態を眺めていた周囲の人たちが、すでに動かなくなった殿下の元へ慌てて駆け寄っていく。


「行こうか」

「うん」

「おう」


 オリーとクインは言葉少なに頷く。会場を出ようとする私たちに、トリスタン様とサディアも合流した。


 こうして私の復讐劇は幕を閉じたのだった。元婚約者の死亡という、思ってもみなかった締めくくりによって。



 ****



 モーリス殿下の死後、新しく王太子の地位に就いたのは当然のことながらトリスタン様だった。ううん、「新しく」じゃなくて「あるべきところへ戻った」って言うべきなのかもしれないけど。


 あの夜会の後、すぐに国王陛下は人を遣って前王妃様について色々と調べたらしい。その結果、私の話は全て本当だと判明した。衝撃を受けた陛下はトリスタン様に泣いて謝り、彼のお母様も王宮に呼び戻したそうだ。


 その様子は、まるで憑き物が落ちたかのようだったという。事実、その通りだったのだろう。モーリス殿下とその母親が二代にわたってかけ続けた悪い魔法から、国王陛下はやっと解放されたのだ。


 モーリス殿下の死を悼む者は誰もいなかった。葬儀すら行われず、彼の母親の墓も王家の墓地から移転させられる。歴代の王族の名を記した名簿からも彼らは削除され、代わりに残ったのは王国始まって以来の悪人親子の評判だけだった。


 ちょっと意外だったのは、トリスタン様の婚約者として私が推挙されたことだった。多分、モーリス殿下の不正を暴いた功績を評価されてのことだろう。


 でも、その話は丁重にお断りさせてもらい、もっと相応しい子を推薦しておいた。だって、私には好きな人がいたから。それに、王太子の婚約者はもうこりごりだった。

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