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ふっくら令嬢の戦いの記録(1/1)

「コンスタンツェ~、準備できた~?」


 鏡の前に立ち、侍女のベラに背中のリボンを結んでもらっていると、ノックの音と共に友人のサディアが入室してきた。


「わあ、素敵なドレス!」


 サディアは私の格好を見て、歓声を上げる。


「生地の淡い黄色がコンスタンツェの亜麻色の髪によく映えてるよ! それに、緑色の髪飾りも目の色と同じでとっても綺麗! その前髪も、ついでに結ってもらえば?」


「う、ううん。これはいいの」


 私は顔の左側を隠す前髪を撫でつける。


「サディアも似合ってるよ。オーバースカートをたくさん重ねて広がったドレス……まるでラナンキュラスの花みたい」


「あはは! お花にたとえるなんて、コンスタンツェらしいね!」


 サディアは晴れやかな笑い声を上げる。


 私たちがおめかしして向かうおうとしていたのは、王城で開かれる夜会だった。といっても、宴を楽しむために行くわけじゃない。


 私は皆の目がある場所で、モーリス殿下の罪を暴いてやるつもりだったんだ。


「ありがとうね、サディア。夜会の招待状、手に入れてきてくれて」

「お安いご用だよ!」


 モーリス殿下への復讐計画の舞台として夜会を利用しようと決めたものの、問題はどうやって会場に潜り込むかだった。


 招待状がない客は参加できないが、モーリス殿下が私や私の実家にそんなものを送っているわけがない。だからといって、たくさんの貴族が集まる警備の厳しい王宮にこっそり忍び込むのは至難の業だろう。


 困っていたところに救いの手を差し伸べてくれたのがサディアだったのだ。夜会の実行委員会のメンバーに知り合いがいた彼女はちょいちょいと手を回して、あっという間に必要なだけの招待状を調達してきてくれたのである。


 サディアは、今ではもうすっかり私たちの味方だった。……いや、トリスタン様の味方って言った方が正しいかな? 大好きな元婚約者が戻ってきたことで、彼女は浮かれっぱなしだった。


「他の皆も支度、できたかな? ベラ、ちょっと見てきてくれない?」

「かしこまりました」


 私の服装を整え終えたベラが、一礼して去っていく。二人だけになるとサディアは瞳に熱っぽい光を浮かべながら、もう一度「素敵だよ、コンスタンツェ」と言った。


「せっかくトリスタン様が帰ってらしたんだから、アタシもこれからはダイエットしないとね。ぶよぶよのお肉には、もうおさらばだよ!」


 サディアは丸いお腹を手のひらでぽんと叩いた。私は笑いながら、「できるの、そんなこと?」と返す。


「できるよ! だってアタシが太ったの、トリスタン様のためだもの!」

「……どういうこと?」


 サディアの言葉の意味を理解できず、私は呆ける。サディアは得意そうな顔になった。


「もうトリスタン様も戻ったし、特別に教えてあげるね。アタシはね、ずっとトリスタン様が好きだったの。ずっと、ずーっとね」


 ――トリスタン様はアタシの運命の人なの!


 確か、昔のサディアはそんなことを言ってたっけ。


「だから、婚約が解消になってもトリスタン様を諦めたくなかった。ちょうどその頃だった……。お別れのショックでやけ食いして太り始めたアタシを見て、ある男の子が『デブ!』ってからかったの。……アタシ、これだ! って思ったんだ!」


 サディアは自慢げな表情だ。


「いっぱい食べていっぱい太ったら、どんな男の子もアタシに興味なんか抱かなくなる。もし誰かとまた婚約させられそうになっても、『あの太っちょと俺が!? よしてくれよ!』、『おたくのお嬢さんは食べることしか能がないではないですか。そんな意地汚い方にうちの息子はやれませんな』ってなるに決まってる。分かる? アタシはトリスタン様のものだから、他の男の人を遠ざけておく必要があったの」


「サディア……すごいね……」


 好きな人のためならば、皆から体型をバカにされようが、体重がかつての数倍近くになろうがお構いなし。その信念と覚悟には、ただただ尊敬を覚えるばかりだ。


 本当のことを言うと、私もサディアのことは食べ物にしか関心のない子だと思っていたんだ。でも、彼女は徹底した決意の元に食事をしていた。彼女にとって、食べることは戦うことそのものだったんだ。


 私はすっかり感心してしまったけど、サディアは「そんなことないよ」と首を振る。


「アタシ、本当はトリスタン様に会いたくてたまらなかったの。でも、お父様がダメだって言うから、今までずっと我慢してきた。廃嫡された王子に関わるとろくなことがないから、って。だから、奇跡でも起きない限り、もうトリスタン様とは再会できないだろうなって諦めてたんだよ。だけどコンスタンツェのお陰で、もしかしたらその『奇跡』が起きるかもしれないって思い直したんだ」


「私が? 何かしたっけ?」


「したよ! っていうより、言ったの! 『ここは不可能を可能にする場所』ってね」


 サディアの目が輝く。


「不可能が可能になるなら、『奇跡』だって起きるはずでしょう? 思った通り、アタシ、お庭でいいものを見つけたの。ポリゴナムってお花だよ」


 ポリゴナム。小さな花が集まって丸みを帯びた形をつくる、夏の植物だ。花言葉は、「思いがけない出会い」。


「オリーくんに魔法をかけてもらったけど、その場では何も起きなかった。でもね、帰る途中で、何だか胸がドキドキしてきたの。いる、って思った。トリスタン様がここにいる、って」


「それで、サディアは戻ってきたんだね」


「そういうこと。ありがとう、コンスタンツェ。トリスタン様にもう一度会わせてくれて。……アタシね、今度は絶対にトリスタン様を離さないよ。今までのアタシは弱虫だった。お父様に『会っちゃダメ』って言われたくらいでメソメソしてたなんて。でも、もう迷わない。アタシはアタシの好きなようにやるよ。コンスタンツェがくれた、この『思いがけない出会い』を大切にしたいから」


 ドアにノックの音がする。ベラが、「皆様のお支度も調っていますよ」と教えてくれた。


 サディアと共に外に出ると、使用人たちと一緒に、オリーとトリスタン様、それにクインが待っている。


「……クイン、その格好、どうしたの?」


 夜会用の服で着飾ったオリーって素敵! とときめきたいところだったけど、私が真っ先に目を奪われたのはクインだった。彼はとても愛らしい濃紺のドレスを身につけていたのだ。


「分かりますか、お嬢様。これは、お嬢様が小さい頃に着ていたものなのですよ。わざわざお屋敷から取り寄せたのです」


 ばあやは手柄顔だ。犯人はこの人か。


 サディアもトリスタン様の腕に絡みつきながら、「可愛い~!」とはしゃいでいる。オリーも「そういう格好もいいね」と言っていた。


「……クイン、その服、嫌じゃないの?」

「別に? 何でそんなこと聞くんだよ? 皆、『似合ってる』って言ってるぜ?」

「……そう。まあ、クインが気にならないならいいか」


 妖精にとっては、人間が決めたドレスコードなんてどうでもいいのかもしれない。着たいものを着る。その自由さは、彼らの種族としての普通の価値観なんだろう。


「っていうより、問題は俺じゃなくて元王子様の兄ちゃんだろ? 夜会でも全身真っ黒かよ。暗闇に入ったら見失っちまいそうじゃねえか」


「その時はアタシが捜し出します!」


 サディアはトリスタン様の腕に頬ずりをする。トリスタン様はまんざらでもないのか、サディアが引っ付いてきても嫌な顔一つしない。


「コンスタンツェはいつでも可愛いけど、念入りにおしゃれした姿には普段とは違った魅力があるね」


「あ、ありがとう……。オリーも格好いいよ」


 ごく自然に甘い言葉をかけられ、私は前髪を指先でいじる。オリーのことももっと褒めてあげたいけど、上手く口が回らない。


「……よし、出発しよう」


 トリスタン様が全員に号令をかける。


 モジモジしていた私は我に返り、背筋を伸ばす。そして、ペンダントの小瓶からスズランの香水を辺りに一振りした。


 ――スズランってね、毒があるんだ。


 かつてオリーに言われたことを思い出す。


 毒のある植物、スズラン。可憐な花の奥に隠された死の扉。それを開けてしまえば、待っているのは破滅だけだ。


「頑張ろうね、皆」


 その毒を、今こそ解き放ってやるのだ。決意を込め、私は香水の瓶を握りしめた。

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