元婚約者のさらにとんでもない秘密を握りました(1/1)
話し込んでいる内に、すっかり日が暮れてしまった。
私はトリスタン様にメアリアナ城の一室を提供する。なにせここは、モーリス殿下をやり込めたい人たちが集まる拠点みたいなものなんだ。だったら、トリスタン様に滞在してもらうのに、これ以上ぴったりな場所もないだろう。
「トリスタン様、サディアは明日も会いに来ますからね! どうかアタシのことを忘れないで!」
トリスタン様の元婚約者のサディアは、涙でハンカチを濡らしながらドスドスと太った体を揺らして帰宅していった。
城門前まで彼女を見送りに来たトリスタン様は、最後まで困惑しっぱなしだ。私は苦笑する。
「サディアとトリスタン様の婚約が解消になった日のこと、よく覚えていますよ」
――トリスタン様はアタシの運命の人だったのに! お別れしたくないよぉ!
サディアはそう言って泣き喚いていたのだ。
「サディアがすごく太りだしたのも、その頃からでした。それまでのサディアは食べるのは好きだったけど、『アタシ、将来はトリスタン様のお嫁さんになるの。だから、あんまり太っちゃダメ。おデブの王妃なんて、トリスタン様が困っちゃうから』って言って、体重を極端に増やさないように気を付けてたんですよ。まだ小さいのにすごい心意気ですよね」
「……サディアは、一体わたしのどこがいいんだろうな」
トリスタン様は困ったような顔だ。
「正直な話、わたしは魅力に乏しいと思うんだが。根暗というか、日陰にいる方が似合うというか……」
「でも、心の中には激情が宿っている」
私は自分の胸をトンと指先で突いた。
「誰かの魂の形が見える人って、きっといるんですよ。私にとってはオリーがそうでした。サディアも人とは違う風にトリスタン様が見えているんだと思います」
「君は面白いことを言うな」
トリスタン様が感心したように言った。
「それならわたしも、サディアの百年の恋が冷めない内に、もう少し明るく振る舞えるように努力してみよう」
トリスタン様は客間へと引き返していく。もしかしてトリスタン様、サディアのこと結構好きだったりするのかな?
「元王子様の兄ちゃん、結局ここに住み着いちまったんだな」
私も自室へ引き返そうとすると、どこからともなくクインが現われた。
「妖精に幽霊に元王太子。この城は何でこんなに変なのばっかり集まるんだろうな? ……そうそう、オリーが話してくれたぜ。あの兄ちゃん、とんでもない暴露話を持ち込みやがったんだろ?」
「今さら降りるなんて言わないでよ?」
「言うわけねえだろ。面白くなるのはここからじゃん」
クインがにんまりと笑った。
「あのバカ王子が『魔法』を使えるってのも聞いた。人間のくせに生意気な奴!」
「クインも、やっぱりモーリス殿下の力は魔法じゃないって思うの?」
「どうだろうなあ……。確かに人間には魔法は使えねえ。だけど、クソ王子が妖精の力を借りてる場合だってあるだろ?」
「そっか……そうだね」
クインの柔軟な発想に、私は感心した。
「モーリス殿下の力は妖精の力。妖精なら、羽が出ている時は皆に姿が見えないもんね。うーん……でも……私はどんな状態の妖精でも見えるけど、殿下がいつも誰かを従えてたなんてことはなかった気がするよ」
「妖精そのものが近くにいなくてもいいんだよ。たとえばさ、こういうのはどうだ? 妖精の力が宿ったものを奴は持っていた」
「妖精の力が宿ったもの……」
雷に貫かれたような衝撃を受けた。クインの紫がかった赤い瞳を見つめる。
「オリー! オリーに話を聞かないと!」
クインを引き連れて、廊下を疾走する。散々探し回った挙げ句、談話室でやっとその姿を認めた。
「オリーは前に、このお城に泥棒が入ったって言ったよね!?」
私は何の前置きもせずに話を切り出す。
「その泥棒は、オリーの目を盗んだんでしょ!? そうなんでしょ!?」
「え、どうしてそのことを……」
「やっぱり!」
私とクインは顔を見合わせる。
「その泥棒はモーリス殿下だよ! モーリス殿下がオリーの目を……フェアリー・アイを持って行ったの! だって、フェアリー・アイには特別な力があるから! 何でも願いを叶えてくれるっていう……!」
考えれば考えるほど、つじつまが合う。モーリス殿下はやっぱり魔法が使えたんだ。でも、それは彼の生来の力じゃない。妖精から盗み取った、罪深い能力だったんだ。
「モーリス殿下、最近体調が悪そうにしてるんだって! きっとフェアリー・アイの力を使いすぎた副作用だよ! だって、フェアリー・アイは人間にとっては毒にもなるって……」
「あの……コンスタンツェ?」
オリーが戸惑うような顔になる。
「申し訳ないんだけど、さっきから何の話をしてるのか、さっぱりだよ」
「だから、泥棒がモーリス殿下なの! それで、魔法がフェアリー・アイなんだよ! ああ、モーリス殿下、フェアリー・アイをどこに隠してるんだろう!? それさえ取り上げちゃえば、簡単に無力化できるのに!」
「隠しておいたら、魔法は使えねえよ。術者の手元に置いとかないとな」
「手元? 手……指! 指輪だ! モーリス殿下の指輪! とって綺麗な宝石がはまってる指輪! 私、クインの目を最初に見た時、どこかで見覚えあるなって思ったんだ! モーリス殿下の指輪だよ! そっくりそのまま、同じ輝きだもの!」
「あのね、コンスタンツェ。盛り上がってるところ悪いんだけど……それはないと思う」
「『それ』って?」
「……全部」
オリーはすまなさそうに言った。
「まず、メアリアナ城に泥棒が入ったのは二十年前……いや、もうちょっと最近だったかな? とにかく、そのくらい昔の話なんだよ。モーリス王子って年はいくつ? その頃は生まれてないか、まだ赤ちゃんだったんじゃないの? それに、宝石を盗んだのは女性だった。君の元婚約者は男でしょう?」
「そ、そんな……」
せっかくの自信満々の推理が一瞬で論破され、私は膝から崩れ落ちそうになる。でもクインは「まあ、そうだよな」と何かを察したようだ。
「だってよ、『魔法』が使えたのは、あのバカ王子だけじゃないんだろう?」
「あっ……前王妃様……」
私はハッとなる。
「分かった……! 分かったよ! 泥棒の正体は前王妃様だったんだ! それで、盗んだフェアリー・アイを使って散々悪いことをした後、宝石の毒が体に回って死んじゃった! 彼女は原因不明の難病で亡くなったってことになってるけど、本当はそういう事情があったんだよ! それで、彼女は死ぬ前に息子のモーリス殿下に宝石がついた指輪を託した! 『この指輪の石は人を服従させる力を持つ、魔法の宝石よ』って言って! その宝石のせいで早死にしたとも知らずに!」
「ま、大方そんなところだろうな」
クインが頷いた。
「俺、あの元王子の兄ちゃんを呼んでくるぜ。スズランの姉ちゃんが真相を突きとめたって言ったら、あの澄ました顔にどんな表情が浮かぶか見物だな?」
愉快そうに言って、クインは部屋を出ていく。残された私は興奮した頭を落ち着けようと、目を瞑って近くの椅子に座った。
「……ねえ、オリー。オリーはどうして目を取り出したの?」
しばらくして、やっと気持ちが静まってきた私はオリーに質問する。
「クインが教えてくれたの。妖精は目を自由に取り外しできる、って。それで、外した目は宝石になるんだよね。でも、そんなにしょっちゅう入れたり出したりするものでもないんでしょう? だったら、どうして目を取り出したの?」
「……人にあげるためだよ」
「目をあげた? 一体誰に?」
「母さん」
オリーが簡潔に答える。私はちょっと意外に思った。
「オリーのお母様ってメアリアナ王女だよね? 何で王女はフェアリー・アイを欲しがったんだろう?」
「……大事にしまっておくためじゃない? 僕にとって大切なものだから」
「それって、オリーがうっかりなくしたりしないように、ってこと? メアリアナ王女って心配性だったんだね」
人々の噂では狂気の悪霊として恐れられているメアリアナ王女だけど、オリーと話していると誰も知らなかった彼女の真の姿が見えてくるようだ。妖精を愛し、息子を可愛がる心優しい女性としての真の姿が。
だけど、ちょっと過保護な気もするのは否定できない。
「メアリアナ王女の気遣いは確かに素敵だね。でも、もう王女が死んでから随分経つんだよ? だったら、オリーだって自分の持ち物の管理ぐらいできるようになってるでしょう? フェアリー・アイを本来あるべきところへ戻しても問題ないと思うけど」
「コンスタンツェ、やけに僕の目にこだわるね」
「私ね、オリーが目を開くところが見てみたいの。それに、目がないとオリーが困るんじゃないかなと思って」
「別に平気だよ。今のままでもきちんと周囲は見えているし……」
「それは分かってるよ。でもね、私、オリーに何かしてあげたいんだ。もし私の力で目を見つけられるのなら、そうしたい。オリーはいつも私を助けてくれるでしょう? だから、私もオリーの助けになりたいの。だってオリーが好きだから」
「コンスタンツェ……」
オリーは感じ入ったような声を出す。そして、「ありがとう」と言った。
「僕は目なんてなくても大丈夫だけどね。でも……コンスタンツェの厚意は無下にしたくない。僕もコンスタンツェのことは好きだからね」
「じゃあ決まり! オリーの目は私が探してあげる! どこかメアリアナ王女が大事なものを隠しそうなところに心当たりはある?」
「うーん……実はね、ずっと昔、僕も探そうとしたことがあるんだ」
オリーが額に手を当てる。
「母さんが死んですぐくらいの時にね。でも、一つしか見つからなかった。それは僕が保管していたんだけど、うっかり盗まれてしまったんだ」
「見つけたのなら、すぐに体に戻せばよかったのに」
「……そうだね。でも……何となくそんなことをする気にはなれなかった。一度母さんにあげちゃったんだから、もう自分のものじゃないような気がしていたのかも」
「でも、今の状況はメアリアナ王女にとっても嬉しくないはずだよ。だって、泥棒がオリーの力を利用してるんだもの。そんなことになるくらいなら、フェアリー・アイはオリーの目としての役割を果たすべきだって、メアリアナ王女なら絶対にそう思うはずだよ」
「コンスタンツェって……何だか不思議だね」
オリーがどこか困惑したみたいな表情になる。
「フェアリー・アイの力、利用したいって思わないの? あれがどんなに強力なものかはその身で体験しているよね?」
「何でも願いが叶う宝石なんていらないよ。私にはこれがあるもの」
私は指先でスズランの香水瓶に触れる。
「この香水は私の希望の元。だからこれさえあれば、何でもできそうな気がするんだ。それにね、今の私の一番の願いはオリーと一緒にいたいってことだよ。それって、フェアリー・アイがなくても叶うでしょう?」
「僕といたい? それって……僕が好きだから?」
「うん!」
私が元気よく返事するのと同時に、部屋の入り口の辺りで物音がした。続いて聞こえてくる「バカ! 静かにしてろって!」というヒソヒソ声。
「……クイン?」
「ほーら。誰かさんのせいで見つかっちまったじゃねえか」
現われたのはふくれっ面をするクインと、申し訳なさそうな表情のトリスタン様だ。
「もしかして、今まで二人とも部屋の外にいたの? 入ってくればよかったのに」
「ああ……いや……」
トリスタン様は珍しく歯切れの悪い物の言い方をした。
「立ち聞きするつもりはなかったんだ。ただ、君たちが愛を語らっていたから、邪魔するのは悪いかと思って……」
「愛?」
「スズランの姉ちゃん、『大好き、オリー! 私はもうあなたのものよ!』とか言ってたじゃねえか」
顔から火が出そうになる。言ってない! そんなことは言ってないよ! 確かに、「好き」とは言ったけど! だけど、あれはそういう意味じゃ……! いや、そういう意味なんだけど、そうなんだけど、でも、でも……!
「コンスタンツェと二人きりになりたい時は、次からは絶対にギャラリーに水を差されない場所を選ぶよ」
オリーも冗談か本気か分からないことを言っている。私の頬はますます熱くなっていった。
「じゃあそういうことで、イチャつくのは後にしてくれ」
クインが雑に話を終わらせる。我に返った私は、背筋をシャキッと伸ばした。
私たちはモーリス殿下の重大な秘密を握ったんだ。それをどう扱うか、これから話し合わないといけない。
「そんなに緊張すんなよ。きっと皆上手くいくさ」
クインが力強い声を出す。私は香水の小瓶をいじりながら、「もちろん」と返したのだった。




