廃太子が仲間になりたそうにこちらを見ている!(2/2)
「へえ。スズランの姉ちゃんって、ああいう男がタイプなんだ?」
上から声が聞こえてきて、ぎょっとなる。羽を顕現させたクインが体中に金の粉をまといながら、フワフワと私の頭上を漂っていた。
「い、いつからそこに!?」
「最初から。声かけたのに全っ然気付かないんだもんなあ。お互いに夢中になっててさ」
「や、やめてよぉ!」
恥ずかしくなって両手で顔を覆う。クインは「まあまあ」と私の肩をポンポン叩いた。
「恋バナっていうの? 何か教えろよ~!」
「聞かせるほどのことなんてないよ……」
クインが冬の庭の方へ歩いていく。ちょうど私の見回り担当箇所と同じだったから、彼の後に続くことにした。
「【繚乱の夢】」
クインが花壇に魔法をかけ、お客さんが花を摘んでいった場所に新しい命を芽吹かせる。その様子を見ながら、私は亜麻色の前髪を撫でつけた。
「私、オリーのこと好きになっちゃったみたいなの。どうしよう?」
「どうしようって何が?」
「何もかも!」
私は小さく首を振った。
「私、小さい頃からモーリス殿下と婚約してたの。だから、決められた人と結婚するのが普通で、それ以外に未来があるなんて考えたこともなかったんだ。自由恋愛なんて難しすぎるよ! お父様にお願いして、オリーを新しい婚約者にしてもらおうかな?」
「スズランの姉ちゃん、妖精ってのは自由を愛するものなんだぜ?」
クインが魔法をかけながら言う。
「婚約だの結婚だの、そんな訳の分からない決まりに縛られてちゃあ、苦しくて息もできなくなる。で、最後にはあの世行きだ。オリーに命を賭けさせたいなら別だけどな」
「そんなことしないよ!」
私は目を見開いた。
「私はオリーが好き。だから、彼を苦しめるのは嫌だよ。……妖精って結構デリケートなところもあるんだね」
「まあ、人間とは違う生き物だからなあ」
「……でも、一緒にいるのは難しくないよね?」
私は縋り付くように尋ねる。
「だって、メアリアナ王女はこのお城で妖精と暮らしてたんでしょう? だったら、妖精と人間も一緒に生きられるよね?」
「もちろんさ。少なくとも、俺はそう思う」
クインは私の心配を一瞬で吹き飛ばすくらいあっさりと肯定した。
「ここは自由な場所なんだから、スズランの姉ちゃんもしたいようにすれば? オリーとどんな風にイチャつきたいのか言ってみろよ?」
「イ、イチャつくだなんて!」
私は顔から火が出そうになる。
「特別なことはしなくていいよ! この間もオリーと手を繋いだけど、そういうので充分! 後は、後は……」
私はクインの煌めく瞳を見つめる。我知らず、鼻にかかったような甘いため息が漏れた。
「オリーの目も、そんな風に綺麗なのかな?」
頭の中でオリーの姿を思い浮かべる。
「オリーっていつも目を瞑ってるから、どんな瞳の色か知らないんだ。オリーの目に私が映るところ、見てみたいなあ……」
「その願望、恋の病っていうやつだな」
クインが訳知り顔で言った。
「妖精の目はどれも同じだぜ? 俺ので我慢しとけば?」
「せっかくだけど、オリーのがいいの」
「だよな」
私が首を縦に振るとは思ってなかったのか、クインはすんなりと引き下がった。
「そういえば、最近のオリーは何で目を開けようとしないんだろうな?」
クインは不思議そうな顔になる。私は意外に思った。
「オリーって昔から目を閉じてたわけじゃないの?」
「ああ。俺がこの城にいた頃はちゃんと開眼してたぜ?」
クインは昔を思い出すように難しい顔をしながら腕組みする。
「もしかして、うっかり取り出した時になくしちまったとか?」
「それはないでしょ。目をうっかり取り出すなんて、できないじゃない」
「いや、できるぜ? 妖精の目は人間のとは違うからな。『フェアリー・アイ』って宝石、知ってるか? あれは妖精の瞳のことだ。妖精の体から出た目は、宝石になるんだよ。それで、また体の中に入れると瞳に変わるって寸法だ」
「そうなんだ……」
妖精の体の神秘的な仕組みに、私は圧倒される。
「フェアリー・アイって、おとぎ話に出てくるあれだよね? 何でも願いが叶う妖精の至宝……だったっけ」
「まあ、自分の目だし、確かに大切なもんではあるよな。それに、特別な力があるってのも本当だ」
「不思議な力を持つ宝石かあ……」
ふと、前にオリーが言っていたことを思い出す。
「昔、メアリアナ城に泥棒が入ったことがあったんだって。オリーは『とても大切なものを盗まれた』って言ってた。それって、フェアリー・アイのことだったんじゃないかな?」
「だとしたら災難だな。オリーはもちろんのこと、泥棒にとっても」
クインが眉根を寄せた。
「フェアリー・アイは人間には毒にもなり得るんだ。宝石の力を使えば使うほど、生命力が削られていく。要するに、寿命が縮まっちまうんだよ」
「じゃあ、その泥棒は今頃死んで、オリーの目も行方知れずになっちゃってるかもね」
いつまでも瞳をなくしたままのオリーが気の毒になってくる。いくら目がなくても物が見えるとはいえ、自分の体の一部を失うのは辛いだろう。
「それ以前に、オリーの目がないことも俺たちの推測でしか……」
不意に言葉を切り、クインが私を後ろ手に庇いながらサザンカの生け垣を睨みつけた。
「てめえ、それで隠れたつもりか?」
クインが挑発する。私は全身の毛が逆立つのを感じた。近くに誰か好ましくない人物がいるのだと悟ったからだ。
「ネズミみたいにコソコソしてねえで出てこいよ。一体誰の回し者だ? この姉ちゃんに一泡吹かされて悔しがってる、あのクソ王太子か?」
「あんなのと一緒にするな、おぞましい」
吐き捨てるような声がして、サザンカの茂みの向こうから、全身を黒で固めた背の高い男性が姿を現わす。
「ツラを拝ませろ、ドブネズミ」
クインがツンとした声で言う。青年は被っていたフードを取った。
私よりも二、三歳くらい年上の男の人だ。どことなく影を感じさせる出で立ちである。黒い髪と瞳、蒼白い肌。顔立ちは整っているのに、内側からにじみ出る薄暗い何かが彼の魅力を半減させてしまっている。
「この城に住んでいる妖精というのは君たちか?」
青年は値踏みするような目で私とクインを見つめる。
「この城の城主に会いたい。案内を頼めるか」
お願いとも命令とも取れるような口調だ。
城主? それって私のこと? だってこのメアリアナ城は、一応今は私の持ち物ってことになってるんだし。
「てめえみたいな不審者の言うことを、俺が素直に聞くと思うのか?」
クインも、青年が会いたがっているのは私だと勘付いたらしい。声に警戒する気持ちが表れている。
「礼儀知らずな野郎め。まずは名乗りやがれってんだ。城主に会わせるかはそれから……」
「トリスタン様ぁ!」
何か丸いものが猛スピードで突っ込んで来て、クインを吹っ飛ばしてしまう。そして、その謎の物体は青年に激突した。青年は苦しそうに「う゛っ」と呻き声を上げる。
「トリスタン様、トリスタン様! ああ、夢のようです! トリスタン様ぁ!」
青年に抱きついて頬ずりしているのは、驚いたことに私の友人、ふっくら令嬢のサディアだった。
「サディア、何でここに? 帰ったんじゃなかったの? それに『トリスタン様』って……まさかトリスタン王子!?」
「正確には元王子だ。……君、離してくれないか。息が苦しい……」
「アタシもです、トリスタン様! 嬉しくって呼吸が止まっちゃいそう!」
「いや、そういう意味じゃなくて……」
トリスタン様は掠れた声を出す。クインが私の方を振り返り、「どういうことだ?」と怪訝な顔になる。
「あの男、スズランの姉ちゃんの知り合いか? 不審者じゃねえの?」
「トリスタン様は怪しい人なんかじゃないよ!」
やっとトリスタン様から離れたサディアが、丸い頬を膨らませる。
「トリスタン様はとっても高貴で美しくて素敵な方なんだから! 血統だってきちんとしているんだもの! 正妻から生まれた、国王陛下の第一子だよ!」
「第一子? ……あれ? 王太子はスズランの姉ちゃんの元婚約者の、あのクソ王子じゃねえの?」
「えっとね……色々事情があるんだよ」
トリスタン様を横目で見ながら、慎重に言葉を選ぶ。けれどそんな気遣いは不要とばかりに、トリスタン様は「わたしは廃嫡されたんだ」と言ってのけた。
「もう十年以上前の話だ。それで、王宮から追い出されて母の実家で暮らしてきた。だから今のわたしを見ても、誰だか分かる者の方が少ないと思う。……そのはずなんだが、君はよく見抜けたな」
「はい。サディアはトリスタン様が大好きですから。どんなに年月が経っても、ちゃんと分かりますよ」
「そうか……君はサディアだったのか……。……何というか、君も結構変わったな。随分と……存在感が出ている」
トリスタン様は丸々としたサディアを見ながら、オブラートに包んだ表現をした。
そういえばサディアって、昔トリスタン様と婚約してたんだっけ。でも、トリスタン様が廃嫡されることになって、二人の関係は終わりを告げたって聞いたけど……。
「……で、元王子様の兄ちゃん。あんた何しに来たんだよ? 城主に会わせろとか言ってたよな?」
「ちなみに、メアリアナ城の主は私です」
相手がトリスタン様なら、多分正体を明かしても大丈夫だろう。サディアが人違いをしている可能性もあるけど、何となく信じても平気な気がした。
腕にまとわりついてくるサディアをどう扱ったらいいのか分からなさそうな顔をしているトリスタン様に、私は自己紹介をする。
「ああ、コンスタンツェだったのか。君のことも覚えている。今もその髪型とは驚きだな」
トリスタン様は私の顔の左半分を覆う前髪に視線を遣る。私は毛先を指でいじりながら、「これが一番落ち着くので……」とお茶を濁した。コンプレックスの顔のアザを隠すためだなんて、あっさりカミングアウトしたくない。
「それで、私に何かご用だったんですか?」
「……人払いを頼めるか?」
トリスタン様はサディアとクインを見ながら言った。私は「分かりました」と頷いたが、クインはいいのかよ? とでも言いたげな顔になる。彼にとっては、トリスタン様はまだ完全に信用するに足る人物じゃないんだろう。
「客間にご案内いたします」
私はトリスタン様を先導して歩く。後ろから「必ず迎えに来てくださいね! サディアはトリスタン様のお帰りをいつまでもお待ちしておりますから!」という声が聞こえてきた。