廃太子が仲間になりたそうにこちらを見ている!(1/2)
メアリアナ城での合コンが大成功を収めてから十日後。今日も庭園はお客さんで賑わっていた。
ただし、その客層は以前とは少し違うけれど。
「コンスタンツェさん、先日は本当にありがとうございます」
夏の庭の東屋にいる私に、声をかけてくる女性がいた。
「コンスタンツェさんの言った通りに新鮮なボリジの葉を与えたお陰で、娘の熱もすっかり下がりまして……。今では見違えるように元気になりました」
彼女は街に住む平民の女性だ。初め、ここへは友人の付き合いで来たらしい。その際に「娘がしょっちゅう風邪を引いて困っている」と話しているのを小耳に挟んだ私は、体温を下げる効果のあるボリジの葉を勧めたのである。
メアリアナ城に来るのが恋人募集中の歴戦の男女だけだったのは、少し前の話。彼らの口コミによって街中に「不可能を可能にする庭園」の噂が広がった結果、今では様々なお客さんが訪れるようになっていた。
中にはオリーの魔法目当てじゃなくて、この庭の観光が目的で足を運ぶ人もいるほどだ。やっぱり、季節に関係なく色々な花が咲いている光景には惹きつけられる人も多いんだろう。
ちゃっかりしているベラの恋人はこの機会を逃さず、城内にお土産物屋さんを出店してはどうかと勤め先の中央商会に進言したらしい。
その着眼点は中々のものだったようで、オープンしてからずっとお店は満員御礼だった。開店祝いにオリーが、「集う喜び」の花言葉を持つマトリカリアの花をプレゼントしたことも大きかったのかもしれない。
功績を認められた提案者の青年は出世したらしく、ベラも鼻高々だった。
花で溢れた庭。楽しそうなお客さん。城内にはお土産物ブースまである。
そんな光景を見た来場者たちは異口同音に、「メアリアナ城って全然幽霊城じゃない」と感想をこぼすのだった。皆の認識も徐々に変わりつつあると分かって、私はとても満足している。
「ただ、元気になりすぎるのも問題ですね。どこかに遊びに行くたび、怪我をして帰ってくるんですよ。といっても、ちょっとした切り傷とかなんですけど」
「だったら、いい傷薬がありますよ。オトギリソウっていう植物の葉と花を浸しておいたオイルです。お城の保管庫に在庫がありましたから、後で使用人に持って来させますね」
「まあ、そんなのがあるんですか! コンスタンツェさんって、とっても物知りなんですねえ! 植物博士って本当だったんですね!」
「いえ、そんな。ただの趣味ですよ」
私は長い左の前髪をモジモジと指先で撫でる。
魔法が使えなくても私にできること。パーシモンに言われてから色々と考えてみた結果、今までコツコツと蓄えてきた植物の知識を活用しようと思い付いたんだ。
お母様の影響で植物が好きだった私は、実家にいた頃からよくお手製のハーブティーを作ったり、薬草を栽培したりしていた。
その経験を活かそうだなんてこれまで考えたこともなかったけど、自分にできることはこれしかないとピンときたんだ。
「謙遜なさらないでください。今だって、何かすごいお薬を作ろうとしているんでしょう?」
女性は、東屋の天井に渡した棒から逆さ吊りになっているラベンダーの花を見て目を細める。私は「ただのドライフラワーです」と苦笑いした。
「生花もいいですけど、乾燥させると長持ちしますから。それに、作成中に落ちてしまった花びらも小瓶に詰めるとポプリになって無駄がないんですよ」
「へえ、そうなんですか。ちょっと興味が湧いてきました。ドライフラワーって、作る時のコツとかあるんですか?」
「うーん……。花びらが厚くて、水分の少ない花を選ぶことでしょうか。後、乾燥させても色の変わりにくい花にすると綺麗にできあがりますよ。それから、直射日光の当たらない、風通しのいいところで乾かすといいと思います。結構簡単にできるので、娘さんとご一緒に作ってはいかがですか?」
「それ、いいですね! ……あっ、そうだ。忘れるところでした。娘がコンスタンツェさんにお礼をしたいと言ってるんです。また来てもよろしいですか?」
「ええ、ぜひ。ただ、ちょっとだけ順番待ちしてもらうことになるかもしれませんけど」
妖精たちに負担をかけすぎないように、私は城の運営方針を少し変えていた。庭園を散策できるのは、一度に五組までとしたんだ。
「構いませんよ。ホールで素敵な絵でも眺めていますから。こんな機会でもないと、離宮の中になんて入れませんものね。庭園の散策の順番を待つ人のためにお城を開放するなんて、コンスタンツェさんは本当に太っ腹です。この間、食堂でいただいたパエリアもとても美味しかったですし。こんな庶民ではサフランなんて高くて買えませんから、何だか贅沢した気分ですよ」
「それなら、キンセンカで代用するのはどうですか? サフランよりも手に入りやすいと思いますよ」
「あらあら……コンスタンツェさんって、本当に何でも知っているんですね」
楽しそうに笑って、女性はもう一度お礼を述べた後、去っていった。
全てのラベンダーを吊し終えた私は、今度は城内へと赴く。すれ違うお客さんたちは、皆私の顔を見るなり道を譲ってにこやかに挨拶してくれた。
「コンスタンツェ~!」
食堂の傍を通りかかった時に、元気な声がした。王城に出入りしていた頃に仲良くしていた令嬢三人組が手を振っている。
「皆、久しぶりだね!」
私は顔を輝かせて、彼女たちのテーブルへ駆け寄った。
「メアリアナ城がすごいことになってるって聞いたから来ちゃった!」
「噂通り、大盛況ね」
「ここのメニュー、コンスタンツェが考えたって本当?」
「そんな大げさなものじゃないよ。ただ、栄養のある植物を料理人に教えて、それを元にどんなものを出すか決めてもらっただけ」
彼女たちは、ローズヒップのジャムをたっぷりと乗せたスコーンを食べていた。三人組の内のふっくらとした子……サディアが「これ、すごく美味しいよ! もう三つ目!」と丸い頬を上気させる。
「あんた、よくそんなに入るわねえ。さっきも肉料理……マジョラムとかいう植物を使ってたやつだったっけ? ぺろりと平らげてたじゃない」
「お腹壊しても知らないよ?」
「そういう時はリンゴを食べるといいよ。胃の不調を整えてくれるから。栄養もあるし、皮ごといただくのがオススメかな」
「わあ! 胃薬飲むよりずっといいね!」
サディアが口元を緩める。けれどすぐにその表情を引っ込めて、真剣な表情になった。
「コンスタンツェ、変わったね」
「……そう?」
私はきょとんとしたけど、残りの二人は同時に「分かる~」とサディアに同意した。
「前は、いつも下向いてオドオドしてたっていうか」
「何やってても自信なさそうだったもんねえ。それが今じゃ生き生きしてるんだもの。もしかして、モーリス王子から解放されたから?」
元婚約者の名前が出て、私はちょっとドキリとした。
「モーリス王子、驚いてたわよね。コンスタンツェがメアリアナ城を蘇らせたって噂を聞いた時さ」
「それに、ちょっと悔しそうじゃなかった?」
「今度来る時は、モーリス様も誘ってあげようか?」
「きゃははは! 悪いこと考えるわねえ!」
三人は大笑いする。やっぱりモーリス殿下って、評判悪いんだ。
「とにかく、安心してよコンスタンツェ。アタシたちはあなたの味方!」
「そうそう! その内、モーリス様だってコロッと手のひらを返して、コンスタンツェを王城に呼び戻すかもしれないし!」
「最近の王子、何だか顔色悪いもんねえ。体調が悪そうにしてることも多いし。コンスタンツェの滋養強壮メニュー、食べたがるんじゃない? まあ、体調不良の原因は、メアリアナ城から引っ越してきた悪霊が彼に取り憑いたせいだって噂もあるけど……」
「ふーん。殿下、ご病気なの」
自分でも驚くほど無味乾燥な声が出る。全然心配じゃないから無理もないけど。それに、たとえ頭を下げられたって彼のために何かしてあげる気はなかった。今さら反省したって手遅れだ。
「確かに私が変わったのは殿下から離れられたからかもね。でも、それだけじゃないの。このお城に来られたことが一番の要因。だって、ここは不可能を可能にする場所だから」
「そんなにすごいんだあ……」
サディアがスコーンを食べようと口を半分開いたまま言う。
「このお城の庭のお花って、本当にどんなお願いでも叶えてくれるの?」
「どんな、ってわけでもないけどね」
私は肩を竦める。
「でも、効果は絶大だよ。それは保証する」
私はスズランの香水が入った瓶を握りしめる。
「何、サディア~? そんなに叶えたいお願いでもあるの~?」
「どうせ、『美味しいものをたくさん食べられますように』とかでしょ?」
「ち、違うよ!」
サディアが心外そうな顔になる。私たちは笑いながら「またまた~」と彼女を肘で突いた。
その後もしばらくたわいもないお喋りをして、私は三人組と別れた。庭園を締め切る時間が迫っていたからだ。お客さんを受け入れるのは、十時から十七時までと決めていた。
来客が帰った後も、お城の住民たちには仕事が残っている。後片付けとか、明日の料理の仕込みとか。
私も庭園内の見回りをするために外に出ようとした。その背に声がかかる。
「コンスタンツェ、僕も途中まで一緒に行くよ。今日は僕が秋の庭の巡回担当だから」
オリーの姿を認めた途端に、胸が高鳴った。私はうつむき加減になりながら、前髪を指先でいじって「う、うん……」と返事する。
「どうしたの、コンスタンツェ? 何だかドギマギしてるように見えるけど」
「え、そ、そうかな? ドギマギっていうか……ドキドキの方が近いかもだけど……」
「……ドキドキ?」
オリーは一呼吸分だけ間を置いてから続ける。
「僕もだよ」
心臓が大きく跳ねた。返事をしたいのに、頭が真っ白になって何も言えなくなってしまう。
やがてオリーが見回りをする予定の秋の庭が見えてきた。彼は「それじゃあ、僕はここで」と言って去っていく。私はその後ろ姿をうっとりと眺めていた。