62 魔法青年は結果を待つ
よろしくお願いいたします。
村の中には、いくつか集会所がある。地域のイベントにも使えるし、近所の奥方が集まってお茶会という名のおしゃべり会をしていることもある。公共だが、割と自由に個室として使える場所なので、ホリー村の住民は休憩所としてもよく使っている場所だ。
その一室に、仕事終わりのカーティスは見回りの体で立ち寄っていた。
「そんなにヤバそうな論文なのか?」
「あぁ、とんでもないよ。なんで魔塔が認可したのかわからないくらいだ。まぁ、中央はともかく魔法陣では善悪の判断はしないらしいからな。魔塔の図書館では必ず保管するからどうしようもないが、できれば抹消してもらいたいよ。一応俺も解析を進めているんだが、今カーティス兄さんのところにディケンズ先生がいるんだろう?これは写しだから、渡して中身を確認してもらってほしい」
「わかった。これをエマニュエルに見せたらいいんだな」
カーティスは、目の前の従兄弟から1冊の論文を受け取った。
「頼むよ。この魔法陣は、完成させちゃだめなやつだ。だから、ディケンズ先生には対抗策を考えてほしい。もし完成していて悪用されれば、国が滅ぶレベルの災害になりうる。俺よりもディケンズ先生の方がよっぽど魔法陣には詳しいんだ」
「へぇ。さすが俺の義弟だな」
「あれが標準だとは思わないでくれよ?あの人は別格だ。とにかく、頼む。こっちは、期間をぼかしたから1週間は粘るつもりだが、それ以上は難しい。こっちの目処が立たないとわかったら、きっとあの勘違い野郎は別の手を考えると思う」
「わかった。まぁ大丈夫だ。こちらも別方向から叩きにいくからな。なにせ、全部の集会所に例の魔法陣を設置したんだ。もう村の中で開祖狂いが誰かを魔法で脅すことはできなくなった。魔法陣のことは“村の中で魔法の事故を起こさないようにするため”ってことで、役場で認定したことも周知した。そろそろ噂も回っているから、奴さんも泡を食ってるころじゃないかな」
口の端をつり上げたカーティスは、論文を折りたたんで仕事用のかばんに突っ込んだ。
それを合図に、向かい合って座っていた2人は席を立った。
「それなら安心だ。村の奴らもかなり鬱憤を溜めていただろうからな。細かいしっぺ返しが大量にあるだろうよ。だがまぁ、開祖狂いみたいに居丈高に魔法で脅していた研究者はともかく、ほとんどの普通の研究者にはいつもどおりにしてほしいもんだ」
従兄弟の懸念を聞いて、カーティスは1つ頷いた。
「それこそ、いつもの付き合いでわかるから大丈夫だ。しかしまぁ、やり過ぎも良くないからな。うちのやつに、“やり返していいリスト”を伝えておくさ。2日もすれば村中の奥方たちに話が回るだろう」
「ははは。じゃあ大丈夫だな。……ともかく、論文はディケンズ先生に頼む」
「わかった」
従兄弟が先に部屋を出たので、カーティスは数分待つことにした。
この時間なら帰宅する人が多く、数分ずらせば一緒にいたことはわからないはずだ。そうでなくとも、集会所の管理は役場の仕事なので、カーティスがこの集会所を閉めに来た体で動けば不自然にもならない。
「無理はするな。気をつけろよ、ジェイク」
閉じた扉に向かって、いつもはぐらかされる言葉をかけた。
ジェイク・マキューは、従兄弟のカーティスを嫌うどころか昔から慕っていた。役場と魔塔の連携を目指すカーティスの役に立とうと、魔塔に入ってから色々動いた結果、障害にしかならないコーエン派にスパイとして入り込んだのだ。
そのときに“カーティスが昔から嫌いだった”と口からでまかせを言ったようだが、コーエンはその言葉をすんなり信じたんだとか。排他的だから疑い深いと思っていたが、悪意を表明する人間を疑うことはないらしい。
ジェイクが自分を慕って動いてくれるのはありがたいが、危ない橋は渡らないでほしい。とはいえ、お互いもういい年の爺だ。自分が傷つけばカーティスが悲しむこともわかっているだろうから、うまく立ち回るはずである。
ジェイクの身に危険が及ばないよう、自分からもうひと押ししてもいいだろう。
論文について聞いたことを思い出し、カーティスは眉をひそめた。
◆◇◆◇◆◇
「『魔獣の誘導について』?……導入を読む限りは、なるべく魔獣に遭わずに迷いの樹海を出入りするための計画の一部のようですね」
「そうだな。しかし、肝心の魔法陣の根幹部分はこの論文にはないんじゃよ。その理屈は書いてあるがの。ブルーノ・ホーリスの勧誘のごたごたで、その次の具体的な論文を出す前に魔塔を辞めてしまったらしい。せっかく有用な魔法陣なのに、もったいない」
コーディは、またしても夕方にカーティス邸に立ち寄っていた。いつもなら様子を軽く伺うだけなのだが、今日はディケンズから1本の論文を読めと渡された。
「それで、この論文は誰から受け取られたんですか?」
「義兄じゃよ。義兄の従兄弟に、ジェイク・マキューという魔塔の研究者がおっての。ワシに渡してくれと頼まれたようだ。ジェイク・マキューはコーエン派だったと思っておったが、どうやら義兄とつながった村側の密偵だったようじゃな」
レルカン派の方からもスパイが入り込んでいるようだったし、そのあたりの管理が下手なのか、よっぽどスパイたちがうまくやっているかのどちらかだろう。人が集まり権力が存在するならよくあることだが、コーディとしてはため息しか出ない。
そういったごたごたを経ることで集団として洗練されていくものだということもわかっている。好みをどうこう言うものではない。
―― 冷静さを失ってやらかした自覚はあるし、少々複雑な気分じゃな。
コーエンをどうにかしたいと思っていた人たちは、ずっと機会を窺っていたのだ。きっと、コーディがいなくてもそのうち糾弾して引きずり下ろしたに違いない。
コーディが動いたことで、その流れが一気に加速しただけだといえる。
彼らの手柄を取ってしまったようで複雑な気もするが、わかりやすくスタートの鐘を鳴らしたようなものだから良しとしてもらいたいものだ。
論文の中身は、ディケンズの言ったとおり根幹部分の魔法陣はなく、理論だけを展開したものであった。
魔法陣を使って魔獣を誘導すれば、迷いの樹海を通行しやすくなる。ずっと設置しておくのは外の国に対する防犯上良くないので、誘導の魔法陣を持つ集団が囮になり、その間に通行するというのが最終目標らしい。
そして、樹海での実験の結果、魔獣が誘われやすい魔力を発見したため、次はその魔力を発する魔法陣を書き上げるという。紙に描くよりも石に刻んだほうが効力を発揮することもわかっているが、持ち歩きに適さないので今後改良する予定である、と結んであった。
つまり、その魔法陣を刻んだ石は妙な魔力を発するわけだ。それが記憶にひっかかった。
―― まさか、学園の実践訓練でのおかしなスタンピードの原因は。
ぎゅう、と眉をひそめて論文を睨みつけたが、その紙はコーディには何も答えなかった。
読了ありがとうございました。
続きます。