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30 魔法少年のもう一つの決別

よろしくお願いいたします。



ナッシュ公爵家が降爵される、という噂は数日で駆け巡った。


そして、その詳細も少しずつ明確になった。



ナッシュ公爵の当主夫妻、前当主夫妻、そして嫡男であるアーリンまでもが身柄を拘束され、身分を剥奪された。

そして、王城で保護されたアーリンの弟グレンが当主として立てられ、爵位は伯爵位へと降ろされ、領地も半分程度に減らされる。グレンが成人して独り立ちするまでは、王城から監督する職員を派遣するそうだ。

なぜ子息であるアーリンまでも処罰を受けるのか、ということについても聞いた。

密輸に関する仕事を手伝っていたというのだ。反対するどころかサポートし、その利益の一部を自分の小遣いとして受け取り、取り巻きをつれてしっかり豪遊していたため、能動的に関わっていたと判断されたらしい。さらには先月成人の16歳を迎えたことも理由のようだ。


知らなかったならともかく、商品が麻薬だと知っているのにサポートしていたのがまずかったようだ。

もしも彼が関わらずにいれば、降爵後の当主はアーリンだったかもしれない。

しかし、すべては仮定の話である。


彼らは高い魔力を持った罪人として、魔力を酷使する仕事をさせられるという。

仕事が具体的に何なのかわからなかったのだが、それを教えてくれたのは次期男爵家当主のチェルシーだった。





「魔獣の多い森の端に位置する町、ブリンク?」

「そう。別名、罪人貴族の墓場。魔獣が次々出てくる森だから、町の外側には水で満たされた深い堀が二重に掘られているの。橋の通行は見張りがあって、壁も高いようよ。土魔法を使える人は毎日限界まで壁の補強と堀の調整に使われて、ほかの魔法使いは見張り付きで毎日森に出されるの。魔獣を狩ればその数や種類に応じて、報奨がわりに部屋や食事が優遇されるらしいわ」

「それだと、森に入ってから逃亡する人もいるんじゃない?」


コーディの疑問に、チェルシーはうなずいた。

「もちろん、対策済みよ。というか、立地的にほとんど無理ね。西側はブリンクの町から離れたら国境があって監視されているし、逆側は断崖絶壁の海なの。海にも水棲の魔獣がいるわ。森を抜けるのはまず無理でしょうし」

「森の中から隣国側へは抜けられないの?隣国の町からも離れれば」

チェルシーは首を横に振った。

「実はそのあたり、理由はわからないんだけどかなりの範囲で魔力の歪みが酷いの。人が近づくと、器に溜めた魔力が撹拌されて魔力のほとんどが漏れるんですって。一気にたくさんの魔力を抜かれたら、どんな人でも気を失うわ。その環境に馴染んだ魔獣がいるらしくて、気を失ったが最後、餌食になっておしまいよ」


どうやら、色々と過酷な環境らしい。


「それなら、まだ普通に魔獣と対峙していた方が生存率が高いのか」

「そういうことね。囚人は国の職員が管理していて、死んでしまったらわかるようにしてあるらしいわ。詳しくは秘匿されているけれど」

なるほど、とうなずいたコーディに、スタンリーが声をかけた。


「……もしかして、アーリン・ナッシュのこと?」

もう、彼は爵位を奪われているので、誰も敬称をつけて呼ばない。

「ん。まぁ、気になって」

「彼はあんな感じだったけど、ブリンクに送られるって聞いたらちょっと思うところがあるよね」

スタンリーもブリンクについては知っているらしい。少し眉を下げてそう言った。


「生まれは選べないものだと思うからね。もう少し許される道はないのかなと」

もちろん、アーリンがコーディにしたことは許されることではないし、法律も犯しているから罪をなくすことはできないだろう。それでも、生まれたときから刷り込まれたのは子どもの責任だとは思えない。コーディとしては、やり直す機会があって然るべきだと思ってしまう。

「うーん。成人済みだからそのあたりは難しいだろうね。多分返済金額が前公爵よりもかなり低くなってるだろうから、頑張れば生きている間に罰金を払い終わってブリンクから出られるんじゃないかな。彼はかなり優秀な火魔法使いだし」

「それ以上は罪状も考えて難しいでしょうね。ブリンクでなければ、普通の鉱山あたりでの労働になるけど、そこは貴族も平民も同じ扱いで報奨もないし。命の危険度は高いけど、あくまでも貴族扱いされるブリンクの方がいいって言う貴族は少なくないわ」

チェルシーが言ったことに、スタンリーも頷いて同意した。


すでに決まったことなのでコーディたちが今ここで何を言ってもどうにもならないのだが、たった16歳の少年にその責任を負わせることを躊躇してしまう自分がいることも確かなのだ。

もちろん、それがこの国のルールだとわかっているし、学園でも基礎的な法律学として学んで知っている。それでも爺の精神からすると『ほんの幼子』を、どうにか助けてあげられなかったのかと思ってしまう。

しかしそれもあくまでコーディの自己満足だろう。



後日調べたところ、アーリンが負う金額は、平均的なブリンクでの囚人の稼ぎだと50年ほどで解放される程度だとわかった。

終身刑に近いものの、支払い終えて出られる可能性があるのは、成人間もないことが考慮されたのだろう。

彼が火魔法を充分使えるレベルということであれば、もっと早く出られるかもしれない。


場合によると、逆恨みしてコーディのところへ仕返しのためにやって来ることも考えられる。


しかしそれもすべて、アーリンが生きていればこそのことだ。

どう転ぶかは全くわからないが、コーディは彼が無事に生きてブリンクを出られることを願う。


偽善者だと言われようとかまわない。


コーディは、一通の手紙をブリンクに移送されたアーリンへ送った。




◇◆◇◆◇◆




ブリンクは、巨大な水堀に囲まれた町の形をした牢獄だ。


一人一部屋は与えられるし、食事も服も用意してもらえる。

しかし、動けるなら問答無用で毎日魔獣の湧く森へと連れて行かれるし、帰りの時間に間に合わなければ森に置いていかれる。

堀を渡す橋は、毎日夕方には跳ね上げられてしまうのだ。


「アーリン。私の分だと言えばいいだけではないか」

「ですから父上、それはできないと言われています。もし違反すれば、父上がさらに罰されてしまいます」

「っく……。くそっ!!いったい何のために今までお前を育ててやったと思っているんだ?!こういうときに使うためだったのに!この役立たずめがっ!!!」

バァン!と粗末なドアを音を立てて閉め、元ナッシュ公爵はアーリンの部屋を出ていった。

アーリンは、魔獣の討伐で疲れているだけでなく、これまでにない父からの無心や罵倒により精神的にも疲弊していた。

ちなみに、母は違う方法で魔力を搾り取る修道院に送られたと聞いた。母親にまで罵倒されればアーリンは心が折れていただろう。


ブリンクへの到着初日、アーリンたちはブリンクでの過ごし方やルールを教えられた。


日用品や住居は最低限のものが与えられる。

毎朝8時に町を出発し、夜は18時までに帰ってこなければ堀を渡る橋が跳ね上げられる。魔獣を捕らえたら早めに帰ってきてもよく、魔獣の傷が少ないほど買取金額が高い。

一定のレベル以上の魔獣や一定数以上討伐してきた場合は、報奨としてお金や食事、日用品が与えられる。きちんと働く模範囚には、快適な部屋が与えられる。

外からのニュースは、遅れながらも入ってくる。手紙のやり取りは、検閲こそされるが可能である。

そして、狩った魔獣の譲り合いはできない。譲った場合、譲られた側に罰則が科せられる。

パーティを組んで討伐することは可能だが、能力を確認してパーティの可否を町側が判断する。


アーリンは囚人の中でもダントツに魔力が高く、父とのパーティの申請は却下された。魔力の差が大きいということは、魔力の小さい方は何もしない可能性があり、それでは罰にならないからだと言われた。実際、アーリンの父のように搾取しようとする囚人への対策なのだろう。


父は仕方なく似たような魔力量の先人とパーティを組んだようだが、公爵として居丈高に振る舞い、早々に追い出されてしまったらしい。

一方のアーリンは、釣り合う魔力の囚人がおらず、初めからソロだ。


魔獣の森は、一番手前に出てくるのがグラスタイガーレベルの魔獣で、そこから奥へ進むごとにどんどん強い魔獣が出てくる。

ほとんどの囚人は、ひたすら手前あたりの魔獣を狩る。少し強いパーティ数組だけが、日帰りできる程度までだが奥へ行くらしい。

アーリンは連日森へ入っていた。毎日狩れればいいのだが、せいぜいが3日に一体、グラスタイガーレベルが精一杯である。それより強い魔獣は、初めて見かけたときに勝てそうにないと感じたので、必死で隠れてやり過ごした。

頼りになると思っていた父はアーリンに依存しようとするばかりで、自分も大して活躍はできない。


毎日のように、父にも自分にも幻滅し続けていた。



そんなある日、アーリンに手紙が届いた。

「コーディ、だと……?」

家名を書かずに送られてきた手紙の中身は、魔法の同時発動の手法であった。


手順は難しいものではなかったが、練習は必要になりそうだった。

その手紙の最後には、メッセージが書かれていた。


「……っぐ、っ!……」

その手紙をグシャリと丸めて捨てようとして、アーリンは振り上げた腕をそのままゆっくりとおろした。

そしてもう一度紙を広げ、コーディの文字を見てからたたみ、封筒へ入れた。

封筒は、引き出しの奥にしまい込んだ。


諦めに染まりつつあった青い瞳には、ほんの一筋、光が戻っていた。



読了ありがとうございました。


賛否両論ありそうですが、おじいちゃんとしては「幼子のオイタはきちんと叱って許すべき」くらいの感覚です。

アーリンの父たちは30歳を超えているため大人扱いで、自己責任だと考えています。

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