210 魔法青年の妻は気に入られる
よろしくお願いいたします。
カーヤには、柔らかなグリーンを基調としたドレスを新調した。
彼女の雰囲気によく合う。
コーディは黒いドレススーツで、彼女のドレスに合わせて小物の色を揃えている形だ。
ホリー村の仕立て屋は、なかなか良い仕事をしている。
練習したエスコートはそれなりに形になっており、お城の会場入りもそつなくこなすことができた。
華やかな人々が揃う中、招待されている研究者たちはきちんとしていながらどこかほかの貴族とは雰囲気が違った。
うまい表現が出てこないのだが、パッと見てわかる。
姿勢も綺麗だし、言葉も貴族特有の言い回しを使っているし、服装だってこの場にふさわしい格式の高いものだ。
けれども、彼らは間違いなく『魔塔の人』だった。
「オタク臭というやつか」
「え?」
「いいえ、なんでもありません。あちらの軽食を先にいただきましょうか」
うっかりつぶやいた言葉は誤魔化し、コーディはカーヤを連れて軽食が並ぶビュッフェコーナーを目指した。
時間になったら、お城に併設されたナトゥーラ教の教会で結婚式を行い、その後に大広間でパーティという流れだ。
今は結婚式前に用意された客用の控室にいた。
控室といっても、コーディの感覚ではなかなか豪華な広間である。
パーティ本番の広間はもっと豪奢で広いのだろう。
「あら、これはリューベンのソースですね。確か帝国北部の特産品です」
一口大のカナッペのようなものを食べたカーヤは、ゆるりと目を細めた。
美味しいらしい。
「リューベン……赤い根菜ですね。ノディエ伯爵領でも採れるのでしょうか」
「ノディエ伯爵領でも栽培が盛んだったと思います。栄養価も高いそうですが、見た目に華やかで良いですね」
確かに、どの料理も赤が映えて華やかに見える。
「いやはや、タルコット准騎士爵夫人はよくご存じですな」
やって来たのはアルシェだ。
奥方をエスコートしている姿はさすがの貫禄である。
レルカン派として動いていた人物で、今はのびのびと研究しつつ魔塔の運営にも尽力している。
ここにはほかに、レルカン夫妻、ギユメットと同じ研究室のオーバン・ルフェとその婚約者、ギユメットの友人らしいオノレ・ラカンとその婚約者などもいる。
帝国出身の研究者だけではなく、イザーク・ジルヒャーのような他国出身の研究者も呼ばれている。
コーディもそうだが、国を限定せずまんべんなく招待したようだ。
このあたりのバランス感覚は、コーディにはさっぱりわからない。
「……ありがとうございます。帝国は素晴らしい産物が多いもので、運よく記憶しておりました」
にっこり、と公爵令嬢時代に培った美しい微笑みで答えたカーヤは、この場にあっても気おくれしていない。
さすがである。
もっとも、コーディも「綺麗に着飾った人たちがたくさんいるな」という程度にしか思っていないので、緊張などは全くない。
緊張はしないが、相手にしたいかどうかは別の話である。
知らない帝国貴族がコーディたちの方に向かっていたので、アルシェが来てくれて助かった。
「たまたまだろうと、きちんと知っているという事実に違いはありませんよ。知識は武器です。魔法でも政治でも」
「その通りですね」
アルシェの奥方と一緒に、コーディはうなずいた。
カーヤは、ほんのりと頬を染めて静かにお礼を言った。
併設された教会は、美しいステンドグラスが壁や床に色を落とす幻想的な建造物であった。
いくつものステンドグラスで描かれているのは、主だった神々である。
宮廷音楽家たちが荘厳な音楽を奏で、窓から注がれる色の中、ギユメットとアリーヌが婚礼衣装をまとって入ってきた。
帝国では婚礼衣装の形は決まっていて、色だけが自由である。
主役二人は、淡い水色を基調として、ポイントに帝国の三色を使った衣装をまとっていた。
ギユメットの講釈から考えるに、帝国への敬意を示している形だろう。
最前列の主賓席には、帝国の三色を惜しみなく使ったドレスをまとった第二皇女殿下がいた。
いまだ婚約者を決めていないそうで、単身での出席である。
式の間も穏やかな笑顔で周りを和ませているあたり、皇族としての矜持を感じる。
存在感はあるのに圧迫感はない。
ギユメットは終始アリーヌを気遣いながら移動しており、参加者たちもほほえましく見守っている。
帝国のナトゥーラ教の大司教が司祭を務め、二人の結婚が成立した。
晴れやかな笑顔の二人が印象的な、良い式であった。
式が終わってから、順次パーティ会場へと案内された。
一組ごとにメイドが案内する徹底ぶりである。
コーディたちも名前を呼ばれて移動し、会場に入った。
「まあ……。これは、素晴らしいですね」
カーヤが装飾された天井を見て、ほぅ、とため息を吐いた。
先に会場入りした人たちも、そこここで壁や天井を鑑賞している。
「確かに。見事に組み込まれた魔法陣ですね」
「え?」
「え?」
コーディとカーヤは顔を見合わせた。
「あそこの花模様のそばにあるのは超古代魔法王国で使われていた文字で、温度を一定に保つ効果がありますね。あちらの月をぐるりと囲んでいる模様は、超古代魔法王国の文字を装飾してあって、大きな火が上がったら消火するようです」
食事とは別の休憩用に用意されたソファに座ってコーディが簡単に天井の魔法陣について解説していると、レルカン夫妻がやってきた。
「以前からこの文様は魔法陣の様相を呈していると言われていたが、やはりそうだったな」
「かなり厳重に守られていますね」
コーディたちの周りに、研究者が集まってきた。
「歴史的建造物だとは知られていたが、まさか保全の魔法陣まで描かれているとは」
「認められるかはわからんが、一度すべて解析させてもらいたいな」
超古代魔法王国の文字がわかる人が説明すると、魔法陣の構造に詳しい人が質問し、即席の魔法陣解析会となっていた。
「皆様方、興味深いお話をなさっていらっしゃいますね」
「皇女殿下!帝国の太陽を司る御方にご挨拶申し上げます」
レルカンがすぐに反応し、礼を執った。
コーディたちもソファから立ち、礼を執る。
カーヤもコーディの隣で優雅なカーテシーを見せていた。
皇女殿下は、一組ずつ声をかけ、それぞれの出身地の話や最近の研究に関する話をしていた。
魔法に造詣の深い人だとは聞いていたが、本当に最新の発表まで確認しているようだ。
「こちらが、プラーテンス王国出身のタルコット准騎士爵とそのご夫人です」
「この度の功労者のお一人ですね。ご夫人はアルピナ皇国の公爵家の方でしたか」
ゆるりと微笑む皇女殿下の前に、コーディとカーヤが進み出た。
「はい、コーディ・タルコットと申します」
「カーヤ・タルコットでございます」
さっと礼を執る二人に、皇女殿下はうなずいた。
「素晴らしい功績を残されているようですね。奥方も魔法を学ばれているとか」
「ありがとうございます。カーヤは、とても優秀な生徒なのです。魔法も魔法陣も、順調に知識を吸収しています」
褒められたカーヤは、柔らかな笑顔の仮面をつけたままほんのりと頬を染めた。
「勉強を怠らない方は好ましいです。お好きな魔法はありますか?」
皇女殿下に聞かれたカーヤは少し逡巡してから口を開いた。
「そうですね、水魔法は水量が多くなってしまって、少し調整が難しいです。土魔法は細かい作業ができるようになりました。まだ風魔法で空を飛ぶのは数分程度ですが、楽しいです。木魔法は花を咲かせるのが難しくて、火魔法も小さな火種が少し苦手ですね。ですが、少しずつできるようになっていくのが嬉しく思います」
途中から黄色い目を煌めかせながら言い切ったカーヤは、自分が注目されているのに気づき、ハッとして俯いた。
「素晴らしいですね。理論的には全属性使えると聞き及んでいますが、実際には得意不得意があるといいます。カーヤさんは、魔法使いとして大成しそうですね」
「……ありがとうございます」
恥ずかしそうに頬を染めたまま、カーヤは笑顔でお礼を言った。
「わたくしも勉強中なのです。よろしければ、またお話を伺えるかしら?」
皇女殿下の言葉に、カーヤは即答した。
「はい、もちろんです」
「嬉しいわ。手紙転送の魔道具をいくつも持っているのだけれど、案外使い道がなくて。あとで届けさせますね」
「かしこまりました」
いつの間にか、カーヤは皇女殿下のペンフレンドに決定していた。
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