209 魔法青年は招待される
よろしくお願いいたします。
「切り裂く風っ!」
グリーンのローブを着たカーヤは、フォグピッグの首を切り落とした。
無詠唱でも魔法を使えるが、カーヤとしては短縮詠唱など一言ある方が安定するようだ。
本当はファイヤビーを狙うつもりで迷いの樹海へ来たのだが、獲物が変わるのはよくあることだ。
フォグピッグは霧に隠れて移動する臆病な魔獣なので、見つけられたのは幸運だった。
コーディも、きちんと見たのは初めてである。
「いいですね。魔力の制御も正確です。次は素材としての処理を行います。前回は厳しかったようですし、やめておきましょうか?」
前回、マッドニュートを倒して捌いて見せたとき、さすがにカーヤは気分を悪くし、少し離れて休んでいた。
当然の反応だと思う。
「まだ、慣れそうにありません。ですが……わたくしは、あちこちへ移動できる医師になりたいので、その過程で魔獣を処理することは必須だと思うのです」
そう言ったカーヤは、まだ手こそ出さないが、コーディがフォグピッグを捌くのをしっかりと見ていた。
少し前に、カーヤから将来の夢を聞いた。
医師になりたいということに加えて、色々な国を訪れて滞在してみたいという。
これは、少しでも知見が広がればとコーディが各国のことを話して聞かせたのも大きいだろう。
この大陸はそれなりに大きい。
地域が変われば風土の違いがはっきりとあり、それゆえに文化も違う。
公爵令嬢としてのカーヤの世界は、屋敷と庭、それから連れて行かれる他家の屋敷だけだった。
公爵家に引き取られる前も、行ける範囲など知れていたので、閉じた世界しか知らなかったらしい。
ホリー村へ来るまでの旅だけでも、カーヤにとっては大きな刺激になったようだ。
アルピナ皇国とホリー村は、大陸規模で見るとそこまで遠くはない。
けれども、文化が全く異なる。
それを肌で感じたカーヤは、もっと他の国も見たくなったのだという。
「確かに、常に冒険者を雇うという手もありますが、自分で対処できた方が安全性は高まります」
コーディがうなずくと、カーヤはきゅっと右手で左手を握った。
何かを告げたいときの癖だ。
「それも当然ですが、わたくしが生活していくためにも必要だと思うのです」
「生活を?」
首をかしげたコーディだったが、なるほどと納得した。
「医師としては、あまり報酬を求めないつもりなんですね?」
コーディの問いに、カーヤはうなずいた。
「……多分、難しい場面が多いかと。わたくしは、わたくしの生みの母のような人を救いたいのです。報酬を、充分に受け取れないこともあるでしょう」
つまり、カーヤは放浪版赤ひげ先生をしたいらしい。
そのためには、問題が多いし一人では難しいこともあるだろう。
ふむ、とコーディはうなずいた。
「生活の補填として冒険者をするのは良いですね。少なくとも魔獣を倒せる実力があるとわかるので、牽制になるでしょう。まあ、僕も一緒に行くので安全という意味でも問題ありません」
「コーディ様も、一緒に来てくださるんですか?」
「安全のためにというのもありますが、本音としては僕もこの大陸をもう少しゆっくりめぐってみたいんです。六魔駕獣の対策で飛び回っていたときには、とにかくスピード重視だったので」
一応国の重要人物とは関わったが、観光とは程遠い訪問でしかなかった。
コーディが肩をすくめると、カーヤは納得したようにうなずいた。
カーヤには、簡単にではあるが六魔駕獣の顛末について説明してあった。
「そうでしょうね。もっとも、コーディ様だけならもっと早く色んな所へ行けると思いますが」
「早く行くことは目的ではありませんから。一人で行くのも良いですが、道連れのいる旅も良いものだと思いますし」
「ええ。……本当は、少しだけ、一人旅は怖いなと思っていたんです。来ていただけるなら、安心です」
ふわりと笑みを浮かべたカーヤに、コーディもうなずき返した。
◆◇◆◇◆◇
「いいか、迎えの馬車はすでに用意してある。レルカン先生たちはついでにご実家に帰られるから、行きはタルコットとカーヤ夫人だけだ。絶対に、絶対に!各国の上空を、カーヤ夫人を抱えて飛ぶな。いいな?」
ギユメットは、結婚式のために帝国に戻る少し前に、コーディに釘をさしに来た。
「まあ、そうですよね。馬車をご用意いただいてありがとうございます。あ、でもカーヤが飛べる距離も増えたので」
「いいからやめろ。少なくとも今回は、タルコット准騎士爵夫妻として招待するんだからな。貴族として非常識なことをするな」
コーディに最後まで言わせず、ギユメットが被せてきた。
夫婦そろって飛行魔法でやってくるなど、魔塔らしい演出としてよいと思うのだが。
「いいか、タルコット一人なら私もそこまで言わない。魔塔の研究者という確固たる身分があるし、逃げ出すくらいわけないだろうからな。しかし、カーヤ夫人は違うだろう。下手に帝国の貴族に目をつけられてみろ、外国の准騎士爵夫人なんぞ平民と変わらない。魔法を使わせるだけの軟禁生活になる可能性もあるんだぞ」
きっとそれは丁重に扱われた上での軟禁だろうが、不自由であることに変わりはない。
帝国も一枚岩ではないし、コーディが常に一緒とも限らない。
ギユメットたちの晴れの舞台で無用な争いを起こさせないという意味でも、今回は大人しくしておくべきだろう。
「わかりました。ありがたく、馬車をお借りします」
「そうしてくれ」
コーディが納得したことを見てとったギユメットは、深いため息を吐いた。
その後、ギユメットはカーヤにも何度も言い聞かせていた。
信用がない。
スーツやドレスといった式服のほかに、道中の着替えや持ち込むプレゼントなど、荷物が多い。
箱馬車の上にも荷物を入れた箱を積んだ。
馬車には魔法陣を貼り付けたので、揺れなどなくとても快適な移動である。
数日かけて帝都にたどり着いたときには、その町並みにしばし見入った。
「素晴らしいですね」
カーヤは馬車から見える景色をうっとりと見つめている。
北の方にあるロスシルディアナ帝国の建造物は、石造りのものが多い。
石組みの技術が高く、石の色をうまく使ってデザインされているのだ。
特に帝都は歴史ある建物がたくさん残っていて、そこに新しい建物もうまく調和しており、見ごたえがある。
たどり着いたのは、三階建ての大きな宿だった。
貴族御用達なのだろう、前庭の馬車停めがたっぷりしていて、厩も広い。
案内された部屋は、リビングとバスルーム、寝室が三部屋という豪華なものだった。
「カーヤ、この窓から見える景色も綺麗ですよ」
大きな窓の外はベランダになっており、周りが良く見える。
「まあ。本当に美しいです。……明日は、あちらのお城で式と披露宴なんですね?」
「そうらしいです。さすがギユメットさん」
本当なら、ギユメットは実家の侯爵家で式と披露宴を行う予定だったそうだ。
しかし、「六魔駕獣による被害を抑えられたのは魔塔の活躍があればこそ」と考えたらしい帝室が、功労者の一人であり帝国貴族位も持つギユメットの結婚式のために、場所を提供してくれることになった。
式や披露宴に正式に参加するのは第二皇女だけらしいが、場合によるとほかの皇族も顔を見せるかもしれない。
端っこで参加するだけのコーディたちにはあまり関係ないが、きっとギユメットたちは今頃胃が痛いことだろう。
他人事として深く考えていなかったコーディとカーヤは、宿でのんびりと旅の疲れをいやすことにした。
読了ありがとうございました。
続きます。




