208 魔法青年の魔法を受けた人々
よろしくお願いいたします。
そこは、アーリンにとって全く知らない場所であった。
道が黒く平らで、妙な白い模様が入っている。
用途のわからない柱がそこかしこに立っていて、黒い線で繋がっている。
やけに背の高い建物が立ち並び、かと思えば馬のいない馬車のようなものがものすごい勢いで通り過ぎていく。
人工物だらけで空が狭く、土が見当たらない。
道の脇に生えている木ですら、どこか不自然である。
しかも、道行く人々のほとんどがクリーム色の肌に黒い髪、黒い目をしていた。
公爵家の後継として色々な種族についての本を読んだことはあるが、こんな文化を持つ国は知らない。
そのうえ、なんとなくだが、これが実在すると確信していながらも、現実ではないという、相反する理解が両立していた。
(……そうか、夢か)
こんな妙な状態は、夢でしかありえない。
そう思いついたアーリンは、肩の力を抜いた。
適当に足を進めてみると、気になる方向があったのでなんとなくそちらに足を向けた。
たどり着いたのは、大きな建物。
大きな四角を組み合わせたような建物の中には、小さな子どもがたくさんいた。
どうやら大人が監督しており、子どもたちを遊ばせているようだった。
アーリンは、中が気になったので入っていった。
どういう仕組みなのか、壁の中をするりと通り抜けることができる。
適当に見ていると、ひょろりとした男性が廊下を歩いてきた。
『こんにちは、幸之助を迎えに来ました』
彼の言葉は全く分からない。
発音の仕方からまったく違う言語にもかかわらず、アーリンには彼が何を言っているのかわかった。
『こんにちは、今日はパパさんなんですね。幸ちゃーん!パパのお迎えだよ!』
女性が部屋の中に向かって叫ぶと、一人の男の子が走ってやってきた。
不思議なことに、女性の言葉もわかる。
『パパ!パパだー!!』
ぴょん、と飛んだ男の子は、男性に向かって両手を広げた。
『おっと』
男性は、男の子を受け止めてくるりと一回転した。
『幸ちゃんは元気だなぁ。ほら、おかえりの準備して。リュックにシール帳を入れるんだろ?』
『うん!じゃあ、パパはそこ!こうちゃん、できる!』
『はいはい』
男性は、管理人らしい女性となにか話していた。
けれども、アーリンは先ほど走ってきた男の子から目を離せなくなっていた。
(あれは……。まさか、でも)
理解しがたかったが、それでもアーリンはそれを事実として認識していた。
男の子は、アーリンが命を奪ったコーディ・タルコットその人であった。
コーディ・タルコットとの共通点は髪と目の色くらいしかないはずなのに、確信する何かがあったのだ。
見たところ、いたって普通の男の子で、何の悩みもなさそうである。
生まれる前の、コーディだった頃のことなどまったく覚えていないようだ。
男の子は、不幸せには見えない。
ふっくらした頬は、食事が充分に足りていることを伝えている。
シミ一つない綺麗な服から、かなり裕福であることがわかる。
屈託なく話す様子からは、父親らしい人物に全幅の信頼を寄せていることがわかる。
不幸せではないどころか、幸福であることを意識すらしないほどに満たされているのだろう。
アーリンは、そんな様子を見てほっとした。
その安心は、自分の罪が今世で終わることかもしれないし、残酷な終わりを迎えたコーディ・タルコットの不幸が断ち切られたことかもしれない。
いずれにしても、アーリンは幸せそうな子どもに対して、「良かった」と思った。
もう彼のことを心配する必要はない。
ただただ、自分の犯した罪に向き合うだけでいい。
それからのアーリンは、粛々と魔獣を倒す日々を送った。
生まれ変わったコーディ・タルコットの夢を見ることは、ついぞなかった。
◆◇◆◇◆
ブルーノは、もはや馴染みとなった独房の床で飛び起きた。
意味の分からない夢を見たのだ。
ブルーノは、栄えあるタルコット男爵家の次男だった。
兄のアドルフが後継ぎで、自分はサポート。
みそっかすの弟コーディは、家事と事務仕事だけはできそうだったから、将来はせいぜいこき使ってやろうと思っていた。
胸を押さえて息を整える。
そもそも、自分がこんなところにいるのはおかしい。
小汚い鉱山の労働者になるなど、何かの間違いのはずだ。
だから何度も抗議しているのに、その度に独房に閉じ込められる。
聞き入れようとしない職員たちは無能だと思ったし、そう言った。
事実だというのに、暴言だと言って殴られる。
ブルーノは、隠れて文句を言うのがうまくなった。
鼓動もおさまってきたので、ブルーノはもう一度床に寝転んだ。
とんでもない夢だった。
黒髪の小さな子どもが、ただひたすら幸せに過ごしているだけ。
どういうわけか、それが弟のコーディだとわかった。
だが、おかしい。
みそっかすの弟は、実はみそっかすではなく宝石の原石で、自分たちを踏み台にして魔塔へ入ってしまったのだ。
最近も何かで活躍したとか噂されていた。
つまり、生きている。
それなのに、あの子どもがコーディだとしたら、今生きているコーディはなんなのか。
あの夢の子どもは、良い服を着て、贅沢にもふかふかの子ども用の布団を使い、食べきれないほどの食事を並べられ、魔獣の危険のないところでのうのうと生きていた。
現実のコーディは、魔塔で活躍して、そういえばどこかの貴族の令嬢と結婚したとかいう話も聞いた。
どちらも、幸せにしか見えない。
兄であるブルーノはこんなに惨めな状況だというのに、あの弟は見向きもしない。
家族を踏み台にするなど、とんでもないことだ。
ブルーノは、怒りに任せて床を殴った。
次の日から、ブルーノはひたすらあの子どもの夢を見せられた。
馬なしで走る馬車に乗っているところ、母親らしい女に抱き上げられて眠っているところ、使い切れないほどのオモチャが並ぶ部屋で老夫婦に遊んでもらっているところ、貴族でもめったにお目にかかれないような甘味を前に手を叩いているところ。
どうやら、あの子どもは王族か何かで、毎日贅沢をしているらしい。
あれがみそっかすの弟だなどと思いたくもないが、なぜかそう理解している。
床や壁を殴るのにも飽きたブルーノは、次第に憔悴していった。
なぜ、自分はこんなひどい目に遭っているのか。
なぜ、自分は助け出されないのか。
なぜ、できそこないの弟だけが良い目にあっているのか。
独房から出たブルーノは、しばらく大人しくして一般監視区域へ行った。
そこには、兄のアドルフと父がいるはずなのだ。
「兄上、父上」
久しぶりに見た二人は、老け込んで疲れ切っていた。
どちらかというと、兄は少しマシな様子である。
父の方は目が落ちくぼみ、顔色は土気色で、背中を丸めて壁にもたれかかっていた。
きっと年齢のせいで労働が辛いのだろう。
「ブルーノ?どうした、何があって心を入れ替えたんだ」
「兄上、どうして私が心を入れ替える必要があるんだ?そんなことより聞いてくれ。妙な夢を見るんだ。あのみそっかすが、王族になって幸せに暮らしている。あいつは生きているっていうのに、おかしくないか?しかも、毎日毎日、似たような夢ばかり。そんなに幸せなら、少しくらいこちらに寄こせばいいのに」
言い切ったブルーノに、アドルフは何とも言えない表情で答えた。
「それは、私も見た。父上もだ。だが、私はもう見なくなった。父上は続いているらしい」
「なぜ兄上だけ見なくなったんだ?それに、母上は?」
「わからない。そういえば、母上からの手紙はこのところ来てないな」
薄情な親である。
息子たちが労働しているのだから、せめて慰労する手紙くらい送ってくればいいものを。
結局、謎は解けなかった。
呪いかなにかかと思って看守に言ってみたが、半笑いで追いやられた。
夢見が悪いせいでイライラし、別の囚人と殴り合いになったブルーノは、独房に逆戻りした。
読了ありがとうございました。
続きます。




