201 魔法少年は確かめる
よろしくお願いいたします。
こちらを見上げた男の子は驚いているものの、ケガはなさそうだ。
「やだ、ごめんなさい!幸之助、ほらお兄さんに『ごめんなさい』は?」
母親らしい若い女性が走ってきた。
幸之助と呼ばれた男の子は、頭がぶつかったコーディの腰のあたりをそっと撫でた。
「ごめんね」
動きやすそうな子ども服は綺麗に整えられているのに、あちこちに草が付いていた。
白が綺麗な靴にも、土汚れがたくさんついている。
ずいぶんと、活発な子らしい。
「いいよ。ちゃんと謝れたね」
コーディがしゃがみこんで目線を合わせると、幸之助はニパっと笑った。
「うん!パパがね、イタイイタイしたらごめんねしなさいって。こうちゃん、えらい?」
「とっても偉いよ」
コーディが褒めたので、幸之助は嬉しそうにぴょんと跳ねた。
「おにいちゃん、いっしょにあそぶ?」
躊躇なくコーディの手を掴んだ幸之助に、その母親は焦って言った。
「幸ちゃん!ごめんなさい、人見知りが全然ない子で」
「いえいえ。幸之助くん、ごめんね。お兄ちゃんは待ってる人がいるから行かないと」
目を合わせてそう言うと、幸之助は掴んだ手を離した。
「ふうん。すべりだい、たのしいよ?」
幸之助の目には、大人への疑いが一切ない。
大事に育てられている証拠だ。
「そうだね。楽しいよね」
「うん!みてて!!」
そう言って走っていった幸之助は、低い滑り台の階段を上り始めた。
「おにいちゃん!みてて!」
「うん、見てるよ」
コーディが答えると、幸之助は滑り台に座り、するんと下りてきた。
「もういっかい!」
そう言って階段に向かった幸之助は、もうコーディを見ていなかった。
「すみません、ありがとうございます」
そう言った母親は、優しい目で幸之助を見守っていた。
元のコーディ……幸之助は、たっぷり愛されてのびのびと育っているようだ。
母親に軽く頭を下げたコーディは、踵を返して歩き出した。
「おにいちゃん、ばいばーい!」
後ろから幸之助の元気な声がかかったので、振り返って手を振った。
瞬きで目の潤みを誤魔化したコーディは、ゆったりと歩いて公園を出た。
もう三人、というかもう三体、地球に来ているものがいた。
コーディと関わったからか、無数にある異世界の中から地球に三体と一人というのは偶然とは思えない。
ともかく生まれ変わっているのはわかったので、彼らの様子も見ておきたい。
一体は日本にいた。
幸之助の住居からは遠いが、魔法を使えばすぐに移動できる。
転移した先は、古い家の縁側が見える庭だった。
誰かが住んでいるようだが、今は人の気配はない。
縁側の板の上に、大きめの木箱が置いてあった。
箱の横には、水の入った皿もある。
縁側の引き戸は開け放されており、田舎ならではののんびりした空気が漂う。
ひょいと箱の中を覗くと底に毛布が敷いてあり、目が開いたばかりらしい子猫が四匹くっついていた。
母猫は見当たらない。
「……なるほどな、自由ではある」
その中の虎柄の一匹が、リーベルタスだったものだ。
すぐに、母猫が戻ってきた。
コーディが一歩下がったのを見て、ゆっくりと近づいた母猫はさっと箱の中に入った。
母猫には首輪があったので、どうやら飼われているらしい。
子猫たちがどうなるかはまだわからないものの、酷い目には遭わないだろう。
ここで飼われるか、誰かに貰われるか。
いずれにしても、飼い猫として安全な場所で過ごせるならそれもいい。
コーディは、ほんの少しだけ健康でいられるようにと祈ってから、その場を去った。
次に転移した先は、海の上だった。
「おっと」
コーディは落ちないよう、風魔法でひょいと浮いた。
大海原の真ん中なので、誰かに見つかると厄介だが、今のところ周りには何の影も見えない。
周辺を探ったところ、その個体は海の中にいることがわかった。
少し逡巡してから、コーディは海に飛び込んだ。
「風魔法はこういうときにも便利だな」
カプセルのように自分の周りに空気を作りだしながら海に潜った。
さすがに魔力消費が激しいが、コーディにとってはそこまで問題でもない。
「さて……あちらか」
細いつながりを見つけて向かうと、青の向こうから大きなマッコウクジラが現れた。
そして横には、赤子と思われるマッコウクジラが寄り添っている。
四メートル近いので幼体かどうか疑いたくなるが、母親と比べれば明らかに小さい。
近くにはほかのマッコウクジラの親子もいるので、どうやら集団で子育てをしているらしい。
のんびりと泳ぐ親子は、こちらをちらりと見た。
母親の方はそのまま泳いでいったが、赤子の方はコーディの方へ寄ってきた。
額のあたりでつんつんと空気の膜をつつき、ぐるぐると周りを泳いだ。
「なんだこれ?」と聞こえてきそうな態度である。
「そうか、海に戻れたんだな。天敵も少なかろうて、のんびり生きるといい」
この子は、ウミガメのマーニャだったものだ。
六魔駕獣にされてからは溶岩でしか泳げなくなっていたが、いまは自由に海の中を泳いでいる。
しばらくぐるぐるとコーディの周りを泳いでいた元マーニャは、母親が戻ってきたので一緒に泳いでいった。
甘えるようなしぐさは、大きさに関わらず可愛らしい。
彼らを海中の空気カプセルの中から見送って、コーディはもう一度転移した。
「おっと。さすがに寒いな」
コーディはマントを取り出して身につけた。
周辺は一面の白い氷である。
「面白いものだ。前世では結局、ほとんど日本を出なんだ。もったいないことをしたかもしれん」
コーディがいるのは、北極である。
一面の氷世界だが、平坦ではない。
氷の山があり、氷の地面があり、氷の海岸がある。
場所としては、グリーンランドの海岸だ。
地面もあるはずだが、今はすべて氷で覆われている。
きょろきょろと見回したコーディは、気配を辿って飛んだ。
それらしい気配は、氷の山の中にある。
よく見ると人が楽には入れそうな穴があって、その中にいるようだ。
「……ホッキョクグマか。まだしばらく巣穴で過ごすことになるようだな」
確か、半年以上は巣穴にこもって子育てをするとテレビで見た気がする。
魔力で気配を探ったところ、巣穴の中には母グマのほかに、一メートルに満たないサイズの子グマが二体いることもわかった。
子育て中の母グマを刺激してはいけない。
だからコーディは、そっと空中から祈りを捧げるにとどめた。
「しかし、ネズミからクマとは、随分と方向転換したもんじゃの」
子グマの一体は、ペルフェクトスにさせられていたネズミの生まれ変わりだった。
北極圏では人間以外に天敵がいないはずなので、理不尽な目に遭う可能性は低い。
今日見たものたちは、幸之助を含めて順調に生きているようだ。
多分、今後の危険も少ないだろう。
それでも、コーディは改めて祈った。
彼らが幸せを享受し、溢れた幸せを周りに分け与えながら過ごせるように。
読了ありがとうございました。
続きます。




