200 魔法青年は会いに行く
よろしくお願いいたします。
コーディは、週に一度は休日とした。
ジョギングも散歩も朝のうちに軽く済ませて、あとは自由である。
「自由、ですか……」
朝食の片づけを終えたカーヤは、所在無げに立ったまま言った。
「はい。さすがに迷いの樹海に出るのは危険なのでお勧めしませんが、村の中であれば安全です。家でのんびりしてもいいですし、村の中を散歩して色々な店を見てもいいでしょう」
「……村にあった、図書館でも?」
ふと思い立ったらしいカーヤは、ちらりと窓から外を見た。
「もちろんです。カーヤの、好きなように過ごしてください」
「はい。……こういうことは初めてなので、どうしたらいいのかわたくしにはさっぱりわかりません」
右手で左手を握るようにしながら、カーヤは困ったように首をかしげた。
「しなければいけないことは特にないということです。万が一の連絡用に、この魔道具だけ持ってくださいね。昼食を外で食べるなら、これを持って行ってください」
コーディは、通信の魔道具を入れた小さな巾着と、もう一つ別の小さな巾着をカーヤに手渡した。
「この石が魔道具なんですか?」
巾着から小石を取り出したカーヤは、興味深そうに魔法陣を眺めた。
「はい。僕のこの石と連携していて、遠く離れていても会話できます」
「手紙ではなくて、声を届けるのですね」
やはりカーヤは理解が早い。
「ええ。こっちは昼食代です。図書館の近くなら屋台も出ていますし、食堂もあります。お金の使い方はもう覚えたと思いますから、好きにしてください」
「まあ……。わたくしが、自分で選んで買って、食べていいのですか?」
黄色い目をきらめかせたカーヤは、コーディと目が合った瞬間にふと気づいたように瞬きをした。
「あの、コーディ様はどうなさるんですか?わたくしだけ外に出てしまって、お困りになりませんか?」
優しい子だ。
コーディがどうするのか気にしてくれているらしい。
「僕は前から読みたかった本があるのと、少し魔法で検証したいことがあるから家にいる予定です。昼食は買ってくると思います」
「……では、昼食はわたくしが買ってきましょうか?午前中は図書館で本を選んで、午後からはこちらでゆっくり読みたいと思いますので」
ぎゅっと握りしめられた手は、カーヤが思い切って提案したことを教えてくれる。
コーディは、にこりと笑顔を見せた。
「それは、とても助かります。二人分買ってきてくださるのなら、それでは少し足りませんね。財布を貸してください」
「はい」
カーヤは、ほんの少し自信を滲ませてうなずいた。
財布を受け取ったコーディには、初めてのおつかいを頼まれた子どもに見えた。
カーヤが出かけてから、コーディは自室で瞑想する体勢をとった。
魂の世界に行くだけなら、時間の経過があいまいである。
しかし、あそこを通って別の世界に行く場合はどうかわからない。
だから、まずは試してみるべきだ。
この世界の指標として、カーヤに持たせた魔道具の片割れを持っておく。
一つの石から削りだしたペアなので、繋がりがわかりやすい。
そうして、コーディはまず魂の世界へと向かった。
体はまだホリー村の自室である。
ゆるりと意識を動かし、別の世界の方を注視して、元のコーディの居場所を探った。
コーディ自身の魂の力を分けたので、残滓のようなものを辿れそうである。
そうしてたどり着いた世界を把握して、コーディは心中で苦笑した。
(なるほど。わしと繋がりができたからかのぅ)
元のコーディは、どうやら地球に生まれているらしかった。
コーディにとっては当然馴染みのある世界なので、行き来もしやすそうである。
魂と肉体が細く繋がったままの状態で地球世界を目指し、世界の縁のようなところに触れると同時に肉体を呼び寄せた。
衝撃などは一切ないが、イメージはテレビで見たことのあるゴムパッチンだろうか。
そうして体が魂に重なった瞬間、コーディは山中の廃墟の前にいた。
「ここは……。ああ、わしの家だったところか」
それは、鋼として最期を迎えた家だった。
懐かしい、日本家屋の平屋である。
庭は草がぼうぼうになっており、鶏小屋のあったところにも生き物の気配はなく、アスファルトの道だけが地面として開けていた。
電線は一応繋がっているようだが、家は閉ざされたまま。
「そういえば、誰かが弔ってくれたのかもしれんな」
一応、事前に準備はしておいたので、役所の方で葬儀などはしてくれたと思う。
しかし、亡くなった鋼を見つけた人には気の毒なことをした。
「……見つけられておる、よな?」
魔法で鍵を開けてこわごわと家の中へ入ると、古い家特有の匂いがした。
そっと歩けば、床板がギイ、と鳴る。
「ああ、やはりちゃんとしてくれたようだ」
鋼が最期に朝焼けを見た部屋は閉ざされ、何もなかった。
家を出て鍵を閉め直したコーディは、改めて元のコーディの気配を探った。
「……少し遠いか。とはいえ、空を飛ぶわけにはいかんな。転移するほかないか」
元のコーディとの繋がりがうっすらと感じられるものの、距離はかなりありそうだ。
少し考えてから、コーディは転移するべく魔力を取り出した。
「そうか。魔力も気も、元は同じじゃったか」
仙人が使う『気』と、魔法世界での『魔力』は、捉え方や貯え方が違うだけで、エネルギーとしては同じ存在。
突然理解したコーディは、納得とともに満足してから転移した。
転移した先は、閑静な住宅街。
新しい家と少し古い家が立ち並び、近くには公園が見える。
生まれ変わった元のコーディは、今は公園にいるらしい。
そちらに向かって歩き出してから、ふと自分の格好を見下ろした。
白いシャツに黒いズボン、黒いローブに茶色の靴。
「……ローブはいらんな」
杖はもう持ち歩いていないので、ローブさえなければ地球でも誤魔化せそうだ。
手ぶらなのも気になるかもしれないので、アイテムボックスから肩掛けの鞄を取り出し、ローブをしまった。
アイテムボックスの場所には、世界を越えても同じようにアクセスできると、今わかった。
「面白いもんじゃのぅ」
そこは比較的大きな公園だった。
親子連れが多いので、今日は休みの日かもしれない。
小学生くらいの子たちもいれば、もう少し年かさの若者たちもいる。
コーディが紛れ込んでも、特に問題はなさそうだ。
歩いてそちらに向かうと、小さな子ども向けの遊具がいくつか並んでいた。
カラフルで、角を削り取った柔らかなフォルムの遊具の間から、黒髪の男の子が飛び出してきた。
「おっと」
四歳くらいに見える男の子は、ふっくりした頬をバラ色に染め、コーディの足にぶつかった。
読了ありがとうございました。
推敲が甘いので、後で修正するかもしれません。
2025/11/27 微修正しました。
続きます。




