199 魔法青年と上界真人の力
よろしくお願いいたします。
結婚の書類は無事に受領され、新しい家での暮らしが穏やかに始まった。
そして朝の散歩に加えて、瞑想をすることにした。
元々カーヤは完全に魔力をぴたりと纏えているが、逆に言えば留めることしかできない。
魔力を動かすためには、まずは感じるのが先だろうと考えたのだ。
リラックスした状態で瞑想するため、カーヤにはソファに座るように言った。
「あの、コーディ様は、なぜ床に?」
コーディが床に腰を下ろしてあぐらをかくと、カーヤは不思議そうに聞いた。
一般的に、貴族にはあまり床に座るという文化がない。
「僕はこの方がゆっくりしやすいので」
そう言ったコーディを見て少し逡巡したカーヤも、コーディの近くの床に座り込んだ。
「無理はしなくていいんですよ?自分の中を覗く感じなので、寝転んでも、椅子に座ってもいいんです」
「はい。わからないので、まずはコーディ様と同じようにしてみます」
カーヤがまずはコーディの方法を試すというなら、それでいいだろう。
床に座り込んだカーヤに、コーディは瞑想の方法を教えることにした。
「目を瞑っても開いていてもどちらでも構いません。何も考えずに、ゆっくりと息を吸って吐くようにしてください。息を吸うときに、一歩ずつ自分の内側に入り込むイメージです」
「何も考えずに……。そう思うと、余計に考えてしまいそうです」
カーヤは眉を下げて困ったように言った。
「初めは難しいでしょう。だから、息を吸って吐く、呼吸に集中してみてください。そのうち、自分の中から繋がる魔力を感じられるようになりますよ」
案外、人はいつでも何かを考えてしまうものである。
そういうときは、動作に集中するといいのだ。
「わかりました」
「今日は十分ほど試しましょう。慣れてきたら少しずつ時間を伸ばします」
「はい」
床に座った二人は、瞑想を始めた。
カーヤはしばらく落ち着かないようだったが、そのうち呼吸が一定になってリラックスしてきたので、自分なりに一定の状態を保てているらしい。
コーディも、魔力を巡らせるだけの瞑想ではなく、久しぶりに魔力の器から繋がる向こう側へ行ってみようと考えた。
内側へ内側へと意識を集中すれば、魔力の器を感じ取れる。
瞑想を始めてすぐに、あの魂の世界へとたどりついた。
膨大な数の魂が、一つの流れを作るように集まっていく。
そしてその先は見えない。
コーディ自身は、床に座って瞑想している自分とは繋がったままなので、感覚が二重になっている。
以前よりも、こちらに来るのが楽だった。
さらに、魂が向かう先のことも少しわかった。
あの先には、無数の世界が重なっている。
魂たちは、あそこから新たな世界へ旅立つのだ。
―― なるほど、わしはあそこを経由する必要はないな。
コーディは、コーディとしてあの魔法世界にいるが、どうやら魂にならずとも、別の世界を覗くことができそうだった。
さらに研鑽を積めば、鋼のときに出会った上界真人のように、身体ごと別の世界へ移動できるだろう。
ただ、戻って来たいのであれば注意が必要だ。
世界の数は、文字通り無数なのである。
何らかの繋がりを持って記憶しておかないと、帰れなくなりそうだ。
―― 元のコーディは、六魔駕獣たちは、無事に新たな生を歩んでおるかのぅ?
まず気になるのは彼らのことだ。
特に、元のコーディがどのように生まれているのか、辛い目にあっていないかというのは、ずっと心の奥にあった。
行けるのであれば、確かめたい。
もしも辛い目にあっているなら、なんとか助けてやりたい。
そのためには、身体ごと別の世界へ行けるようにならないといけない。
まずは、魂の世界を覗く状態を繰り返して世界の認識に慣れるところからだろう。
そっと決意を固めたところで、十分が経過した。
魂の世界からふわりと戻ったコーディは、一つ息を吐いた。
「カーヤ、終わりましょうか」
「はい。……やはり、何も考えないのは難しいです。でも目を瞑ると眠ってしまいそうな気もして」
思いつめるようにカーヤが言ったので、コーディは笑顔で言った。
「かなり難しいことですからね。まずは瞑想の形から慣れていって、少しずつできるようになるんです」
「そう、でしょうか」
納得しきれていないカーヤは、自分に関することはかなり負けず嫌いらしい。
「ええ。初めてなら、黙って座って集中した、というだけで充分な成果です。知識とは違って身体を使うものですから、すぐにできてしまうとむしろ忘れやすい。一つずつできるように、そして忘れないように繰り返し練習を続けましょう」
「わかりました。あの、もしかしてコーディ様も、毎日?」
先ほど一緒に瞑想したことを思い出したのだろう、カーヤは確認するように聞いた。
「はい。そのほかに、午後には走っています」
「わたくしが本を読んでいる間ですね」
毎日1時間弱だが、午後になると外に出ている。
走るほかに、神仙武術の型もなぞる。
コーディ自身の時間を無理なく確保した結果、午後になったのだ。
「知識もそういう側面はありますが、体を使うことの方が忘れやすいので、なるべく毎日繰り返した方がいいんですよ」
「はい」
納得したらしいカーヤは、自分の足を見下ろした。
カーヤもそろそろ散歩に慣れてきたように思える。
コーディほどではなくとも、もう少し負荷をかけてもよさそうである。
「では、今日からは散歩の前半にゆっくり走りましょう」
「はい」
やる気が出たらしいカーヤは、フンスと気合いを入れた。
走るために、カーヤ用の運動着も用意した。
冒険者で見慣れていることもあり、ズボンを履くのに抵抗はないらしい。
早速走ってみると、軽く流すだけでも大変そうだった。
それはそうだろう、本格的に走るのは生まれて初めてのはずだ。
歩く延長程度の緩やかなジョギングでも、カーヤにはかなりの負担になる。
カーヤは無理をしそうなので、コーディは彼女の様子をしっかり見ながら走った。
三分ほど経ったところで、カーヤの限界が見えてきた。
歩きに切り替えたコーディは、カーヤの呼吸が落ち着くのを待ってタンブラーを差し出した。
「少し水分補給しましょう」
冷えた水で満たすと、カーヤはその様子をじっと見ながら頷いた。
水魔法で出せばいいので、水筒ではなく引っ掛ける金具の付いたタンブラーで充分だ。
「これも、もう少ししたらカーヤが自分でできるようになりますからね」
「はい!」
そうして、毎朝カーヤの様子を見ながら、瞑想の時間と走る距離を長くしていった。
魔法の基礎を本で読み、魔法陣の文字を勉強し、瞑想でなんとなく魔力を感じられるようになってきたというカーヤは、徐々に笑顔も自然なものになっていった。
コーディも負けじと魂の世界の向こうに広がる世界の把握にはげみ、少しずつ世界の繋がりを理解していった。
読了ありがとうございました。
続きます。




