193 魔法青年は抱えて飛ぶ
よろしくお願いいたします。
友人たちと、それからディケンズにも手紙を送った。
事情があってカーヤと結婚する旨と、彼女がとても優秀な魔法使いになれる素質を持っていることなどだ。
ヘクターからはすぐに返事がきた。
ほとんど殴り書きのような文字で、
「おめでとう、でいいんだよな?俺より先に結婚かよ、スピーディすぎ。てかどうやって公爵令嬢ひっかけたんだよすげーな!ちゃんと紹介してくれよ。ズマッリ王国に来たら食事会でもやろうぜ」
と書かれていた。
ほどなくしてブリタニーから手紙が届いた。
「あと数日で結婚なのね?おめでとう!事情が気になるけど、とりあえずタルコットくんのところにいるならその女性は安全ってことね。ヘクターも書いてたよね、もしズマッリ王国を通ることがあったら知らせて。ちゃんといい宿も押さえるから。それから、女性の扱いで心配なことがあったら遠慮せずに聞いてちょうだい。入用なもののことでも、プレゼントのことでも、何でもいいわ。タルコットくんの気遣いは安心なんだけど、知らないとどうしようもないこともあるから」
それはとてもありがたい。
改めて二人にお礼の手紙を書いていると、ディケンズから返事が返ってきた。
こちらは祝いの言葉のほかに、住居をどうするかというものだった。
「……そうか、家を用意しないと」
今ホリー村で借りている部屋は広めのワンルームなので、同居には向かない。
当面はもう一部屋借りるとして、複数の部屋があるアパートか、一軒家でも借りた方がいいだろう。
「これも、カーヤに相談しないといけないな」
カーヤならこちらの決定に従うと言いそうだが、それでも自分の意見を聞かれるのが当たり前だということを教えていきたい。
ディケンズには、お礼の言葉と、家については当面もう一部屋借りてから考えると返しておいた。
一人用のアパートは常に余裕があるので、特に問題もないだろう。
そうこうしていると、今度はスタンリーとチェルシー夫妻から手紙がきた。
「結婚おめでとう!どういう事情か知らないけど、多分コゥのことだから人助けなんだろうと思う。いや、もしかして本音は魔法を教えたいだけ?どっちにしても突然すぎ。びっくりして三回くらい手紙を読み直したよ。チェルシーもびっくりしてインクをひっくり返してた。その匂いが思ったよりきつかったみたいで、ちょっと休んでるから返事は僕がまとめて書くよ。おめでとう、プラーテンスに来たらぜひ立ち寄ってって言ってた。まずは魔塔に行くんだよね。誰かを連れて迷いの樹海に入るのは大変だろうけど、気をつけて」
二人にもお礼の手紙と人助けであることを書きかけて、ふと引っかかったので追記した。
チェルシーを医師に診てもらった方がいいんじゃないか、と。
コーディがその場にいればすぐに魔力を見て気づくだろうが、突然訪問するわけにもいかない。
きっと近々、嬉しい報告を聞けるだろう。
次の日、馬車を手配してヴォルガルズ皇国内を北上した。
さすがに、カーヤを他国の上空で抱き上げて飛ぶのは良くない、とギユメットが馬車を手配していたのだ。
それに関しては、自分も配慮が足りなかった、とコーディは反省した。
馬車の中では、魔法や魔力の基礎について話した。
「五属性の魔法は知っていますよね」
「はい、火、水、木、風、土ですね」
ギユメットは、コーディの隣で静かにその講義を聞いている。
「これまでは、人によって使える属性があって、その属性魔法を伸ばすのが主流でした」
「わたくしが読んだ本でもそのように書かれていました」
カーヤはうなずきながら言った。
「ですが、属性は後からつけられるものなので、誰でもすべての属性を使えます。なんなら、それ以外も使えます。まず必要なのは魔力の制御、それから自然現象の理解です」
それを聞いたカーヤは、黄色の目をぱちくりとさせた。
「それは、初めて聞きました」
コーディは一つうなずいた。
「まだそこまで広まっていない考え方ですから。その点で言うと、魔力制御に関してカーヤは基礎ができ上がっているので、魔力を取り出して使う方法を練習すればすぐに上達します。その過程で、自然現象の理解が必要になるので、魔力を取り出す練習と、勉強を同時進行しましょう」
「自然現象、ですか」
あまりピンときていないらしく、カーヤは首をほんの少しかしげた。
「難しいことではありませんよ。例えば、水を温めたらお湯になり、温め続ければ蒸発する。炎とは、何かが燃えて出るもの。風とは、空気の動き。そんな普通の現象を理解して覚えると、魔法で再現できるようになるんです」
「そうだったのですね」
納得したようにうなずくカーヤに対して、ギユメットは口元に拳を当てて眉を寄せた。
「ちょっと待て。ということは、誰かの魔法を見て再現するよりも、自然現象を理解した方がより魔力を無駄にせずに使えるんじゃないか?」
「それは、どちらかというとそうだと思います。相手への信頼度が相応に高ければ、魔法の見本を見ても同じでしょう。ただ、自然現象はいつでも起こることですから、間違いありません」
「それなら……。む、早く魔塔に帰らないと」
ギユメットがそわそわしながら言い、コーディもうなずいた。
「早く戻って確認したいですよね。あ、それから魔法陣に関してはまた少し違います。ほぼ知識の問題ですから、こちらは少しずつ勉強しましょう」
「魔法陣……アルピナ皇国では、明かりの魔法陣などを教える学校がありました」
カーヤの言うような学校は、他国にもある。
「ああ、描き方を教えていたんですね」
「そうですね、いかに見本通りに描くかが大変だと聞きました」
「ん?」
「え?」
コーディが思わず首をかしげると、カーヤも不思議そうに聞き返した。
「ああ、よくある勘違いだ。とはいえ、下手に学ぶよりもその方がきちんと動くからな」
ギユメットが、代わりに応えてくれた。
「どういうことですか?」
コーディが聞くと、ギユメットは肩をすくめた。
「魔法陣をよく知らない国は、丸写しするんだ。下手に開発するよりも、その方が安全だし確実に発動する。魔法陣の文字を学ぶよりは、丸覚えした方が早いというのもある」
「なるほど」
学ぶという初期投資を惜しむと、そういうことになるのだろう。
なんというか、アルピナ皇国がさらに残念な国に思えてきた。
夜には迷いの樹海に近い村へ着き、宿を取った。
ここからは、馬車などは使わない。
朝になってから宿を出て、ギユメットは腰に下げた杖に触れた。
「あとは徒歩だな。食料を買って、野宿用の物品も用意しないと」
「え?飛んで行きますよ」
コーディが首をかしげると、ギユメットは腕を組んだ。
「私たちだけならそうだが、公爵令嬢もいるんだぞ。まさか抱えて飛ぶわけにも……。おい、それは却下したはずだ」
「抱えて飛びますよ。その方が安全で速いですから」
飛べば、ここからなら半日かからずに着くはずだ。
飛ばない手はない。
「そのまま抱えるだけではさすがに危険ですからね。布を使います」
前世ではスリングと呼ばれていた、布タイプの抱っこ紐に似た構造でくくれば、カーヤも苦しくないだろう。
「だが……」
ギユメットは言い淀んだ。
しかし、コーディもメリットとデメリットを考えたうえでの決断だ。
「カーヤにも、同意を得ていますから問題ありません。歩いて行って、カーヤを守りながら樹海の魔獣に対応するよりもずっと安全です」
「それは、確かに。うーむ、だが、良いのか?」
悩むギユメットをそのままに、コーディは買っておいた長い布を使って準備した。
肩から斜めになるように布を調整して、自分の荷物が入ったカバンを抱えたカーヤを抱き上げた。
布を縛って固定し、片手を添えておけば落ちる心配はない。
こう言ってはなんだが、とても軽い。
きちんと食べさせないといけない。
「ほら、ギユメットさんはもうそのままで飛べますよね?行きますよ」
「ああ……。公爵令嬢、問題はなさそうですか?」
ギユメットに聞かれたカーヤは、黄色い目をきらめかせた。
「はい。飛行の魔法は見るのも初めてなので、楽しみです」
「そうですか」
色々と諦めたギユメットは、改めて杖を取り出して魔法を行使した。
コーディも、それに続いて空へ舞い上がった。
読了ありがとうございました。
続きます。




