192 魔法青年は魔法を見せる
よろしくお願いいたします。
話を聞いていたらしいギユメットは、眉を寄せた。
「もしかして、あの国が私たちに依頼したのは経済的な問題が理由ではなかったということか?」
「それはわかりません。あまり高級品を並べてはいなかったと思うので、経済が低迷しているのは本当だと思いますよ」
コーディが答えると、彼はうなずいた。
「紛い金糸を好んで使うほどだったからな。全員がそうだとは思いたくないが……公爵の例もある。経済状況をいいことに、大した施策も取らずに魔塔を頼った可能性はあるか」
カーヤのことを知ったギユメットのヘルツシュプルング公爵への印象は、最下層まで落ちているらしい。
あまり言いたくなさそうな表情をしている。
寄生行為については可能性というより、ほぼ確定でそういうことだろう。
「亡命してくる人もいるそうですからね」
「そうだな。それが多いのであれば、さすがに同情の余地はない。……失礼した、貴女の母国を悪く言ってしまって」
カーヤをちらりと見たギユメットは、バツが悪そうにそう言った。
カーヤは、コーディを見た。
誰かに許可を得ないでも発言していい、と後で教えておかないといけない。
うなずいて見せると、カーヤは笑みを保ったまま言った。
「いいえ、お気になさらず」
魔力も揺れていないので、特に何とも思っていないらしい。
「僕が訪れたシュルフト村は、村ごと保護対象外のような扱いを受けていました。冒険者が多くて、外国の血が入っている人が多いからと」
「何だそれは。領地の利益を食いつぶすだけの存在ならともかく、冒険者がいるならあの辺りの魔獣を狩っているんだろう?……私には、周りが見えていなかったんだろうな。せめてもう少し何か言えればよかったか」
貴族として、見過ごせないものがあるようだ。
だが、彼はすでにパーティで会った貴族たちにきちんとダメージを入れている。
ギユメットの親切によって、名前を変えた紛い金糸は今後もアルピナ皇国に入るだろう。
それに、これからは少しずつ情報が回る速度が上がっていくはずなので、隣国だけではなくほかの国にもアルピナ皇国のあり方がバレる。
きっと、勝手に自滅するだろう。
とはいえ、コーディはヘルツシュプルング公爵が自然と落ちていくのを待つだけのつもりはない。
目標は、公爵との縁を完全に切ることである。
間違っても、没落した挙句に自立したカーヤに寄生、なんてことにならないよう対策が必要だ。
そこへ、女将が食事セットを持って来た。
「はい、お待たせしました。もうお一方の分は後で持ってきますから」
そう言いながら、カーヤの前に一つ、ギユメットとコーディの中央あたりに一つ置いた。
コーディがさっとギユメットの方にトレーを押してから見ると、カーヤが戸惑っていた。
「どうなさったんですか?」
「あの、わたくしは後からでかまいませんので」
トレーをそっとコーディの方へ押し出そうとしていた。
カーヤは、一番に自分の前にトレーが置かれたこと――つまり、自分が優先されたことに戸惑ったようだ。
「すぐ持ってきてくださいますから、大丈夫ですよ。それに、食事のスピードは一般的に女性の方がゆっくりですから、先に出されるんです」
口から出まかせのルールだが、どちらかというと女性が優先させる方が普通だ、と言っても納得しなさそうなので適当に説明した。
しかし、世間知らずなカーヤにはむしろ納得しやすかったらしい。
「申し訳ありません。お先にいただきます」
体を小さくさせたカーヤは、そっとカトラリーを手に取った。
こういうときは、謝るよりもお礼を言った方がいい。
それも、あとでそっと教えようとコーディが考えていると、女将がもう一つのトレーを持って来た。
食事を終えて戻ると、盥が部屋の前に置かれていた。
部屋には衝立があったはずなので、その陰で身体を拭うことができそうだ。
「盥がありますね。準備しますので、入っていいでしょうか」
「はい、どうぞ」
鍵を開けたカーヤは、当然のようにドアを支えながら盥を持ち込もうとした。
「扉を開けていてもらえますか?その方が楽なので」
コーディが盥を持つとカーヤはうなずき、扉を押さえて待った。
部屋の中はほぼ同じ造りだ。
隅の方に盥を置いて衝立を出していると、カーヤが慌ててこちらに来た。
「コーディ様、わたくしが」
「いえいえ、これくらい気にしないでください。お一人ですが、一応衝立はあった方が良いですよね?」
「はい、それはあると助かります」
「ではここに置きますね。タオルなどはお持ちですか?」
「荷物に入っています」
カーヤは、戸惑いながらもうなずいた。
「僕が部屋を出てからの準備があるでしょうから、少し熱めのお湯を入れておきますね」
「お湯、ですか?そんな大変なことはさせられません」
コーディの言葉を聞いて、カーヤは首を左右に振った。
「魔法で出すので簡単ですよ?多分、カーヤも覚えればすぐできるようになります」
それを聞いたカーヤは、黄色い目を丸くした。
「お水ではなく、お湯を出せるんですか?そんな魔法、聞いたこともありません」
「水の温度を高くするだけですから、大して難しくありませんよ。応用の一歩手前くらいです。では、用意しますね」
イメージを整えて、盥の半分ほどに湯を満たした。
室内に、湯気が広がる。
「まぁ……」
目の前で魔法を見て、カーヤは感動しているようだった。
「では、僕もお湯を使ってきますので、一時間ほどしたらノックしますね。そのときまだ準備中でしたら、遠慮なくそう言ってください」
「はい、かしこまりました。申し訳ありません、わたくしのために」
カーヤはぺこりと頭を下げた。
今は部屋に二人だけだ。
だから、コーディはなるべく柔らかな声を心掛けて言った。
「カーヤ、謝る必要はないですよ。何かしてもらっただけで、カーヤは悪いことをしていません。それなら、お礼を言われる方が僕としては嬉しいです」
「あ、申し訳――」
「カーヤ」
再び謝ろうとしたのを遮られたカーヤは、瞳を揺らしてからきゅっと手を握りしめた。
「あの、ありがとうございます」
「どういたしまして」
コーディが笑顔で答えると、カーヤはほっとしたように目を細めた。
「カーヤ、急に変わるのは無理だと思いますが、謝るよりはお礼を言った方がお互い気分良く過ごせることも多いです。本当に悪いことをしてしまったときにだけ謝ってください」
「はい」
カーヤは、素直にうなずいた。
「それから、誰かと話すのに僕の許可はいりませんよ。カーヤは、自由に、誰と話してもいいんです」
「……はい」
カーヤは、悩むようにほんの少し目線を下にした。
「癖はそう簡単には直りませんからね。僕だってそうです。ただ、カーヤはそんなに我慢しなくていい。少しずつ、自由に慣れていきましょう」
「わかりました」
うん、うん、とうなずくカーヤは、自分に言い聞かせようとしているようだった。
ギユメットの後で湯を使って体を拭い、魔法で湯を片付けてから荷物を整理していると、すぐに一時間経った。
カーヤの部屋の扉をノックすると、すぐに返事がきた。
「はい」
「コーディです。入ってもかまいませんか?」
「今開けます」
コーディが動く前に、扉が開いた。
「ありがとうございます」
「いえ。どうぞ」
別のワンピースに着替えたカーヤは、少し肩の力が抜けているようだった。
「では、お湯を処分しますね」
「それも、魔法ですか?」
「ええ」
コーディがうなずくと、カーヤは両手を握って思い切ったように言った。
「あの、近くで見ても、かまいませんか?」
「もちろん。どうぞ」
すると、カーヤはコーディの隣に立った。
処分すると言っても、水を蒸発させてから部屋の空気を入れ替えるだけだ。
「では、蒸発させます」
「え?」
先に窓を開け、ひょい、と手を返すと、室内が一気にむわっとした。
魔法で空気を入れ換え、すっきりしたら終了だ。
「終わりました」
「すごい……こんなに簡単に」
黄色い目をキラキラさせたカーヤは、盥と窓を何度も見ていた。
「ホリー村に行って、落ち着いたら魔法の勉強を始めましょう」
「はい!」
コーディの言葉に、カーヤは力強くうなずいた。
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続きます。




