191 魔法青年は宿を取る
更新が一日ずれました、申し訳ありません。
よろしくお願いいたします。
とりあえず、夜が近いということで、ヴォルガルズ皇国へ入って宿を取ることになった。
関所は何の問題もなく通り抜けられた。
魔塔の研究者というのは、こういうときに便利である。
「一泊お願いします。三人一部屋ずつ、空きはありますか?」
「あー、すみません、今日はもうかなり部屋が埋まっていて。二部屋なら提供できます」
宿の店主らしい男性が、眉を下げて言った。
確かに、もうすぐ夜なのでギリギリの時間だろう。
「ギユメットさん、僕と同室でかまいませんよね」
「当然だ」
「それでは、二部屋お願いします」
「はい、ありがとうございます。こちらが鍵です。二階の奥、三番と四番の部屋です。お食事は、一階の食堂でも提供しておりますし、近くの酒場などもありますよ。シャワーはありませんが、必要なら盥をお貸しします」
「わかりました。ありがとうございます。では盥をお願いします」
あとで店主が盥を運んでくれるというので、まずは部屋に向かった。
受け取った鍵にはキーホルダーがついていて、それぞれ部屋番号が書いてある。
「カーヤはこちらに。僕たちはあっちですね」
カーヤが使う部屋の扉を開けると、中はコンパクトながらベッドとテーブルセットがあった。
さすがに部屋には入らず、扉の前で立ち止まった。
「わかりました」
カーヤは部屋に入り、くるりと見回して言った。
狭くても嫌がってはいないようで安心した。
「カーヤ、この魔法陣をドアのところに貼ってください。カーヤの許可なく扉を開けられなくなります。万が一のときには僕が解除できますので、気にせず使ってください」
隣の部屋とはいえ、女性一人では心配だろう。
だからコーディは、元々持っていた施錠用の魔法陣を取り出し、いくつか追記してカーヤに渡した。
「待て、タルコット。私にも見せろ」
「はい」
ギユメットは何かを感じたらしく、コーディに向かって手を出した。
渡された魔法陣を見て、ギユメットはため息をついた。
「無理やり開けようとしたときの風刃はやりすぎだ。蔦で捕らえるようにしろ。体当たりする人物を瞬時に凍結も死ぬだろう。こっちも蔦に変更だ。それと、こことこっちで施錠を二重にしていて無駄だ。一つでいい。あと、人物の指定は初めにした方があいまいさがなくなる。公爵令嬢の名前は中央ではなく上に書け。それ以外はまぁ、美しさはないがいいだろう」
途中から魔法陣のダメ出しになっていたが、過剰防衛をやめろと言われてしまった。
聞いていたカーヤは、ほんの少しだけ首をかしげている。
「どうかしましたか?」
コーディが聞くと、カーヤは遠慮がちに口を開いた。
「そこまで、厳重にしていただく必要は、ないように思うのですが」
「いえ、貴族専用でもない宿に女性が一人になる場合、多少の自己防衛は必要です」
もっともらしくコーディが言うのを、ギユメットが呆れたように見た。
「それは当然だが、タルコットの防衛方法が過激すぎるんだ。ただ、この程度の警戒は普通です」
前半は眉を寄せてコーディに、後半はうなずきながらカーヤに言ったギユメットは、魔法陣をコーディに渡した。
「すぐ修正します。……はい、こちらを貼ってください。ドアに押し当てるだけで張り付きます」
ササっと書き直してカーヤに渡した。
今度は、横から確認していたギユメットも何も言わなかった。
「ありがとうございます」
軽く頭を下げたカーヤも、さすがにずっと馬車で疲れただろう。
「まずは部屋で休んでください。30分ほどしたら呼びに来ます。食事に行きましょう」
「わかりました」
それぞれの部屋に入って荷物を置いた。
軽く荷物を確認しながら、コーディはふと気づいてギユメットに聞いた。
「そういえば、ギユメットさんの結婚はいつになるんですか?」
確か、六魔駕獣のごたごたが片付いたらという話だったように思う。
「ああ。半年ほど後だな。アリーヌはもう魔塔の方へ来る準備を進めてくれているが、結婚式は帝国の私の実家で行う。タルコットも式には招待してやろう」
うんうん、とうなずきながらギユメットが言った。
コーディは、思わず即答した。
「え?いえいえ、遠慮しますよ。魔塔側からは、レルカン先生やそのほかの先生方、それに研究室の方々も出席なさるんでしょう?」
「一人二人増えたところで変わらん。それに、公爵令嬢だってお前の妻になってから公式な場に出ておいた方が安全だ。正式に夫婦で招待するということは、ギユメット家が二人を認めているということにもなるからな」
つまり、カーヤの実家が後からごちゃごちゃ言おうにも、ロスシルディアナ帝国の侯爵が公認しているという後ろ盾が入れば安心だということだろう。
確かに、そういった意味では出席する価値がある。
「後でカーヤに確認してみます」
「ああ、そうするといい。こちらが勝手に決めると、大抵の女性は怒るからな」
ギユメットの言い方が実感を伴っていたので、コーディは思わず聞いた。
「怒らせたんですか?」
「ああ。勝手に決めずに、事前に相談しろと言われた」
確かに、アリーヌはきっちり主張できるタイプの人だ。
帝国では役割分担はしつつも夫婦は対等というスタンスなので、当然の意見だろう。
コーディは、思わず隣の部屋がある方の壁を見た。
カーヤが、聞かれることなく自分の意見を言えるのはいつになるだろうか。
彼女に染み付いた抑制のくせを剥がすのは、なかなかに時間がかかると予想できる。
まずは、都度質問して聞きだし、言葉にすることを肯定していくしかないだろう。
コーディは内心でそう決意した。
食堂は、隣だけでなく通りの向こうにもあった。
軽く様子を見た結果、隣の食堂に腰を落ち着けた。
比較的綺麗で、店主が女性なのでカーヤもあまり怖くないだろう。
庶民向けの店だが、ホリー村には貴族向けの高級店などないので、ギユメットも慣れたものである。
食事が運ばれてきたときに、女将が質問してきた。
「はいどうぞ。そのローブっていうことは、魔塔の人ですよね?そちらの女性も研究者ですか?」
「僕たちは研究者です。彼女は、アルピナ皇国から来ました」
そう言うと、女将がさっと顔を曇らせ、周りの客もざわついた。
あまり歓迎されている雰囲気ではない。
「あの国から連れ出してきたんですよ。彼女には才能があるのに、女性には魔法を学ばせないというので」
「ああ、そういうことですか」
ふっと空気が柔らかくなった。
「そっか、大変だったなぁ」
「魔塔の研究者にそう言われるなんて、よっぽど才能があるんだろうな」
「逃げ出せたなら良かったじゃないか」
どうやら、ヴォルガルズ皇国でもアルピナ皇国は良く思われていないらしい。
「冒険者がいつもぼやいてるんだ、南側から魔獣を押し付けられるって」
「かなり巧妙らしいな。それも冒険者じゃなくて、騎士がやるんだろ?」
「自分たちで討伐しろって話だよな」
店に来た客たちが、あれこれと愚痴を語りだした。
「何かっていうとヴォルガルズが狭いってバカにしてくるしな」
「あっちの商人だよな?しかも大したものを持ってこないんだぜ」
庶民レベルでも色々とあるようだ。
「アルピナ皇国にはダンジョンがあるからって自慢してくるし」
「たまたまあっただけだろってな。しかも、実際には活用するどころか抑えつけるだけで精一杯なんだろ?」
確かに、プラーテンス王国の学園のダンジョンですら、あの国の人たちでは手に余るだろう。
「買い付けに来たと思ったら、ひたすら粘って値下げ交渉してくるしな」
「その割に、亡命してくる平民もいるだろ?」
「逃げてきたのはいいやつばっかりだったから、よっぽどだと思うぜ」
その後も、彼らの隣国へのうっぷんがどんどんと暴露されていった。
読了ありがとうございました。
続きます。




