190 魔法青年は説明する
よろしくお願いいたします。
「ギユメットさんも感じていたでしょう?アルピナ皇国では、女性は家長の道具なんですよ」
「そういうことか……。つまり、あの環境に置いておくわけにはいかないから、公爵令嬢を連れ出したんだな」
「はい」
カーヤは、二人の話を穏やかな笑顔で聞いている。
「さすがに、国のあり方を変える力は今の僕にはありません。けれども、目の前の人を助けるくらいはできると思ったんです」
「ふむ。だが、結婚以外の方法だってあっただろう。魔塔からアルピナ皇国に通達して引き取るなり、あとはディケンズ先生……よりは、レルカン先生の方がいいか。とにかく、研究室を持っている誰かに頼んで連れ出せるよう働きかけるなりできたんじゃないか?」
コーディはうなずいた。
「それも考えました。人生に関わる契約ですからね」
「当然だ。貴族の女性が、軽々しく結婚など普通はあり得ない」
「その通りです。ただ、最も早い方法だと思ったんです。魔塔からのスカウトを父親に潰された女性もいたそうですから、普通に声をかけたのでは無理だと判断しました」
ギユメットは、状況に関しては納得したらしい。
「なるほどな。方法としてはどうかと思うが、確かに早くはある」
「それに、こう言ってはなんですが、公爵は家に利があればある程度何でも良さそうでしたが、公爵夫人はそうではなさそうでしたから」
「というと?」
愛人の子どもを冷遇する正妻というのは理解できたようだが、ギユメットにはそれ以上が想像できなかったようだ。
「公爵夫人は、カーヤが幸せになる結婚なら絶対許可しなかったと思いますよ。僕は他国の、しかも准騎士爵という最低位の貴族です」
「そういうものなのか」
「ええ。さらに、子どもは平民確定、メイドもおらず自ら家事をしなくてはいけない、贅沢もできない、国にも帰れない、というふうに装いました。まぁ、国に帰る必要性は全く感じませんが」
ギユメットは、眉を寄せたまま首をかしげた。
「そんなにねじ曲がっているような人には見えなかったが」
「それはもちろん、曲がりなりにも高位貴族のご夫人ですからね。表情で悟らせることはないでしょう」
「あの公爵夫人がな……。信じたくはないが、タルコットが嘘をつくとも思えない」
コーディは、随分とギユメットに信頼してもらっているようだ。
「自分以上の幸せを他人が得ることを良しとしない、むしろ不幸を願うような人もいるんです」
「私の周りでは見たこともないな」
「その方がいいです。公爵夫人の場合、なさぬ仲の子どもに対していい思いを抱けないのは仕方ありませんが、それを子どもにぶつけているんですよね。本当なら元凶の夫にぶつけるべきでしょうけれど、公爵夫人も、いわば公爵の持ち物という扱いですから」
「……なるほど。それがあの国に文化として根付いているということか」
はぁ、とギユメットは重いため息をついた。
「確か、アルピナ皇国は昔は魔獣のスタンピードがしょっちゅう発生していた国です。百年ほど前からは落ち着いて穏やかになったそうですが、危険が跋扈する状況だからこそ、女性や子どもは安全なところに隠すという方向で守っていたらしいですね。それが、平和になったことで歪んだんでしょう」
「そういえば、数代前までは、迷いの樹海ほどではなくとも魔獣による被害が大きかったという歴史書を読んだな。しかし、だからといって醜悪にもほどがあるだろう」
ギユメットには、守るべき人を虐げるという思想が理解できないようだ。
そのまま、理解できないでいてほしい。
「まぁそういう理由がありまして、公爵にも公爵夫人にも快く送り出していただける状況を作った結果、カーヤには僕といったん結婚してもらうことになったんです」
「そうか。……待て、いったんだと?離婚する予定なのか?」
「まだわかりません。今後の人生でまた考えます。とにかく、僕の妻ということになればヘルツシュプルング公爵家から出たということで、カーヤは何をしても自由なんです。魔法を極めようが、冒険者になろうが、他国に行こうが、気が合わないからという理由で離婚して好きに生きようが。家長の僕が認めますからね」
「なるほどな」
納得したらしいギユメットは、穏やかな笑みを浮かべたままのカーヤと、説明しきったコーディを見比べてから顎に手を当てた。
「それで、どれが一番の理由なんだ?助けることか?魔法を教えることか?」
「え?それはどちらもですね。この才能を開花させずに埋もれさせるのはもったいないと思いましたし、あの状況から逃げ出す手助けをしたいとも思いましたから」
すると、ギユメットは目を細めた。
「タルコット、お前、そこは嘘でもいいから公爵令嬢の人柄が良かったからとか、そういう風に言うところだろう。正式に結婚する相手なんだぞ?」
「それは大前提ですよ。さすがに、今の自分の不幸に酔っているような人なら別の方法を取ったでしょう。カーヤはあの状況でも爆発させることなく、ひたすら抱え込んで耐える強さを持っていますからね。その中でも、自分を見失わずにいた。だから、助けたくなったんです」
しかも、鋼としてはついぞ取ることのなかった弟子にしたいと思えるほどの才能を秘めていた。
元のコーディは、死してからしか救えなかった。
今のカーヤになら、コーディが手を差し伸べられる。
ふと、元のコーディは転生して幸せに生きているのか、という考えが浮かんだ。
「なんだ、好意はあるんじゃないか。親愛の情があるならそれだけで十分家族になり得る。そういうことなら、私としても協力しよう。まぁ、他人の結婚に口出しをするような奴は魔塔にはいないと思うが」
「プライベートはどうでもいいという人が多いですからね」
「そうだな」
コーディたちは、ギユメットを味方に引き入れた。
旅路としては、アルピナ皇国からヴォルガルズ皇国に入り、ヴォルガルズ皇国を縦断して迷いの樹海に入る予定であった。
ヘルツシュプルング公爵家の馬車は、アルピナ皇国を出るところまでである。
公爵領がアルピナ皇国の北端に近いところだったため、一日で国境を越えることになった。
「さて、ここからは別の馬車だな」
国境の関所のところで公爵家の馬車を見送ってから、ギユメットがそう言った。
コーディは、首をかしげた。
「馬車は必要ですか?」
「それはもちろんいるだろう。公爵令嬢が歩いて行くわけには……待て、まさか」
ギユメットは、焦ったようにカーヤを見てからもう一度コーディを見た。
「早まるな。そんなに急ぐ必要はないんだ。馬車を呼べ」
「馬車だとあと数日はかかるじゃないですか。飛んで行った方が早いですよ」
「公爵令嬢はどうするつもりなんだ」
「僕が抱えていきます」
コーディが言うと、カーヤは柔らかく微笑んだまま魔力を揺らした。
驚いただけで、拒否感はなさそうだ。
「考え直せ。令嬢、貴女からもなんとか言ってください。さすがに危険です」
「……いえ、わたくしは、コーディ様の決定に従います」
「そこで従ったらどんどん増長するぞ!」
ギユメットは頭を抱え、カーヤは微笑んでいた。
読了ありがとうございました。
続きます。




