189 魔法青年は詰められる
よろしくお願いいたします。
アルピナ皇国側からの許可も出たため、大手を振ってカーヤを連れて帰ることができる。
公爵が準備した馬車はかなり豪華で、乗り心地にもこだわったものだと思われた。
それでもやはり揺れるので、カーヤには負担になりそうだ。
だからコーディは、揺れを相殺する魔法陣を作って馬車の壁に貼り付けた。
「まぁ……まるで空を飛んでいるかのようですね」
まったく揺れなくなったふかふかのクッションの上に座り、カーヤは穏やかに微笑んだ。
彼女の魔力が揺れて、瞬きも多いので、驚いたのだろう。
「過保護だな。まぁ、特別な女性にはそれくらい親切にした方がいい」
そう言ったのは、同席しているギユメットだ。
書面上の結婚はまだ少し先になるため、一応未婚の男女が二人きりで馬車に乗るのはよろしくない、という配慮による。
メイドはついてこない。
カーヤに確認したところ、簡易的なワンピースドレスもあるということなので、自分で脱ぎ着できる服だけを持ってきてもらった。
豪華なドレスやジュエリーなどは置いてきた。
カーヤが持っている高価なものは、生みの母が大事にしていたという古いカメオ一つだけだ。
「ヘルツシュプルング公爵令嬢は、こんな簡素な結婚になって良かったのですか?」
周りから見れば、魔塔とのつながりを持つためだけの人柱のようだろう。
貴族なら利害関係ありきの結婚は普通だが、まるでペットをわけてあげるような気軽さで嫁に出すなど、さすがにあり得ない。
しかも、相手は他国の准騎士爵で、迷いの樹海にまで入らないといけない。
ギユメットの心配も当然のことである。
「わたくしは、納得の上でコーディ様との結婚を受け入れております」
ふんわりと笑みを保ったまま、カーヤは言った。
呼び捨てでいい、敬語もなくていいと言ったのだが、もはや身に沁みついてしまっているらしい。
音だけはガラガラと鳴る馬車は公爵家のものなので、御者も公爵家が雇っている。
少し考えたコーディは、もう一つ魔法陣を描いて馬車に貼った。
「なんだ?……空気の揺れを馬車の壁面で止める?」
ギユメットは魔法陣を読み、そして首をかしげた。
「音が漏れません」
「ああ、そういうことか。御者にも聞かせたくないんだな?」
話が早い。
「はい。実は話してみたらとても気が合って、この人ならいいなと思って。……というような、当たり障りない理由が聞きたいわけではないでしょう?」
それを聞いて、ギユメットは深いため息をついた。
「はあぁ。やっぱり、おかしいと思ったんだ。で、どういうことなんだ?あんなに急いで連れ出すなんて、よっぽどのことだろう」
「はい。ただ、できればあまり広めたくないですし、こちらが事情を知っていると公爵家に知られたくありません」
コーディがうなずくと、ギユメットは黙って先をうながした。
「まず一つ目、カーヤ様は素晴らしい魔力制御を行っていて、さらにはかなり大きな魔力の器を持っています」
「ん?」
「ほとんど揺らすことなく保つなんてかなり高度な技術です。独学でこれとは本当に素晴らしい」
コーディが手放しでほめると、カーヤは表情はそのままにほんのりと頬を染めた。
「ちょっと待て」
「はい?」
ギユメットは、コーディの話を止めた。
「タルコットは、そんなに正確に他人の魔力を把握できるのか?」
「ある程度は。六魔駕獣を相手にした経験からか、魔力の器の大きさについてもなんとなくわかるようになりました」
実際には、コーディの視界に見えているのだ。
魔力の流れも、個人の魔力の器の大きさも、そこに湛えている魔力の量も。
しかし、そこまで言う必要はない。
「そういうことか。確かに、私も少しは他者の魔力を感じ取れる。しかしそれは、魔法を使うときがほとんどだ。どうやって感知しているんだ?そういう魔法か?魔法陣というわけではないと思うが。それに、もしそれを実用化できれば対魔獣対策にも、防犯対策にも使えるんじゃないか?」
今のコーディは、何もしていなくても目の前に魔力の動きや存在が見えている状態だ。
多分誰にも同じことはできない。
だから、以前にしていた方法を説明することにした。
「薄く魔力を放出すると、魔力のある所にぶつかって跳ね返ってくるんです。戻ってくるまでの時間や、戻ってきた魔力の勢いなどによって、距離や魔力の大きさがわかるんです。以前から、そうやって索敵していたのでその応用で」
「なんだと?そんな索敵の方法があるのか。つまり、魔力をまとう訓練をしていたが、あれを薄く広げるということだな?地図のように平面で広げるのか?」
そういえば、索敵に関することはいちいち誰かに説明した記憶がない。
コーディは少し考え、以前していた方法を思い出した。
「えーと、シャボン玉や風船を膨らますようなイメージですね。何度も練習すれば、反射してきた魔力から距離や魔力量が判断できるようになります」
「なるほどな。風船か……。む、かなり魔力を消費するな」
「それは魔力を注ぎ過ぎですね。もっと薄く、向こうが透けて見えそうなくらいのイメージかと」
「透ける……ヴェールのような感じか。理屈はわかった。しかしこれは、練習が必要だな」
眉を寄せたギユメットは、わりと綺麗な魔力の球体を作っていたのだが、いかんせん厚みがあり過ぎて魔力を沢山使っていた。
本人も言ったとおり、繰り返し訓練すればもっと薄くして使えるようになるだろう。
「せっかくなので、論文にしてみます」
「それがいいだろう」
「僕ではもうできてしまっているので、ご協力願えますか?」
「もちろんだ。私も習得する過程を記録できるからな、ちょうどいい」
次の論文のネタができた。
満足したところで、ギユメットは気がついた。
「話が逸れた。それで、その魔力制御は理由の一つだろう。魔法使いとして育てたいだけなら、魔塔から人を派遣するなりなんなりして学べるよう便宜を図ればいいだけだ。連れ出したかったのだろうが、なぜだ?」
コーディは、カーヤを見た。
一応、事前にある程度の事情を信頼できる人に説明することは話し合って決めていた。
ギユメットは、内密の話を誰かに吹聴するようなことはしないだろう。
「ギユメットさん、僕がプラーテンスの実家で虐待されていたことはご存じですか?」
「……ああ。それはチラッと聞いた。だから、学園卒業後に逃げ出す予定だったんだろう?色々重なって、家から出るのとほぼ同時に魔塔からのスカウトが来たから綺麗に縁が切れたようだが」
一瞬、ギユメットの表情が曇ったが元に戻った。
コーディに同情は必要ないと判断したのだろう、その通りなので助かる。
「そうです。この話は、個人のことなので内密にお願いします。ありていに言えば、カーヤ様も似たような状況だったんです。公爵夫人は義母だそうで、まぁ外で生まれた子どもが本家に引き取られるなどよくある話ではありますが、僕としては見過ごせなくて」
「なんだと」
今度は、ギユメットがはっきりと不快な表情を出した。
そもそも、この大陸では基本的にナトゥーラ教が主要な宗教となっていて、教義により一夫一妻制なのだ。
どうしても子どもに恵まれない場合で、その血筋を残す必要がある場合に限って第二夫人や第二夫君が認められることもある。
だが、そうなると必ず軋轢が生まれるので、遠くとも親戚の子どもを養子にするなどの方法が推奨される。
もちろん、秘密裏に愛人を持つ人はいないことはない。
ナッシュ公爵だってそうだった。
しかし、彼ですら家族とは別の存在として表には出していなかったし、隠し子は作っていなかった。
「なぜそんな残酷なことができるんだ」
ギユメットは、痛ましいものを見る目をカーヤに向けようとして、すぐに目線を下げた。
さすが紳士だ。
読了ありがとうございました。
続きます。




