188 魔法青年は我を通す
よろしくお願いいたします。
「家長の意に添うのが、アルピナ皇国の女性ですからな。わからんでもありませんよ。しかしこうも急では、私どもも何も用意できていないといいますか」
「ああ、それも気にせずにおいてください。ホリー村で内輪の食事会をする程度で結婚式をする予定はありませんし、結納金なども不要です」
「それは……」
結納金が不要と聞いて、公爵の目が光った。
「そもそも僕は男爵家の三男でしたから、公爵家のお嬢様を嫁にいただくなんて分不相応なんです。魔塔の研究者になったから許されることですね」
「なるほど、そのあたりはタルコット殿の意思を尊重いたしますが、さすがに何も用意しないのは私の面目が立ちません」
もっともらしくうなずく公爵に、コーディは笑顔を見せた。
同時に、公爵夫人の表情が少し変化した。
「もちろん、カーヤ様に持たせたいものがおありでしたらお受けしますとも」
カーヤではなく、公爵主体であるという言い方をすると、彼女は安心したように目元を緩ませた。
公爵はさらに思い出すようにしながら言った。
「それに、里帰りをさせてやれないということですが、アルピナ皇国では結婚による家同士の繋がりを重視するのですよ。さすがに娘を連れ去って以降縁が切れてしまうというのは認められません」
公爵夫人は、父親面をする夫を冷めた目でちらりと見た。
「ありがとうございます。それから、つながりという意味では、人の移動が難しいというだけで、物を移動させることはできますよ」
「といいますと?」
コーディは、一つ大きくうなずいた。
「手紙転送の魔道具に使っている魔法陣は、僕が開発したものです。生き物は危険ですが、このくらいの大きさまでなら物を送ることができます」
両手を少し広げて見せながら続けた。
「季節の贈り物くらいは、簡単ですよ。手紙も当然送れますし、魔道具越しにはなりますが、親戚づきあいを続けられると思います」
公爵夫人は目を細め、公爵は静かに生唾を飲んだ。
「その魔道具を、我が家に?」
「ええ、結婚するとなったらもちろん差し上げます。別の便利な魔道具を開発したときにも、よろしければ優遇しますよ」
「それはありがたい。いやいやそういうことでしたら、私としては歓迎したいところですな」
公爵は、魔塔との直接的なつながりができることを是としたようだ。
「タルコットがそういう考えの持ち主だとは知らなかったな。公爵夫人の意見はどうだろうか」
ギユメットが、カーヤの義母に聞いた。
公爵夫人は、公爵に顔を向けた。夫が許可を出すようにうなずいたので、夫人はゆっくりと口を開いた。
「夫が許可を出し、カーヤが良いと言うなら、遠く離れて会うことが難しくなろうとも、わたくしとしては何も言うことはありません。わたくしがそうであるように、カーヤも夫となる方の意向に従うでしょう」
扇で口元を隠しているが、どこか楽しそうにそう言った。
やはり、准騎士爵であることを強調し、カーヤの扱いが雑になりそうだと匂わせたのは正解だったようだ。
ギユメットは、さらに質問した。
「公爵は?」
「そうですな、私としては、タルコット殿は少々お若いが、むしろ娘と年が近いので良いのではないかと思いますよ。手紙転送の魔道具を作られたとは驚きました。ええ、これからも十二分に期待ができる研究者でしょう。そんな方が娘婿であれば、私も鼻が高いというものですな」
「なるほど。では、ヘルツシュプルング公爵令嬢はいかがです?」
今度は、ギユメットはカーヤに聞いた。
「父が認めたことです。わたくしに、否はありません」
張り付けた笑みで答えるカーヤを、公爵夫人は扇の向こうから、メイドたちはこっそりと、馬鹿にしたように見ていた。
公爵は上機嫌で、コーディもある程度予定通りにことが動いて満足だ。
「誰も不満でないなら、私には何も言う権利がないな」
ギユメットだけが、不安そうにコーディたちを見ていた。
その日の夜のうちに、魔塔を介してプラーテンス王国に連絡し、結婚の許諾を得た。
一度目の返事ではあまり乗り気ではないようだったが、『アルピナ皇国の公爵令嬢で、素晴らしい魔力制御を行う人物だ』と書いたら許可が出た。
プラーテンス王国としては、鎖国を解くにあたり他国とのつながりが欲しかったらしく、そういった意味でもありだということになったようだ。
上手く使えるつながりかどうかはわからないが、どうするかは王国に任せる。
次の日は、カーヤを連れてホリー村へ向かうための準備にあてられた。
とはいえ必要なものはあまりない。
彼女自身の準備はすぐに終わったようなので、あとは細かい調整とすり合わせだ。
「こちらが、手紙転送の魔道具です。今はまだ一対一でのやり取りにしか使えませんから、僕とヘルツシュプルング公爵の間だけで手紙や小さなものを送り合うことができる状態です」
「ほう、これが。随分と小さくまとめられておりますな」
コーディが魔道具を机に置くと、公爵はおっかなびっくりというように手に取った。
「もう少ししたら一般的になると思いますが、今はまだあまり誰も持っていないでしょう。魔法の発動に際しては、この魔道具を手に持って、送りたいものに触れるだけです。理論的には大きなものも送れますが、非常に魔力を使います。ですから、色々と条件を付けて少ない魔力で発動できるようにしてあります」
「なるほど。では間違えて机に触れた場合にも問題はないと」
「はい。送るものを決めていれば問題ありません。何を送るか決めていないまま適当に触れても、魔法陣が発動しないんです」
そのあたりの条件付けは、プログラミングのようで面白かった。
しかも魔法なので、例外処理が自由なのだ。
「素晴らしいですな。これは大切に保管しておかなくては」
「どうぞ、普通にお使いください。ちょっとやそっとでは壊れませんから」
「しかし、この大きさでは出来心で持って帰るという人も出てきかねませんぞ」
確かに、手のひら大に形を整えた石なので、ポケットに入れればわからない。
「持って帰ったところで、僕としかやり取りできないのですが……そうですね、それなら防犯対策を施しましょうか」
「防犯対策?」
首を捻る公爵の前で、コーディは紙を取り出した。
「ヘルツシュプルング公爵が許可しない人が魔道具に触れた場合、一定の時間が経過したら公爵の傍に戻ってくるようにしましょう。手紙の送付を侍従の方に依頼する場合は、都度許可を出せば問題ありません」
そう言いながら、コーディはさらさらと魔法陣を描いていく。
ある程度仕上げてから細かな調整としてあちこち書き換え、直径三センチほどの魔法陣が仕上がった。
そして、魔道具を手に取り、裏側を見た。
「この魔法陣を『印刷』します」
そう言った途端、石に魔法陣が描かれた。
「なんと……。魔塔の研究者とは、かくも魔法陣に精通しておられるのですな」
今回描いたのは通常の魔法陣で使う文字なので、そこまで難しくはない。
とはいえ、知らない人にとってはまさに謎の呪文だろう。
「多分、各国の首脳が保有している魔道具にも似たような防犯の魔法陣を施してあると思います。これくらいなら、魔塔の研究者でなくともどうにかできるでしょうし」
コーディがそう言うと、今回も同席していたギユメットがうなずいた。
「確かにな。この程度なら、まぁ大きさや文法の簡潔さはともかく、なんとかなるだろう」
適当に描いたコーディや、魔法陣に慣れ切ったギユメットは知らなかった。
ヘルツシュプルング公爵家の魔道具は、後に事情を知ったアルピナ皇国の皇王からも望まれるほど、貴重な魔道具となっていたのである。
そうしてさらに次の日、大きな馬車を用意してもらい、コーディはカーヤとともにヘルツシュプルング公爵家を出発した。
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